MOT(技術経営)教育をベースにした経営者の早期育成
主席研究員 安部 忠彦
2004年7月
要旨
社内MOT教育が求められている背景
近年企業において、MOT(技術経営)教育を経営者育成のキャリアパスの一環として活用する動きがみられだした。松下電器産業(以下松下)をモデルケースに見てみたい。
松下では、2003年からPanasonic-MOTと銘打った社内MOT教育コースを開始した。その背景の第1は、引き続く研究開発投資効率の低下がある。研究開発費は90年代前半の対売上高比約6%が2000年には7.2%に上昇する中で、営業利益は01年まで経年的に減少していた。このため従来の研究開発マネジメントに何か不備があるのではないかと感じられ、MOT教育の必要性が認識されていた。
背景の第2は、次世代リーダー後継人材の質的・量的不足がある。1999年当時の分析では、事業部長、研究開発センター長、事業部研究所長などの任にある人材の大半が50歳代であった。同時にその後継者達も45歳前後と高齢化し、かつそのキャリアパスにおいて複数部門や職種の経験がない人材が多いことが判明した。今後、世界企業との激しい競争を勝ち抜くためリーダーには相当のエネルギーが求められ、それに耐え得る若くてマネジメント力を身につけた人材を早期に育成する必要がある。このため45歳程度までに、十分にマネジメント力を持つ人材の育成を目指して35歳から40歳程度のリーダー候補を対象にMOT教育が必要と認識されだした。
背景の第3として、国際競争の激化や知的財産問題の複雑化、製品の開発規模の増加や技術の複雑化が急速に進み、今後のリーダーの守備範囲がこれまでとは比較にならないくらい拡大していることがある。国際的な視野でニーズを知り、事業企画・商品企画に関する商品機能を定義でき、その実現のためにソフト、ハード、LSIにわたる社内開発部門を結集したプロジェクトを取りまとめ、知的財産問題にも対応しながら商品に仕立てる能力のある「アーキテクト型」リーダーが求められだした。
松下におけるMOT教育の実態
こうした背景から、松下では1999年に新たなMOT教育が企画され、2000年から実際に開始された。2000年では、本社の若手技術者9人に限定して「トップ塾」という形で、技術役員の直接指導による将来の経営者予備軍が鍛えられた。
同時にこの時期、製造での品質問題が顕在化した。これは長く技術系採用者数を絞った結果、設計部門が人材を保持し、技術者を工場など他部署に移動させない状況が続いた結果、開発・設計部隊は単一部門での経験のみで事業現場での経験が少ない一方、工場ではモノづくりの高度化に対応できなくなったことによる。設計で品質やコストの多くが決まるのに、事業の「におい」がしない技術者集団になってしまったと同時に、モノづくり現場も疲弊するなど、技術開発マネジメント全体が弛緩していた実態が顕在化した。
このように研究開発面だけでなくモノづくりでの不都合も明確になったので、モノづくり部門も含め全社に対象を拡大してMOT教育が強化された。すなわち2003年には、全社から入社10年目程度の優秀な若手が43人選抜され、トップ塾にマネジメント強化研修が加えられたメニューで再開された。マネジメント教科研修では事業・競争戦略、松下グループの事業・技術戦略、プロジェクトマネジメント、アカウンティングなどビジネスファンダメンタルスを習得する。またトップ塾では、CTOや役員に対して、担当事業の事業課題を論じ、改革案を提言することが課せられている。それに対して役員からの直接指導と助言があり、リーダーとしての資質が見極められることになる。その後、モノづくり部門、海外会社も含めた多面的なキャリアパスを経験させられ、更にその実践の成績で選抜が進み、早期に事業責任者が育成されることになる。
新たな経営者育成の一環として注目されるMOT教育
近年広がりつつある製造業のMOT教育は、これまでの日本企業の経営者育成システムとはいくつかの点で異なっている。
第1は早期に明示的な選抜がなされていることだ。従来長期間かけてじっくりと競争・選抜されていたのとは違っている。じっくりした育成ではトップになるころには60歳近くなり、世界企業と戦うトップの早期育成が間に合わなくなっている。
第2は、MBA資格とは違う、MOTという実践一体型の日本的育成システムに価値を見出していることだ。従来、技術を競争力の糧にする製造業では、経営トップ育成では欧米企業のようにMBA資格を重視することが少なかった。資格だけで評価することに企業は懐疑的で、実践を重視する傾向が強いためである。しかし、日本が得意の技術をベースしたMOT教育とその後の実践での評価を組み合わせると、経営者育成の方法として十分に信頼度の高いものとして活用できるのではないかという期待が高まっている。
このような認識から、今後日本の製造業の早期経営者育成において、MOT教育をキャリアパスに組み込む企業は増加するとみられる。政府の支援も、企業の競争力強化という直面する課題解決に資する、企業のMOT教育支援に向うべきである。
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