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音楽のあるライフスタイル

東京交響楽団・京都市交響楽団 常任指揮者 大友 直人

2005年1月

要旨

ここ東京では、毎晩少なくとも10公演前後、多い日には20以上ものクラシックコンサートが開かれています。何しろ、東京にはフル編成のプロオーケストラが8つもあり、それぞれの楽団が年間100~150回、あるいはそれ以上のコンサートを開催していますし、先日も、ウィーンフィルとベルリンフィル、それにアムステルダムのコンセルトヘボウオーケストラという名門楽団が同時に日本に滞在する等、海外楽団の公演も引きも切りません。オーケストラコンサートだけでもこうなのですから、これにピアノやヴァイオリン等のリサイタル、室内楽コンサートにオペラやバレエの公演まで含めると、もはや私のような音楽家でさえ把握し切れない程の数になります。当然、入りの良いコンサートと悪いコンサートがありますし、昨今はどのコンサートも集客が容易とは言えず、マスコミで大々的に取り上げられる流行のアーティストでさえ、なかなか集客につながらないといった事もあるようです

クラシックコンサートというと反射的に「チケットが高い」と思い込んでしまう人が多いように思います。確かに、海外からのオペラカンパニーの引越し公演や一部外来オーケストラの公演で1枚数万円もするチケットがある事は事実ですが、一般的な日本のオーケストラ公演のチケットの平均価格は4,000円~5,000円といったところではないでしょうか? 1万円を超えるものは皆無といっていいでしょう。これは、流行のレストランのメニューの値段や、若者が集まるクラブ等での入場料などと比べて、果たして本当に高いと言えるのでしょうか? 100人もの音楽家がリハーサルを重ね、近代的設備の整った立派なコンサートホールで開催するコンサートは、時として、私が居眠りをしてる小一時間程で髪を切る若いおねえさんに払うカット代よりも安いのです。つい反論もしたくなってしまいます。

さて、こうしたコンサート過当競争の中で、私自身が企画に携りここ数年成功しているコンサートシリーズがあるので紹介させて頂きたいと思います。これは、私が常任指揮者をしている東京交響楽団と京都市京響楽団でスタートさせた「子供のための定期演奏会」というシリーズで、一応の対象は小学校高学年から中学生とその家族という設定なのですが、実際には小学校低学年の子供も多く、シーズンチケットは東京でも京都でも毎年完売となっています。従来の子供向けオーケストラコンサートというと、ほとんどの場合、長らく文部省の指導のもと学校の授業の一環として行われてきたオーケストラ鑑賞教室か、夏休み・春休みに行われる親子コンサートやファミリーコンサートなどと相場は決まっていました。前者は、学校から先生が生徒を引率して聴きに行く名曲コンサート。後者は、一般公演ではあっても、その日のみのイベント的な単発コンサートです。これに対して、私達のオーケストラがスタートさせたコンサートは、年に4回のシリーズもので、東京ではサントリーホール、京都では京都コンサートホールという素晴らしい会場で、毎回同じオーケストラ、同じ指揮者の演奏をじっくり聴いてもらうというもの。実際には客席の半分あるいはそれ以上は大人なのですから、会場全体で楽しんで頂けるよう、曲目もお決まりの名曲を羅列するだけでなく、我々が実際に一般公演で取り上げている様々な曲目を盛り込むようにしています。今年度のシリーズにも、例えばストラヴィンスキーの「春の祭典」やマーラーのシンフォニー等も含まれています。そして演奏だけではなく、その日の曲目を材料に、私自身やオーケストラメンバーにとっても興味深く新鮮な発見があるような音楽の実験も含めてコンサートを進めていきます。また、テーマ曲やポスターのデザイン画の募集もし、コンサートを創り上げるプロセスにも子供達の参加を図っています。

実はこのシリーズを始めた頃、ボストンのMITで研究をしているあるアメリカ人の作曲家から強力な売込みがありました。現在彼はコンピューターを用いた作曲や楽器の制作の研究をしており、小学生になる子供が2人いるですが、幼い頃からヴァイオリンやピアノを教えてもちっとも練習に集中しない。にも関わらずコンピューターゲームには夢中で、コンピューターでの遊びならいくらでも集中するというのです。そこで彼は、コンピューターゲームのような楽器を創れば子供達が興味を示すのではと考え、様々な形態をしたコンピューター楽器を考案したのです。ボタンを押したり、レバーを操作したり、握ったり、振ったり、それぞれ1週間もトレーニングをすればかなり自由に音を奏でる事ができるという、そんなコンピューター楽器を子供に与え、ステージ上でオーケストラと共演させてはどうかと提案してきました。そのためのトレーニングマニュアルや楽曲も用意され、既にドイツのある楽団とも実証済みという事でそのコンサートの模様もビデオで見せられました。しかし私は、この話を聞いている間から何か釈然としないものがあったのです。彼には後で返事をするからと言って家に帰り、妻にこの話をすると、彼女はあっさりこう答えました。「それは当然よ。だってあなた方がやっている音楽は、子供の頃から毎日のたゆまぬ努力を積み重ねてやっと出来上がったものでしょう?」と。本当にそのとおりだと思いました。彼の提案は勿論断ったのですが、この時の思いは、子供定期シリーズでの子供ソリストの起用につながっています。「子供定期」ではしばしば優秀な小学生や中学生のソリストがオーケストラと共演します。演奏後私は、ステージ上で毎回必ず毎日どれ位練習しているのですか? とインタビューをします。当然子供によって差はありますが、皆学校の勉強と並行して、かなりの時間を訓練に費やしているのです。これは、客席の同世代の子供やその親にとってはよい刺激になっていると思います。努力なしに上達できるものは無いというその価値観を持ってもらいたいと思っています。日々の努力なしに美しい音は出せない。そして人は音と共に、その背後にある積み重ねのエネルギーを感じ取り感動を覚えるのだと思います。オーケストラはまさにそれが集積したものなのです。

私が何故このシリーズを始めたのか。一つは、前述したようにこれ程多くの演奏会があるにも関わらず、実際には定期的にコンサートに通うという楽しみや習慣を持っている家庭が非常に少ないということ。そしてオーケストラがどのような経済基盤の上に成り立ち、日常どのような活動をしているのかといった基本的な認識を持ち、更に同時代を生きるアーティストの活動を自分の人生に重ねていく楽しみ方など、一歩踏み込んだ「音楽と共にあるライフスタイル」を持った家庭が一つでも増えて欲しいと願っているからなのです。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 音楽のあるライフスタイル [203 KB]