デジタル家電工場誘致と補助金交付戦略
上級研究員 湯川 抗
2004年10月
要旨
はじめに
最近、我が国の景気回復の要因としてデジタル家電の販売が好調であることが挙げられる。日本全国各地で、デジタル家電の生産拠点の建設が相次ぎ、夏休みの間も休みなく稼動したといわれている。こうしたことから当然、これらの生産拠点は地域経済の活性化にも一役買っている。例えば、三重県と亀山市が135億もの補助金を交付して誘致したシャープの大型液晶パネルの生産拠点である亀山工場は、地域の雇用を増加させ、5,500億円もの経済波及効果を地元経済に与えたと言われる。無論、この事例は不況にあえぐ地域経済にとって非常に重要な示唆を与えるものであり、地域政策の担当者や各自治体の担当者は大いに参考にすべきであろう。しかし、こうした工場の誘致は、それだけで今後も地域経済の発展を促すものなのであろうか。そして、今後各自治体は補助金を交付して、つまり税金を投入して企業の工場誘致を行う際にどのような戦略をもつ必要があるのだろうか。
今後の経済社会
今後こうしたデジタル家電の生産拠点を誘致する際に各自治体が考えておかなければならないのは、現在既に進行しつつある社会全体の変容である。今後の社会のあり方を語る際に最も多く用いられているのは、「知識社会」あるいは「知識創造社会」という言葉である。これは、今後先進国では高付加価値のモノやサービスを提供していく必要があり、その源泉となるのは、原材料などのモノではなく専門的な知識であるということである。つまり、知識社会とはこれまでの工業社会からのパラダイムシフトと捉えられる。
こうした社会全体の変容につれ、今後我が国において労働集約的な仕事が減少し、知識集約型、あるいは知識創造型の仕事が主体となっていくことは明らかであろう。つまり、現在の工場誘致による地域経済の振興や、地域における雇用の増大はデジタル家電の隆盛を基盤とした一時的なものである可能性は否定できない。無論、全ての生産拠点が人件費の安価の海外へ移転するとか、現在の工場労働者の業務内容が全て機械によって置き換わるとは考えられない。しかし、こうしたことは経済のグローバル化や情報技術の発展の速度から考えれば、ある程度予測しておくべきである。また、現在のデジタル家電ブーム自体が、いわゆるバブルだという説もあり、工場誘致だけに頼っていては今後の持続的な地域の発展は不透明だと考えざるをえない。工場誘致をきっかけにして、知識労働者をも惹きつけるような地域づくりを行う必要があろう。
「創造的階級の登場」
昨年、カーネギーメロン大学のリチャード・フロリダ教授の「創造的階級の登場」(原題 : "The Rise of the Creative Class")という著書が話題になった。ここでの「創造的階級」とは、例えば科学者や技術者、芸術家、あるいは金融、法律の専門家等を指しており、まさしく知識労働者のことを指している。フロリダがこの著書で論じているのは、これからの社会における主要な経済資源はこれらの「創造的階級」に属する人々であり、こうした人々を集め、地域の経済的発展を図るために、地域は三つの「T」、(テクノロジー(技術)、タレント(人材)、そしてトレランス(許容度))を備えることが重要だということである。特に、人材と地域の許容度の関係が重視されており、多種多様な個性をもった人材を許容するような地域社会の自由さが優秀な人材を惹きつけるとしている。
こうした議論の裏には従来のように、仕事がある場所に人材が集まるのではなく、自らの生活の場としての生活環境の整った地域にこそ優秀な人材が集まるという考え方がある。フロリダの考え方に従うのであれば、我が国の各自治体は、今後自由でオープンな地域の経済文化を育て、それを世界中にアピールしていくことで、地域内に優秀な知識労働者を増加させることができることになる。
補助金交付の戦略
自治体が工場を誘致する際には、誘致する工場そのものによる短期的な経済効果だけを当てにするのではなく、今後の社会全体の変化を踏まえた長期的なビジョンと、工場誘致をきっかけに地域自体の産業構造を変革させるような努力が必要である。
具体的には、まず、自治体は地域内の知識労働者が増加するような戦略を考えた上で、工場誘致を行うべきである。例えば、補助金を交付する際に企業に対し地域の将来ビジョンを説明し、企業の研究開発拠点等もあわせて誘致するように強く働きかけることは将来的な知識労働者の増加つながるであろう。そして、こうしたことは結果的にスピンオフ等により、域内のベンチャー企業を増加させ、更なる好循環を起こす可能性がある。
次に、地域内に知識労働者のためのインフラも同時に整えていく必要がある。いくらインターネットの普及によって、いつでもどこでも最新の情報を得ることができるようになったといっても、文化や芸術と無縁の地域では優秀な人材を定着させることは困難である。大都市と全く同じである必要はないが、様々な個性をもった知識労働者をひきつけるような地域の環境をある程度整えていく必要がある。例えば、工場の誘致を行う際に、紀伊国屋やHMV、あるいはスターバックスといった、文化や芸術、流行に深く関係するような企業等に対しても補助金を交付して、店舗を誘致するといった極端な事さえも考えていくべきではないだろうか。
デジタル家電関連といえども工場の誘致による経済発展は一過性の可能性もある。現在、工場誘致を図っている各自治体は、誘致自体を目的とするのではなく、それをきっかけにして、知識労働者を増加させると共に、地域の環境を全般的に整備するような戦略をもって、企業と交渉していく必要がある。各自治体は、地域にもたらされる短期的な経済効果のためだけではなく、地域の将来的な発展を見据えた上で税金を投入していく必要があろう。
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PDF デジタル家電工場誘致と補助金交付戦略 [198 KB]
