市民に不人気な住基カードにおける改善のために必要な視点
上級研究員 瀧口 樹良
2004年10月
要旨
伸び悩む住基カードの発行枚数
住民基本台帳ネットワーク(以降、「住基ネット」)は、2003年の8月に2次稼働が行われ、市区町村が市民の希望者にICチップ内蔵の住基カードを交付することとなった。この住基カードは、各市町村が独自に条例を定めることで市立病院の予約や各種証明書の自動交付などの独自サービスを提供することも可能になるため、電子政府の利便性を実感できるキラーコンポーネントとしての役割が期待されていた。当初、総務省は、2004年3月までの発行枚数が300万枚程度になるという見通しを立て(後に84万枚に下降修正している)、2008年度末には全世帯に1枚行き渡ると予想していた(2008年度末の発行枚数で約4,800万枚)。
ところが、当初の予想に反し、2004年8月に行った毎日新聞の調査によると、初年度の発行枚数は47都道府県で合計25万819枚で、住民基本台帳登録者数(2004年3月末時点)に対する普及率は0.198%であった。最も発行枚数の多かった都道府県は東京都の4万80枚(普及率0.33%)で、次いで宮崎県の2万5,983枚(同2.21%)、神奈川県の1万9,152枚(同0.22%)と続いている。逆に最も少なかった都道府県は、高知県の418枚(同0.05%)。次いで山梨県の669枚(同0.08%)、鳥取県の737枚(同0.12%)と続き、合わせて6県で発行枚数が1,000枚にも満たなかった。
このような発行枚数が進まない原因について、先に述べた毎日新聞の調査によると、自治体の担当者は「利用可能なサービスが限られ、住民は大きなメリットを感じにくい」(群馬県)、「住民に対するPR不足があった」(宮城県)などと回答しているという。しかし、この問題は、それだけのことであろうか。また、発行枚数さえ増やせばよいということだろうか。問題の本質は、決して発行枚数だけではない。
総務省では、住基カードの導入の目的として、「市民の利便性向上」と「行政事務の効率化」という二つの効果があるという。ところが、現在の住基ネットのシステムを前提とした住基カードは、この二つの効果について、どちらも中途半端な形でしか実現できない可能性が高い。発行枚数の伸び悩みは大きな問題であるが、この点にだけ注目し、その原因を独自サービスが実施できないことや市民に対するPR不足に転嫁するだけでは、住基カードに関する本質的な問題はまったく解決されないだろう。
まず、発行枚数が伸び悩み、一つ目の「市民の利便性向上」という効果を市民が十分に享受できていないことの大きな理由は、市民にとって住基カードを取得するだけの魅力がないことであろう。当初、総務省では市町村が独自に住基カードを様々な用途で自由に活用できるように考えていたが、利便性よりも個人情報の保護を優先し、セキュリティを強固なものとしたために、最終的には多くの市町村が民間サービスとの連携に二の足を踏む結果となってしまった。また、最近では、民間企業が発行するキャッシュカードやクレジットカード、定期券などでもICカードが採用されるようになっており、多くの市民はそのようなICカードを既に持っているために、行政サービスのためだけにしか使えないICカードを新しく取得しようという市民が多くなかったことも、住基カードの不人気につながっている。このような事情は、市民への周知不足や財政難といった個々の市町村の事情によるものではなく、住基カード自体の本質的な問題といえる。
たとえ発行枚数が増えたとしても、二つ目の効果である「行政事務の効率化」が実現されなければ、住基カードが目指す効果は限定的なものに留まってしまう可能性が高い。
そもそもの住基ネットと住基カードを効果的に活用して「行政事務の効率化」を実現するためには、住基カードとすべての市民に11桁の住民票コードを付与する住基ネットをセットにして、市民に対して統一的な行政事務の管理を行い、行政事務の効率化を図る必要がある。そして、そのためには、どうしても統一的なID番号を市民に付与するという「国民総背番号制」の議論を避けることができない。そのことは政府による監視体制を懸念する「ビッグブラザー」の問題や市民のプライバシーという極めて微妙な領域に関わる問題になる。実は、住基ネットの導入の際には、そのような「微妙な領域の問題」を正面から議論することを避け、住基ネットを導入すること自体を最優先させた結果、中途半端なシステムが出来上がってしまったのである。
改善のために必要な視点
住基カードの発行枚数を増やすためには、確かに総務省の指摘どおり、「市民の利便性向上」のために市町村が住基カードで利用できる独自サービスを提供することが必要かもしれない。先に述べた毎日新聞の調査で発行枚数が突出している宮崎市では、発行枚数が2万5,004枚(2004年3月末時点)と、市民約30万人の約8%が所有している計算で、全国の発行枚数の1割にもなるが、その理由は、市が印鑑証明用カード所持者に対し、住基カードと無料で交換するという案内状を送ったことにあるという。つまり、多額の税金と人件費を投資した上で、住基カードに印鑑証明機能を付加する市独自のサービスを行った結果であるといえる。こういったことを受け、例えば、東京都荒川区では2004年11月をメドに、住基カードで区営遊園地の料金を支払えるように決済機能を持たせるとし、将来は区営のスポーツ施設の利用料などへ拡大することも検討している。また、総務省自身も、2004年度に地域通貨として住基カードを活用できるシステムを開発し、約5億円をかけて実証実験を始めているという。
しかしながら、このような取り組みは、住基カードの発行枚数を増やすためには効果的かもしれないが、そのために多額の税金や人件費を投入することには疑問がある。既に述べたように、現在の住基カードはセキュリティを重視するあまり民間サービスとの連携を行いにくくなっているが、本当に「市民の利便性向上」を考えるのであれば、自治体がカードの発行主体になるのではなく、例えばクレジットカードやJR東日本の「スイカ」など、既に普及している民間企業発行のICカードとのサービスの連携を図っていくといった思い切った方策も検討する必要があろう。また、住基カードには、公的個人認証サービスというインターネット上の印鑑証明に該当する個人証明機能を果たすともいわれているが、既に、2001年4月1日から施行された「電子署名及び認証業務に関する法律」(以降、「電子署名法」)によって民間機関による電子認証サービスも始まっており、そうしたサービスを民間サービスに代替することも可能ではないだろうか。
更に、住基ネットと住基カードを使った「行政事務の効率化」という効果を発揮するためには、どうしても「国民総背番号制」に関する議論が必要である。この議論をなおざりにすると、住基ネットや住基カードは、たとえ多額の税金によって「市民の利便性向上」という効果がある程度実現されたとしても、「行政事務の効率化」については中途半端な形のままとなってしまい、壮大な税金の無駄遣いに終わってしまう恐れがある。住基カードに関する問題を契機として、「行政事務の効率化」を実現するための「国民総背番号制」(国民ID制度)についてタブー視せずに正面から論じていくことが求められる。そうした意味で、本来の目的である二つの効果を実現させるための仕組みを、既に導入された仕組みの維持に拘らずに改めて再設計していく必要があるだろう。
全文はPDFファイルをご参照ください。
PDF 市民に不人気な住基カードにおける改善のために必要な視点 [275 KB]
