住宅こそ最大の構造改革問題
富士通総研経済研究所理事長 島田 晴雄
2005年4月
要旨
日本が今後進めて行かなければならない構造改革の重要なテーマとして住宅問題がある。住宅問題は、一般的にまた政策関係者の間でも主要な構造改革のテーマとしての認識が低いように思われる。しかし将来の国民生活を左右する大きなカギであり、また国民経済の活力に大きな影響を及ぼすという点から、最大の構造改革のテーマという事ができる。住宅は生活者にとって最大の資産であり、国民経済のストックとしても2002年に1,378兆円(国民経済計算における住宅と宅地の合計)とGDPの約2.8倍に相当する資産である。こうした重要性にもかかわらず日本の住宅は築後20年あるいは30年を経過すると著しく価値が減価することになっている。平均耐用年数を比較すると、日本は26年程度と米国44年、英国75年に比べて著しく短い。こうした状況のもとで、住宅は非常に売り難く、更に貸し難いものになっている。これは、既存住宅の流通市場が欠如しているためであり、そのため多くの人々は人生最大の資産の有効な活用ができないばかりか、その価値をみすみす失うことになっている。
なぜ日本の住宅は、このような深刻な問題を抱えることになってしまったのであろうか。それは、戦後の持家促進政策が高度成長期まで大きな成功を遂げてきたが、この成功を支えてきたメガトレンドが、バブル期を経て全く逆転してしまったことによる。第二次世界大戦後に都市部の住宅は多くが焼失したため、政府は住宅の供給に最大限の努力を行った。その結果終戦から23年後の68年の住宅ストック数は2,559万戸となり、家計数2,532万世帯を上回った。更に73年には各都道府県で住宅数が家計数を上回った。すなわち戦後の日本の住宅政策は、世界史に特筆されるべき成功であったといえる。このような成功の実現は、政府の税制などによる持家支援政策にもよるが、3つのメガトレンド、(1)土地の長期バブル、(2)賃金上昇、(3)若年者の多い人口構成 - が最大の要因である。すなわち第二次世界大戦後の復興・発展期を通じて人口の大都市集中が続き、大都市を中心に地価の持続的高騰が続いた。50年からバブルの下にあった90年までの40年間に、名目所得は50倍となったのに対し、全国平均地価は330倍に達した。このような地価の高騰を背景に、土地さえ持っていれば多額のローンを借り入れることができた。また55年から70年代の半ばまで20年間にわたって、高い経済成長のもとで春闘などを通じて賃金も高騰したため、多額の住宅ローンは20~30年で返済することができた。更に高度成長期までは約9割の日本人が60代で亡くなっていた。したがって多くの人々は住宅ローンの返済後、ほどなく自分の家で死ぬという循環が成立していた。こうした状況では住宅は作れば良く、流通させる必要はなかった。
このようなメガトレンドは、バブル崩壊後の90年代にほとんど180度ともいえる大きな転換をした。まず地価についてはバブル崩壊後大きく下落してきたが、今後も土地の長期バブルにみられたメカニズムは働かず、低下が続くとみられる。すなわち今後人口が減少するなかでは、地価は長期的な低落は避けがたいとみられる。また賃金については、経済成長の関数であるため、今後は長期的にみて2%上昇すれば良いと考えざるを得ない。このような地価、賃金の状況に加え、中期的には巨額の公債の発行残高からみて長期金利が上昇する可能性が極めて高い。こうした状況の下では、住宅ローンを組むことの将来のリスクが過大になるおそれがある。更に高齢化社会が出現してきている。平均寿命が伸びたことで、定年退職後の人生は20~30年間となっている。そのための生活資金や、ケア付きの施設への費用は、持家の処分により調達しようとすることが多いが、住宅資産が売れない、貸せないという状況では、実現が不可能となってしまう。このように戦後の住宅政策の成功は、既存住宅の流通市場の欠如により大失敗に転じてしまった。
このような状況の打開には、既存住宅の流通市場を作るため、(1)住宅の性能評価、(2)売買価格の公表、(3)税制改革、(4)部材、工法の標準化 - を推進することが有効である。まず住宅の性能評価は、現状における既存住宅の購入に伴う大きなリスクを軽減するのに不可欠である。既存住宅の欠陥はほとんどの場合、見た目にわかるような部分に生じるものではなく、素人には評価は難しい。したがって評価手法を開発した上での専門家による評価が必要になる。2000年施行の品質確保法によって、新築住宅については共通の評価基準が作られ、申し込みがあった住宅について政府の認証を得た機関が一定の手続きに従って品質評価をするようになっている。しかし既存住宅の評価方法については、政府により開発が進められているが、まだ実用の段階に達していない。これからの住宅の性能評価は、住宅における20万点の部品のうち代表的なものにRFIDを装着し、部品間のずれをパソコンで確認できるようにするなど大きな技術革新の可能性がある。
次に住宅や土地の売買には、価格の相場を知るために、近隣の類似した物件での売買価格を知る必要がある。しかし日本では、こうした価格を消費者が知ることが難しい。欧米諸国では、登記簿に売買価格が記載されている場合が多いが日本では記載されていない。固定資産税の課税標準の縦覧は、04年4月に許されるようになった。しかし民間の取引情報を蓄積していくことが大切で、現在希望者に限定しているREINS(Real Estate Information Network System)への登録を法律で強制する必要がある。
税制改革については、現在の日本の税制は住宅資産の活用を促進するようなものではない。これは、戦後の税制が住宅ローン減税を中心に、住宅の新築に対して有利に運用されてきたことによる。その一方で既存住宅の取引には、不動産取得税、登録免許税などが課され流通への障害となってきたため、これらの税の廃止が望まれる。また住宅の贈与税を軽減し、生前贈与を行いやすくすることも重要である。現在相続税は、基礎控除によって、普通の家族であれば課税標準が1億円近い財産を相続するのでなければ支払う必要がない。しかし贈与税は高率であるため、住宅の生前贈与は難しい状態にある。贈与税の控除額は2年前に増額されたが、更なる拡充が望まれる。
部材、工法の標準化は、民間ベースで行われる必要のある事項である。ハウスメーカーは、JIS規格、建築にかかわる各種規格の上にさまざまな自己基準を加えて住宅を作っている。その典型が、窓枠とドア枠であり、これらが相違することで住宅の互換性が失われ流通が阻害されている。したがってこれらの標準化が重要である。
このような施策により、今後わが国では、持家より賃貸住宅の整備を進める必要がある。また既存住宅の流通の促進には、住宅の性能評価のようにITにより推進できる面も大きく、これからの新しい技術を活用して国民生活の質を高める重要な産業として発展する可能性がある。
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