中国経済はインフレに向かうのか
- 問われる金融政策の有効性
主任研究員 柯 隆
2004年7月
要旨
2003年の中国経済はイラク戦争や新型肺炎「SARS」の影響にもかかわらず、9.1%の高成長を成し遂げた。その中で、物価指数(CPI)は1.2%と低い伸びにとどまり、いわゆるインフレなき高成長が実現された。
中国国内で現在の経済状況に関する認識を巡り、意見が分かれている。2003年の経済成長は26.7%の投資増によってけん引され、経済過熱であるとの指摘がある。それに対して、今の好景気は中国経済が新たな景気循環に入ったことによって始まったもので、経済は過熱していないとの考え方も根強い。
中国経済の実際の状況を考察すると、需要に比べ供給が過剰になっているため、中国経済全体がインフレに突入する可能性は低い。しかし、不動産ブームによって、鋼材や石炭の価格が高騰している。個別業種のインフレに対処する金融政策が問われている。
好況下でも懸念が残る
2000年以降、ITバブルの崩壊をきっかけに、世界経済は同時不況の様相を呈していたが、ここに来て、景気回復に転じている。04年に入って、ニューヨークも東京も株価はボトムアウトし、全面高の展開を見せている。97年のアジア通貨危機以降低迷を極める香港経済でも、不動産価格は上昇に転じている。
しかし、世界経済を取り巻く環境は完全に改善されたわけではない。イラク戦争、テロに対する不安、SARSや鳥インフルンザの蔓延など、様々な不安要因が世界経済を直撃している。にもかかわらず、世界規模での好景気を示す海運業の好況が出現している。太平洋を横断するバルクキャリア船に積み込まれている鉄鉱石の行き先は中国である。世界規模の好景気を支えているのは中国経済である。
日本経済も中国特需の恩恵を受けている。ほとんどの造船所のドックは予定として2008年までいっぱいという状況にある。本来なら、鉄鋼業は日本の高コスト構造を背景に不況産業の類に入っているが、03年以降は好況に転じた。今は、日本企業にとって中国ビジネスはむしろ頼みの綱になっているといっても過言ではない。
中国経済の好景気がなぜ起きているのか、その原因は未だ解明されていない。一説によれば、2008年の北京オリンピックの特需によるものといわれるが、5年先のオリンピックの特需波及効果はここまで大きくないはずだ。したがって、今は心配すべきことは現在の好景気のサステナビリティ、すなわちいつまで続くかということである。
インフレに向かう中国経済が失速しないリスク
去る3月14日に閉幕した全人代では、経済過熱を警戒する声が多かった。何をもって中国経済が過熱しているというのだろうか。物価指数が1.2%に抑制されている現状から、経済はインフレに突入していないといえる。03年の設備投資伸び率は26.7%に達し、投資の過熱に対する警戒は出ている。しかし、それだけでは、経済過熱を説明するには不十分である。
マクロ的にみて、中国経済は今でも供給過剰な状況にあり、経済全体の需給関係を表す物価はインフレになる可能性が高くない。ここで、個別の生産財の生産者価格の推移に注目したい。図に示したのは資源財や素材の価格の推移である。03年上期において、イラク戦争の影響で石油価格は急騰したが、6月以降米国による勝利宣言を受けてその伸びは鈍化した。一方、新型肺炎の影響は夏に入ってから収まり、それによって投資が盛んになり、鋼材や石炭の価格も7月以降大きく上昇するようになった。また、春から夏にかけての天候不順により、食料と綿花の生産量が減少し、それによって、食料と綿花の価格は9月以降急騰している。
困難な局面に直面する政策当局
03年末以来、工業生産を担当する曾培炎副総理は、「鉄鋼、電化アルミ、建設・不動産など一部の業種において投資の過熱傾向がみられる」と再三に亘って警告している。鋼材や石炭の価格は今年に入ってから上昇を続けている。この事実から判断するかぎり、政策のアナウンスメント効果はほとんど現れていない。
中央銀行は経済の過熱を引き締めるために、03年9月預金準備率を6%から7%に引き上げた。その後、更に預金準備率が7.5%に引き上げられた(04年4月25日)。同時に、為替介入に伴うベースマネーの急増を吸収するため、買いオペによる不胎化政策も実施されている。しかし、ホットマネーの流入を警戒するため、金利の引き上げは見送りられている。その結果、マネーサプライ(M2)の増加傾向に変化はみられず20%も伸びた。マネーサプライの急増は経済過熱の金融面における背景である。
このような背景のなかで、中国の政策当局が直面する課題の解決は益々困難になる。経済過熱の兆しが現れている反面、国有企業の経営難は解決されないままである。ここで、思い切った引締政策をとると、国有企業の経営はいっそう困難になり、企業倒産が増え、国有銀行の不良債権も更に増加する。とはいえ、経済過熱を看過するわけにはいかない。「国有銀行→国有企業→不動産市場」という資金の流れは大きな不動産バブルを作り出している。人民元切り上げ期待に基づいて一部の外資はこの「マネーサプライ・チェーン」に加わっている。政府は投資家に冷静を取り戻すように呼びかけているが、効果はほとんど上がっていない。このような難局を脱するには、古典的な経済政策はもはや効果が限定的である。重要なのは金融システム、為替レジームと国有企業の改革である。
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