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生活者の意見を反映する制度を持った社会

国際医療福祉大学副学長 開原 成允

2004年10月

要旨

アーサー・ヘイリーの小説に、「Last Diagnosis(最後の診断)」という私の好きな小説がある。アーサー・ヘイリーはご存知の方も多いと思うが、Wheels, Money Changers, Airport, Strong Medicineなどの著者で、現代社会の一面を詳細な取材に基づいて魅力的なストーリー展開で描いた英国生まれの作家である。私がこの小説を好きな理由は、小説として面白いのはもちろんであるが、それ以上に、アメリカの病院の経営方法が垣間見えて興味深いからである。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』アメリカの地域病院の経営が日本と大きく違うところは、地域の人々が委員となっている諮問委員会が病院にあり、病院長はその委員会に非常に気を使っている点である。それは、この諮問委員会が大きな寄付を集めてくれるからでもあるが、その代償として病院の医療内容や人事にまで意見を言う。ここで注目すべきことは、この諮問委員会によってその病院を利用する生活者(コンシューマ)の意見が直接病院運営に反映する「制度」ができている点で、この小説でもその地域の有力者である委員長の意見で病院が揺れる。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』私は、数年前まである国立病院の院長を勤めていた。その病院は、地域医療を長年担ってきた病院で地域の人々と多くの懇親の場があった。私は地域の人の声をもっと公式に反映できないものかと思い、地域の人を主なメンバーとする委員会を設置することを提案したが、事務官から即座に反対された。「国立機関の意思決定に、公式に選ばれてもいない人の意見を反映させることなどできない。」というのが反対理由であった。その後、私は新しい病院の企画に携わったが、そこでもコンシューマ側の意見を正式に反映する場はなかった。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』医療の世界は、私が教育を受けた数十年前には医師がすべての治療方針を決定していた。最近ではそれがパターナリズム(家父長的権威主義)として批判され、患者の意見を反映するように変わってきた。その変化は望ましいものであることは確かであるが、しかし、それはまだ医師と患者の関係に留まっている。もっと組織的なレベルでは、日本では生活者の意見が医療に反映する制度はほとんどない。例えば、中央医療協議会のような政府の委員会などでも、医療提供者の委員はいるが患者の代表はいない。医療は患者のためにあるのであるから不思議なことである。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』翻って考えて見ると、これは医療だけのことではなく、日本社会全体の特徴である。教育の世界でも、学生の意見を大学運営に反映させる制度を作ることには大学は恒に消極的であった。企業でも消費者の意見を一応は調査するが、その中の都合のいい部分のみを採用している感じがする。行政においても、市民参加が叫ばれるが、行政のいうことを聞くNPOを使っているだけというような場合も見られる。民意を最も直接的に反映する国民投票は制度化されていない。要するに、一見生活者の意見を尊重する方向に社会が変わってきた感はあるが、それがまだ「制度」としては定着していないために、日本社会では生活者の意見は力を持っていない。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』このような日本社会の特徴がどうして生まれたのかは、社会学の立場からは大変興味深い問題であろう。ある社会学者は日本社会の特徴は、confrontation avoidanceであると教えてくれた。要するに、意見を対立させて争うことを極端に嫌い「和」を尊ぶ社会だから、サプライアーとコンシューマのような対立する構図を作ることを避けてきたというのである。確かにそれもありそうであるが、それよりも、問題は、生活者とは誰なのかを特定することが方法論的に難しく、それを制度化することに躊躇するからである。生活者とは多数の人であるからその中にも意見の対立があるし、まとまった意見というのは存在しないという見方もある。しかし、私はやはり「立場」の差による意見のまとまりはあると思っており、問題はそれをどのようにして表に出すかという方法論の問題であると思う。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』例えば、最初の小説のような諮問委員会でも、誰を委員とするかは確かに大きな問題であるが、病院のことを真剣に考えてくれる人は自然に特定できると私は信じているし、仮に人選に問題があったとしても、時間がそれを解決するから、こうした委員会がないよりはあった方がいい。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』私は、今後の日本社会の発展の鍵を握っているのは、生活者の意見を様々なレベルで「制度」として日本社会の中に組みこむことであると思っている。制度といっても国の制度だけをいっているわけではない。地方自治体も、独立行政法人も、企業も、大学も、病院も、それぞれが小さくても自分の制度を工夫することは可能なはずである。それがうまく機能すると組織は活性化し、目標がより明確になって組織は必ず発展する。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』それには、生活者も努力する必要があり、コンシューマ側の意見を代表するような組織を作っていくことも必要である。再び医療に話を戻せば、最近、非常に優れた活動をする「患者会」が育ちつつある。患者会が自ら薬剤の臨床試験、診療ガイドラインの作成、医学教育などに組織的に参加するところも出てきた。第15回フォーラム『日本と中国:新たな経済関係の構築へ向けて』私のいる国際医療福祉大学の大学院では、2005年に「患者に学ぶ」というコースを開くことを計画している。これは患者会の人々が教壇にたって、医師や看護師が聴講するコースである。このような形で、患者の意見を医療の反映させることもできるのではないかと思っているが、どのような結果がでるか楽しみにしている。

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PDF 生活者の意見を反映する制度を持った社会 [218 KB]