景気引締めを模索する中国の苦悩
主任研究員 柯 隆
2004年10月
要旨
中国では、景気過熱によるインフレーションに対する懸念が高まっている。2003年の初めまでデフレが進行していた中国経済は、胡錦濤・温家宝の新指導体制に変わり、急速にデフレから脱却し、投資ブームと景気過熱が進行し、この結果04年6月の消費者物価指数は前年同期比5.0%の伸びを記録した。
インフレ率の急騰により、実質金利(金利水準 - インフレ率)はマイナスに転じた(図参照)。こうした背景から、中国国内の専門家の間では、早期の利上げが必要であるとの声が出始めている。人民銀行(中央銀行)としては、ドル金利の推移を見極めながら、利上げを決断する構えのようだが、国内の景気動向に対する配慮も不可欠であり、人民銀行周小川行長の苦悩は当面続く。
消費者物価動向の見極め
中国経済の現状を考察すると、消費者物価が6月5.0%上昇しているとはいえ、深刻なインフレーションにはなっていない。特に、消費者にとって、今後の物価動向が未だ大きな不安材料とはなっていない。
今回の物価上昇については、次のような特徴を指摘することができる。
第1に、都市部よりも農村部における物価上昇が大きい。都市部の6月の物価上昇は4.6%であったのに対して、農村部では5.6%も伸びた。特に、経済発展が遅れている地方、例えば、河南省(7.3%)、雲南省と安徽省(6.7%)、湖北省(6.5%)では、物価が大きく上昇している。第2に、工業製品よりも食品の価格上昇が顕著である。家電などの耐久消費財の価格は2.8%下落したほか、衣料品も1.4%低下した。また、交通・通信費も1.3%下落した。それに対して、食品価格は14.0%上昇し、そのうち、食料は32.0%、食用油は24.2%、玉子類33.1%、肉類19.7%、水産物18.5%と軒並み大きく高騰した。第3に、住宅とエネルギー価格が上昇している。住宅及び建材の価格は4.9%上昇し、水や電力料金も7.3%高騰した。
すなわち、中国経済においては、デフレが続く工業製品とインフレに転ずる食品関連商品という二つの市場が、それぞれ異なった動きを見せている。工業製品市場のデフレが続くと、企業の業績が悪化し、景気を揺るがしかねない。一方、食品関連商品のインフレは低所得者層の生活を直撃し、深刻な社会不安をもたらす可能性がある。デフレを退治するためには、低金利政策を実施する必要があると思われるが、インフレ対策としては利上げが必要とされている。こうした中で、人民銀行は、利上げをしたくてもすぐにはできない状況にある。
利上げのタイミングと幅を模索する人民銀行
マーケットでは、人民銀行が近々利上げに踏み切るのではないかとの噂が流れている。モルガン・スタンレーは、中国が実施している「適度な」引締政策が失敗したとして、第3四半期に50BPの利上げが実施されると予測している。同様に、シティバンクも人民銀行の金利政策として、下半期50BP、05年上半期50BPとトータル100BPの利上げを予測している。
このような市場の利上げ観測はまったく事実無根の憶測ではない。人民銀行の周小川行長はある非公開の会合で、インフレ率が5%を超えた場合、利上げの実施を国務院に申請すると明言した。同様な発言は、温家宝総理も4月ごろに行っている。むろん、ポリシーメーカーの発言は政策変更のアナウンスメント効果を狙うものもあり、実際の利上げの実施を意味しない場合がある。しかし、中国経済の現状から考えれば、国務院も人民銀行もマクロ経済情勢を慎重に見極め、利上げに踏み切るタイミングと幅を模索していることは確かである。
理論的には、実質金利がマイナスの水準で推移するということは消費を促す効果があると考えられるが、富裕層の資産運用の観点からは、内外の金利差から判断し、外貨建て資産よりも人民元建て資産の収益性が高い。絶対多数を占める中間所得層以下の消費者にとって、将来の生活不安に対する心配から消費を控える傾向が強い。
問題は、実質金利がマイナスに転じたことで、投資家にとって資金調達コストが相対的に軽減し、それによって投資ブームが一層喚起されることになるということである。中国経済は既に一部の業種においてバブルの傾向を呈している。金融政策当局としては、景気過熱を引き締めるために、実質金利をプラスに転じさせる必要があり、そのタイミングと調整幅を模索している。
重要なのは第3四半期の経済指標
去る6月30日、米国連邦準備理事会(FRB)の金融政策会合(FOMC)でドル金利を25ベーシス・ポイント引き上げることが決定された。ドル金利の引き上げによって、元とドルの金利差が縮小し、投機を目的とする中国への外貨建て資金の流入に歯止めがかかると期待されている。最近、人民元切上げ論が下火になっているのは、中国の経常収支の赤字転落のほかに、米中マクロ経済状況の反転を予測する市場のマインドの変化があることを注目したい。
問題は中国国内の景気動向である。第1四半期の経済成長率は9.8%に達した。また、第2四半期の経済成長率は9.7%の成長と発表されたが、実際の成長率は統計局発表の数字よりも高いはずである。というのは、各地方自治体が発表した経済成長率はいずれも全国の成長率9.7%を上回った。
その中で、景気過熱を背景とする電力不足は、7月から9月までの真夏の間一層深刻化する恐れがある。それに加えて、8月に開催されるアテネ・オリンピックで家庭用電力消費は更に増加する。既に、大都市において大規模な計画停電が実施されている中で、真夏の電力消費ピークをどのように乗り越えるかは重要な課題となる。
景気過熱と電力不足は間違いなく金融政策当局の利上げに大きなプレッシャーをかけることになる。過剰投資と消費者物価動向を考えれば、人民銀行は実際の利上げに踏み切る可能性が高くなる。しかし、国有企業の経営状況や国有銀行の不良債権問題を考えれば、それは微調整に止まると予想される。
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