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オブジェクトのプライバシー
- RFIDボイコット運動を見直す

客員研究員(慶應義塾大学助教授)土屋 大洋

2004年7月

要旨

インターネットとRFID

RFID(Radio Frequency Identification)が話題となっている。RFIDは微細な半導体チップの中に固有のIDを割り振り、そのIDを無線通信で読み取ることができるようにしたもので電子タグやICタグなどとも呼ばれる。仕様によっては数メートル離れても読み取り可能なので、既存のバーコードのようにいちいち手作業でスキャンする必要がなく、物流などさまざまな分野での効率化が期待されている。米粒よりも小さくなったチップは「賢い埃(スマート・ダスト)」と呼ばれることさえある。

もともとRFIDはインターネットと同じくらい長い歴史を持つ技術である。最初に使われたのは軍用機の敵味方識別である。同じくらい長い歴史があって、もともとは軍事技術に根ざすという点で、インターネットとRFIDは似ている。しかし、その社会への受け入れられ方はやや異なる。インターネットはプライバシーやセキュリティなどさまざまな問題を抱えていたにもかかわらず、人々は歓喜・興奮してそれを受け入れた。社会変革の可能性をそこに見出し、実際にわれわれの社会システム大きな変革をもたらした。それに対し、RFIDは、その大きな可能性が指摘されている一方で、プライバシーの侵害を中核とするいくつかの問題が深刻に受け止められている。RFIDを取り付けた商品販売のいくつかの事例に対しては、ボイコット運動まで起きてしまった。

ボイコット運動

ボイコット運動の対象になったのは、ジレットやP&G、ベネトンなどである。商品へのRFIDタグの取り付けが、プライバシーの侵害になると指摘された。タグがついた商品を持って歩いていると知らないうちにタグの情報がスキャンされ、何を持っているか、何を着ているか、いつどこにいたかという情報がトラックされるというのである。

RFIDのボイコット運動の中心となったのは米国のCASPIAN(Consumers Against Supermarket Privacy Invasion and Numbering)という団体である。もともとこの団体はスーパーマーケットの顧客カードに反対する団体だった。米国のスーパーでは、顧客に個人情報を提供してもらう代わりに、クレジット・カードに似た割引カードを発行する。こうした購買行動は米国では日常的に行われているし、日本でもポイントカードという形で広く導入されている。しかし、CASPIANは、消費者が求めているのは安くていい商品であり、マーケティングされた商品ではないと主張してきた。

CASPIANの代表をつとめるキャサリン・アルブレクト(Katherine Albrecht)はハーバード大学の大学院に在籍していた1999年10月からこの運動を始めたが、何人かのサポート・スタッフはいるものの、実質的にひとりでこの活動を行ってきた。しかし、その影響力は大きい。boycottgillette.com、boycottbenetton.org、spychips.comなどいくつものウェブ・サイトを使って、RFIDを攻撃し始めた。彼女の攻撃が始まるとすぐに、ベネトンやジレットはRFID導入のテストをやめてしまった。CASPIANの影響力についてプライバシー問題の活動家たちに聞いてみると絶大だったと口を揃える。CASPIANはその他のプライバシー関連集団を糾合して声明文も出しており、こうした声を無視してRFIDを展開することは難しくなってしまった。

CFP2004

プライバシー問題を議論する会議として有名なのが、毎年米国で開かれているCFP(Computers, Freedom and Privacy)である。ここには技術者、法律家、政策担当者などが数百人やってくる。今年は4月にカリフォルニア州バークレーのリゾート・ホテルで開かれた。ここでもRFIDは注目トピックのひとつだった。

クリントン政権時代に商務省で電子商取引を担当したエリオット・マックスウェル(Elliot Maxwell)は、製品の流通段階、購買段階、そして購買後の段階でRFIDが提起する問題を分けるべきだという。流通段階で効率的な商品管理のためにRFIDが利用されることにはほとんど問題はない。ウォルマートや国防総省が求めているのもこの段階でのRFID導入である。しかし、購買段階でRFIDタグをどうするかが問題になる。RFIDについてこれまで出されてきた各種ガイドラインによれば、商品にタグがついている場合は、顧客にその旨を通知し、顧客が希望すればそのタグを使えないようにすべきだとされている。ただ、そうした枠組みが機能するかどうかは分からない。小売店側からすれば忙しいときにいちいち一個一個のタグについて説明し、使えないようにする余裕があるのか。そもそも顧客はそんなタグがついた商品を敬遠するのではないか。例えば、タグがついた下着を喜んで買う気にはならないかもしれない。そして、購買段階でタグが外されたり使用不能にされなかったりした場合、本格的にプライバシーが問題になる。

CFPはプライバシー保護論者たちが多く集っている会議である。したがって、RFIDのプライバシー侵害は当然という意見が基調になる。「RFIDとプライバシー」と題するワークショップで「ジレットやベネトンがやめた理由は他にもあるのではないか。ボイコット運動だけが理由なのか」と質問が出た。それに対しあるパネリストは、「なぜそんなことを聞くのか分からない」という顔をして「これは監視なんだ」と答えていた。

オブジェクトのプライバシー

しかし、首都ワシントンDCでの見方は少し異なる。そこで共通する見方は、RFIDはまだ本格展開の用意ができていないということである。チップの単価は単品管理ができるほど下がっておらず、RFID使用に当たってのプライバシー・ポリシーも各社がきちんと設定しないままにテストを行っていた。技術的にもコスト的に成熟していないテスト段階での利用について反対団体が大々的な反対運動を展開したためにさっと手を引いたというのが、ジレットやベネトンなどによる展開中止の真相のようである。ということは、チップ単価が下がり、プライバシーに対応したポリシーとインフラが整い、社会的な受け入れ準備が整えば、早晩RFIDが普及するということもありえる。「ボイコット運動は標準的な米国人の考え方を反映しているわけではない」という声もある。むしろ、ボイコット運動よりも、スーパー最大手のウォルマートと米国国防総省がそれぞれ2005年1月までに納入業者にRFIDへ対応することを求めていることのほうが注目を集めている。両者が持つ構造的なパワーは計り知れない。RFIDに対応しなければ納入できないということになれば、納入業者にとっては死活問題だからである。

さらに、ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)にあるオートIDラボでは全く異なる考え方をしている。オートIDラボは、2003年秋にオートIDセンターが発展解消してできた組織で、次世代の技術開発や既存技術の検証を行っている。オートIDラボは慶應義塾大学などと提携しながらグローバルな展開を目指している(日本には他にユビキタスIDセンターという標準化団体もある)。

オートIDラボのダニエル・エンジェルス(Daniel W. Engels)は、人間中心の視点をもうやめるべきだという。われわれはついオブジェクトと人間を対置させ、人間を何か高尚な存在のように考えているが、突き詰めて言えば、すべてはオブジェクトであり、人間は複雑な内部処理のできるアンドロイドだと考えるべきだというのである。これまで人間が作り上げてきたデバイスは内部処理のできないインテリジェンス性の低いものだったが、RFIDのようなデバイスは、自ら考えることはできないものの、人間のプロキシー(代理人)としてさまざまなことをしてくれるようになる。

確かにRFIDが持つIDがスキャンされることでプライバシーが侵害されると考えることもできるが、自分の居場所を必要な人に自動的に知らせてくれる存在だと考えることもできる。個々のデバイスのインテリジェンスは低いとしても、それらが組み合わさって集合的なインテリジェンスを形成し、人間活動をサポートしてくれると考えるべきだとエンジェルスはいう。つまり、人間のプライバシーを問題にする視点から脱却しないとRFIDの実力を発揮できないというわけだ。RFIDが侵害するとわれわれが考えてきたのは人間のプライバシーであって、オブジェクトのプライバシーではない。これをラディカルに統合して、すべてをオブジェクトのID、オブジェクトのプライバシーの問題として考えてみたとき、違う地平が見えてくる。われわれの容姿ですらオブジェクトの外的な姿に過ぎないと考えれば、いたるところで目を光らせている監視カメラはオブジェクトの表面を記録しているに過ぎない。われわれが本当に隠したい(あるいは表現したい)内部処理された感情や思想は、記録テープには部分的にしか現れない。

規制されるべきなのは情報

規制されるべきなのは、RFIDを使ってトラックされることではなく、トラックされた情報であろう。既にわれわれは監視社会の中に生きている。監視カメラを設置していない小さな村であっても、隣近所の人間の監視の目が生きている。結局、RFIDをスキャンするということは、それが誰であるかはわからないけれども匿名の人物像を作り上げることになる。この情報を共有するかどうかが問題になる。匿名であるとすれば、人間のプライバシーをわれわれは論じているのではなく、オブジェクトのプライバシーを論じていることになる。

RFIDを人間のインテリジェンスの拡大ととらえるか、人間のプライバシーを侵害するものと捉えるかで、その対応は大きく異なってくる。RFIDはインターネットのように歓喜して迎えられはしなかったという点で不幸なデビューの仕方をしたが、ボイコット運動によってその潜在的な力が弱められたわけではない。RFIDが持つ力をプライバシー問題に閉じ込めないで議論することが必要であろう。

(注)本稿執筆にあたってインタビューに応じてくれた方々、情報を提供してくださった方々に感謝したい。特に富士通ワシントンDC事務所のJamal Le Blanc氏、宇留野哲郎氏、足立正彦氏からは有益な情報をまとめていただいた。記して感謝したい。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF オブジェクトのプライバシー  - RFIDボイコット運動を見直す [248 KB]