「事実証拠に基づく政策evidence-based policy」の必要性
東京大学大学院教授・内閣府総括政策研究官 西村 清彦
2005年1月
要旨
我々は今どこにいるか : 必要な「知の勇気」
日本経済は2003年後半の12年来にない力強い成長のあと、直近においては原油高や米国・中国経済の減速予想に呼応して景気減速の踊り場にいる。しかし90年代にそうであったように、そして一部の外国マスコミや日本の一部のいわゆる識者が主張するように、このままずるずると急速な下降から日本経済の「沈没」へ向かう、という可能性は小さいと断言して構わないだろう。
日本経済は、より正確には日本経済を支える大企業は、長期的に見るなら80年代後半から90年代にかけて起きた大きな負のショックからの調整をほぼ終結させ、新しい発展の道筋をつけつつある(西村清彦著「日本経済 - 見えざる構造転換」(日本経済新聞社2004年9月刊参照)。ただ当該書で詳しく説明したようにこの調整のプロセスで生じた「90年代の負の遺産」は地方経済や労働市場で大きく、それを解消するためには「社会投資ファンド」と言った、企業でも政府でもない、新しい経済主体が必要であろう。ただ「90年代の負の遺産」は、他国の投資家に生殺与奪の権利を奪われてしまった克服不可能な状態を意味するのではない。政府の巨額の負債は、ほとんどは我々国民が保有している。必要なのは、事実をみとめ、それを克服する手段を考える「知の勇気」、その際に単に自分の利害を超えて、社会の利害を考慮する「知の勇気」である。
「知の勇気」という観点からするならば、日本経済の「再生」の中で、大きく復活した日本企業が示したのはまさにこの「知の勇気」であった。そしていま、21世紀を見据えた長期的な構造政策を考えなければならない日本政府に決定的に欠けているのが、残念ながらこの「知の勇気」と言って差し支えないであろう。本稿では、復活した日本企業がどのような形でこの「知の勇気」を発揮したのかを見てみることにしよう。そして依然として大きな遅れを取っている日本政府に、「知の勇気」を持たせる仕組みを考えてみたい。
>結論を先取りするならば、必要なのは「現場」から出発すること、そして「事実証拠に基づいた政策」evidence-based policyである。「事実証拠evidence」とは、しばしば各省庁が取りがちな、政策プロモーションに都合のよいアンケート結果といった恣意的なものではない。客観的で政治的にも中立性が確保された統計指標に基づく長期的構造政策である*。新しい「国民指標」システムがこうした「事実証拠に基づいた政策」を可能にしなければならない。
*短期的な政策(総需要管理政策が代表的なものであろう)も、理想的にはこうしたevidence-based policyの枠組みの中で考えられるべきである。が、現実として利用可能な統計指標が多くの場合暫定的でありその後に大きく改訂される事がしばしばであること、また総需要管理政策のように基本指標とすべきものが単一ではなく多数にわたること(重要なのはその多数の指標のcomovementである)、という限界がある。そこで単純なevidence-based policyでは逆に歪みが生じる可能性がある。基本原則は保ちながら、こうした限界をきちんと考慮に入れた政策決定・評価のシステムが短期的政策には必要であろう。
日本企業の「復活」 : 「現場」の「証拠」に基づく構造転換
まず背景を簡単におさらいしよう。80年代から90年代にかけて産業超越的な巨大技術革新が急速に進み、冷戦終結が可能にした世界市場化も、それに呼応して更に進展した。第2次大戦後の生産技術と、冷戦で固定化した世界経済を前提として、それに見事に適合したシステムを作り上げていた日本の企業にとって、この世界経済の枠組み変化はきわめて不利な変化であった。更に第2次大戦後の経済発展の中で、日本企業の供給する財・サービスと、日本消費者が評価する財・サービスとの間に齟齬が生まれ、次第に大きくなっていた。80年代中葉にはそれが明確になり、投資収益率の低下や価格破壊の進行等に現れる。この両者が輻輳し根本的な日本経済の「構造転換」を迫ったのが90年代である。
したがって80年代の絶頂から90年代の凋落は、単純に政府のマクロ経済政策の誤りが引き起こしたものではない。したがって政府のマクロ経済政策を転換することで「解決」できたものではない。根元的な経済の仕組みの問題が日本経済の苦境の背景にあった。そして政府の失敗に拘泥し政府に政策転換を迫り政府需要をあてにしていた企業と、より根元的な日本企業に対するチャレンジを受け止める「知の勇気」を持ち合わせた企業との間でその後の大きな差が出たのである。
90年代に明白になってきた、巨大な「構造転換」問題への対処は企業レベルでいかにしてなされたか。様々な先進的な対処がなされたが、総体としてみるならば80年代までの日本の「強み」を殺ぐことなく、「弱み」をゆっくりとしかし着実に減少させていくという、兎と亀の童話的に言えば「亀」の調整がなされた。つまり耳目を集めるような、華々しい構造転換の試みではなく、外目にはそれとは気がつかないような、地味なしかし危機感を持った「見えざる構造転換」がなされていったのである。危機感を持つ「亀」の調整は「現場」からの、「現場」による、「現場」のための対処であり、「現場」から出てくる「証拠」、つまり現場の構造を的確に示す数字・指標に基づいた転換であった。
それは耳に心地よいキャッチフレーズのたぐいではなく、現場の数字・指標を改善させるための試行の累積である。単に志気を鼓舞するだけの「目標」達成の号令ではない。現場発の数字指標に基づく科学的な立案と評価の積み重ねである。それは単純な「改善」「改良」に止まらず、大きな生産方法の転換もはらんでいる。
単なる精神論に終わらず、「現場」の数字・指標に基づいた、時には大胆なテスト・プロジェクトを試みる。そして、現場でなにが本当に起こっているかを明確に知り、それを変化させるリスクもきちんと把握し、そのリスクをとっても敢えてしなければならない必要性を認識する。その上失敗時の危機管理も考慮に入れる。それがまさに細心あるいは小心といってもよい危機感を持った「亀」が示した「知の勇気」である。
2000年代始めの日本経済再生の兆しは、「見えざる構造転換」がようやく「見える」結果をもたらしつつあることを示す。「見えざる構造転換」に伴い、企業の損益分岐点が下がる。固定的費用が総費用の多くを占める日本企業においては、これはきわめて重要である。そこで90年代と異なり、2000年代始めでは、小さな需要回復が大きな派生需要を引き起こすという好循環がみられるようになったのである。
日本政府の「再生」 : 現場の「事実証拠」に基づく政策立案・評価システムを目指して
しかし、こうした「見えざる構造転換」は、システムとしての脆弱性を持っている。企業が、そして経済が成長するには二つの道がある。生産する財・サービスの価値を高めるか、費用を削減するか、である。「見えざる構造転換」の本質は生産の「現場」発の転換であり、後者、費用の削減であった。しかし日本経済がそしてひいては日本社会が、真に新しい発展の軌道に乗るためには、新しい「価値」を効率的に創造する仕組みも必要なのである。費用の削減は、ともすると負担を「弱者」に押しつける手段になりかねない。
90年代から2000年代にかけてのこの「見えざる構造転換」の時代は、大きな「負の遺産」を日本経済社会に残した。それは「過剰」と「不足」の奇妙な併存である。労働市場での時代に取り残されたフリーターの大群とITスキルを持った実戦力の不足の併存、要らない公共資本が多い過剰感と欲しい有形無形資本がない不足感の併存、資本市場での家計「遊休」金融資産の存在と新規起業の不足の併存等である。そのため2000年代中葉の「景気回復」は脆弱性を抱えたものになっている。
その「負の遺産」を解消し、新たな発展を目指すためには、今まで日本経済では十分に考慮されていなかった新しい「価値」の創造がなされなければならない。つまり日本企業「復活」がようやく現実のものとなりつつある2000年代こそ、実は経済政策がその重要性を増している。
ここで一点明確にしておく必要がある。前節で日本経済の絶頂から奈落への転落は、マクロ経済政策が引き起こしたものではないと指摘した。しかしこれは政府の経済政策が間違っていなかったと主張しているのではない。逆である。極めて残念なことであるが、日本政府において「現場」が足下でどのように変化しているかの認識が著しく遅れ、「円高対策」がいわゆる「バブル経済」を招来させ、その崩壊後に「地価高騰対策」が不良債権問題を深刻化させた。直近の現場の「事実証拠」に基づかない政策が「構造転換」問題を増幅し、その解決を著しく困難にしてしまったことは否定できない。これが日本政府の能力の欠如をさらけ出し、その権威の失墜の原因となっている。
したがって日本企業「復活」の今、必要なのは日本政府の「再生」であり、直近の現場の「事実証拠」に基づく政策立案・評価システムである。そしてそれは同時に国際的な政策立案・評価の流れとも整合的でなければならない。いわゆるグローバリゼーションの中で、日本の政策決定も日本に対してだけではなく、国際的な説明可能性を要求される。
世界の流れを見るなら、2004年11月のOECD World Forum on Key Indicators “Statistics, Knowledge and Policy”が直近の情勢を見るのに参考になろう。そこには政策の説明責任の明確化、そして「事実証拠」に基づいた政策(evidence-based policy)への大きな流れを読み取ることができる。その中で恣意的ではない、客観的な「事実証拠」として統計指標の果たす役割が増大している。そして「事実証拠」の客観性を確保するために、統計システムが行政や政治から介入を受ける可能性をできるだけ排除する必要性が認識され、統計部局の独立性が重要視されている。同時に、独立した統計部局が国民から遊離することを避けるために、国民との様々な形の対話が重要視されている。具体的には政策立案・評価の目安となる「事実証拠」を明らかにするものとして、国民指標(National Key Indicators)システムを作る試みが米国を含めてOECD諸国の中で進みつつあることが報告されている。
残念ながら、日本政府の現状はこうした動きから大きく遅れを取っていると言わざるを得ない。現行統計システムの制度疲労は明らかであろう。国際的な流れに取り残され、従来型の統計調査とその報告を維持しようとしているのみと言われても仕方がない。更に統計指標を政策立案評価につなげようという意識も政策当局にない。相も変わらずその客観性に疑問のある様々な「データ」を作り出して国民を「説得」しようとする態度が見られると言われても仕方ない状況にある。
とすると、すべき事はまず、政治的にも、行政の省庁利害からも中立な統計の国家的中枢を作りChief Statistician(あるいはNational Statistician)を置き、その元で公務員制度の限界を超えて短期に優秀な人材を確保でき、質の向上とコストダウンを同時に達成可能な新しい統計システムを作ることである。そして政策立案・評価の物差しとしての「国民指標」システムを整備し、「事実証拠に基づいた政策」の立案と評価を行うことである。
「国民指標」システムとは、「現場」の直近の状況を示す統計である。今までのマクロ経済統計だけでは不十分であり、地域特に広域統計の整備と速報化が必要である。更には、民間統計と公的統計を区別する必要はない。民間統計の質を評価し、高品質のものは「国民指標」システムの一員として認証すればよい。と同時に現在その限界が見えつつあるGDP統計を筆頭とする公的統計の質の評価と向上、特に質を上げながらコストを下げる方策を考え、実効ある改善を測らなければならないのである。
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