サービスビジネスにおけるITと経営理念の関係
主任研究員 浜屋 敏
2005年1月
要旨
ITを活用した経営革新成功のポイント
IT投資の効果を高めるためには、ハードウェアやソフトウェアに投資を行うと同時に、ITにあわせて業務の流れを見直し、組織構造や人事制度も再検討する必要がある。そのことは、既に多くのところで主張されており、定量的にも実証されている。ITを利用することによって、それまで手作業で行っていた業務が自動化されるだけでなく、順序だてて行わなければならなかった一連の業務を同時に処理することが可能になる場合もあり、IT導入にあわせて業務の流れを見直すことは不可欠である。また、ITの利用によって情報の伝達速度は劇的に向上するが、それだけでは必ずしも迅速な意思決定ができるようになるとは限らない。意思決定のスピードと質を高めるためには、ITの利用と同時に、判断のための権限を分権化するといった意思決定構造の再設計も必要である。
しかし、IT投資の効果を高めるためには、もうひとつ重要な条件がある。それは、わが国を代表するサービス企業10数社の経営トップに対して、各社における経営革新の内容について行ったヒアリングの結果明らかになったことである。ヒアリングの内容から、各社の経営革新においてITが重要な位置づけを占めており、ITを活用しない経営革新はありえないことを改めて確認することができた。ITを活用した経営革新を成功させるためには、業務フローの改善や組織構造、人事制度の再検討が必要なことも再確認した。ところが、このヒアリングの中で、もっとも強く印象に残ったのは、各社とも明確な経営理念が存在し、それが具体的な行動原理として社内で広く共有されており、そのことがITの効果的な活用とも大きく関係しているということであった。
業務改革や組織革新以上にITと強い補完関係を持つ経営理念
組織に浸透した経営理念の存在とITの活用は、それぞれ企業の成功にとって重要な要素であることは主張されてきたが、これまで両者の関係が正面から論じられることは少なかった。しかし、今回のヒアリング結果から、ITと業務の改革及び意思決定構造の再設計との補完関係以上に、ITと経営理念の間には強い補完関係があるということがわかった。
例えば、あるタクシー会社では、「プライベートショファーサービス」という携帯電話を活用したサービスを提供している。利用者は、携帯電話を使ってタクシー会社のウェブサイトにアクセスすれば、いま自分がいる場所に近い空車を検索することができ、更にその車に直接そのまま電話をかけることができる。電話を受けたタクシーでは、メモリに登録してあれば顧客を特定することができるため、例えば乗車中の会話の内容など、個々の顧客にあったサービスを提供することができる。このサービスは、顧客にとって便利なだけでなく、タクシー会社にとってもコールセンターの負担を減らすというメリットがある。このような効果的なITの利用が可能になっているのは、この会社には「タクシーの価格でハイヤーのサービスを」という明快な経営目標があり、それが「すべての人に『お抱え運転手』を」という考え方として新しいサービスを生み出し、サービス向上という行動原理が組織の隅々にまで浸透し、顧客から直接電話を受けるドライバー一人一人の顧客対応のあり方の根源になっているからである。
また、ある航空会社では、経営革新のために、人員削減や給与カットといったリストラを行う一方で、経営ビジョンや経営理念、行動指針を新しく策定した。それは、顧客に対して一定かつ高い品質のサービスを提供するためには、グループのすべての社員が同じ方向性を共有する必要があると考えたからである。策定された行動指針はもちろんイントラネットでも社員が見ることができるようになっているが、社長が社員とのコミュニケーションでもっとも重視しているのが「ダイレクトトーク」である。以前は、社長と社員の対話は形式的なものでしかなかったが、「ダイレクトトーク」では事前のシナリオもなく、お互いに本音で議論する。社員が直接社長と対話することで経営理念を共有することによって、ITを活用した業務革新などもスムーズに実施できるという。
サービスビジネスでは特に経営理念が重要
今回のヒアリングでは、「ITを使って何をしたいのか」という経営者の意志を表現した経営理念がなければ、IT投資の効果が上がらなくても不思議ではないことを痛感した。特にサービス業では、社員の対応が直接顧客の満足度につながるため、社員が共通の経営理念と行動原理のもとで顧客に接することが必要である。いくらITを導入しても、社員の行動がバラバラであれば顧客満足度は決して向上しないだろう。
製造業においては、企業と顧客のあいだに物理的なモノである製品が介在しているために、サービス業に比べれば個々の社員の行動原理が直接顧客の価値に結びつく程度は低い。しかし、製造業でもサービスビジネスの比率は高まる傾向にあり、今後、社員一人一人の行動が重要になっていくことも間違いないだろう。製造業では、伝統的にITは主にコスト削減やスピード向上などのために利用されてきたが、今後はITを活用していかに顧客に付加価値を提供するかということが企業の競争力を左右することになる。そうなった場合、ITを補完する経営理念や行動原理の存在が、いままで以上に重要になる。日本企業の経営者は、製造業、サービス業を問わず、経営革新を成功させるためには、IT投資と業務改革や組織革新だけでなく、組織に浸透した経営理念の存在が重要であることを正確に認識しなければならない。そして、そのような認識を広げるためには、ITと経営理念の補完関係に関する定量的な実証研究も必要とされている。
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