家計の知覚リスクと消費態度
主任研究員 長島 直樹
2004年7月
要旨
個人消費の一部に明るさが見えてきた。ここ数年来、消費不振の背後には家計の将来不安があると言われ続けてきた。象徴的なのは、日本銀行が半年に1度実施している「生活意識に関するアンケート調査」で、1997年以降は将来不安に関する質問を含めるようになったことである。消費行動の背後に心理的な要因があることにはほぼコンセンサスがある。しかし、その内容やメカニズムに関しては未知の部分が大きい。また、「将来不安」、「消費者の不安」と一括して命名することで、皆が納得し、理解した気になるのも問題である。
メディア報道の通説を掘り下げ、不安とは何に対する不安か、どんな不安がどんな消費者に対して影響しているかを分析・特定する目的から、2003年11月に1,000世帯を対象としたアンケート調査を実施した。
知覚リスクを4種類に分類
「将来不安」は家計が知覚するリスクの1つだが、曖昧な概念である。また、例えば「年金制度に不安がありますか」、あるいは「老後に不安がありますか」と聞かれれば、十中八九「はい」と答えるであろう。知覚リスクの実態を把握するためには、様々な不安を項目別に並べるだけでは十分でなく、質問を工夫する必要がある。特にリスクの分類が重要である。今回の調査では、家計の知覚リスクを経済的リスクと経済外リスクに分けた上で、前者については更に、ダウンサイドリスク、不安定性、不確実性の3つに分けて考えている。
経済的不安のうち、まずダウンサイドリスクだが、これは、可処分所得が思いがけず下がってしまうという不安で、通常言われる「将来不安」に最も近い概念であろう。アンケートでは、現在を100とした時、1年後と3年後の可処分所得がどうなるか、8割ぐらい正しいだろうという区間(80%信頼区間)で予想してもらった。100からその区間の下限までの幅をダウンサイドリスクとしている。また、別途、リスクの内容や理由も尋ねている。
所得の不安定性は経済学で扱う所得リスクの概念に相当する。先の質問では信頼区間の区間幅を不安定性としている。3番目は所得に関する不確実性である。どの程度不安定か、変動するか全く予想がつかない状況である。リスクと不確実性の違いを最初に指摘したフランク・ナイトに因んで、経済学では「ナイト流の不確実性」と呼ぶ。アンケートの質問では、今後の所得変動に関して、激しくなるか、現状程度か、緩やかになるか尋ねているが、「全く予想がつかない」という選択肢を選んだ回答者を、「不確実性がある」と考えている。経済外のリスクは、戦争・テロ、地震・火災などの災害、環境問題、子供の教育問題など、自身の可処分所得とは切り離して、どの程度不安に感じるか尋ねており、不安の強さを考慮して、集約した変数を作成している。
これらのリスクが年齢や所得の違いでどのように異なるかを示す分布は、4種類のリスクごとに大きく異なっており、これらを分けて考えることの必要性が裏付けられる(詳しくは、「家計のリスクファクターと消費態度」FRI研究レポート No.195 March 2004、長島を参照)。
若年層の賃金・雇用関連のダウンサイドリスクが重要
先に挙げたような別々のリスクファクターが消費態度とどの程度の関連があるか分析すると、全体としてダウンサイドリスクの影響が最も大きい、という結果が得られる。分析は、今後1年間の消費額が「増える」、「変わらない」、「減る」のどれを予想しているか、あるいは計画しているか、という非連続で順序のあるカテゴリー変数をいくつかの説明変数で回帰するRank Logit Modelに拠った。説明変数には、前述した4つの知覚リスクのほか、年齢、所得、ライフステージといった要因を含んでいる。
ダウンサイドリスクの重要性を確認したので、その内容を検証する必要がある。アンケートでは、所得急減のリスクを感じている世帯に、その理由を尋ねている。雇用、賃金、健康、増税、年金の5つから該当項目を複数選択してもらっている。この回答について、数量化の手法を適用すると、5項目がうまく2つの次元に分けられる。次元1が「健康・増税・年金関連」、次元2が「賃金・雇用関連」のダウンサイドリスクである。
これら2種類のダウンサイドリスクを所得階層別にみると面白い特徴が現れる。健康・増税・年金関連のダウンサイドリスクは、所得が高いほど小さくなっていて“順当”な印象を受ける。一方、賃金・雇用関連のダウンサイドリスクは、中間所得者層で最大になっていて、低所得者層ではむしろ最小である。
2種類のダウンサイドリスクを使って、年齢別の推計を行うと、20代から40代前半までの若い層と40代後半以降の中高年層で顕著な違いが現れた。若い層は賃金・雇用関連のダウンサイドリスクが消費を抑制している。特に、選択的消費への影響が顕著である。一方、中高年層では、ダウンサイドリスクの影響は強くない。むしろ不確実性が強いと、選択的消費を消極的にする傾向が見られる。
若年雇用は、消費と切り離しても重要な問題であろう。アンケートでは雇用不安の理由として「万一失業したときの再就職に対する不安」が多く、若年層では「自分の能力に対する不安」が他の世代よりも高くなっている。どのように、若年雇用不安を解消していけるのか考えると、結局は職業能力を高めること以外にない、という結論に行き着く。
中高年層に関しては、巷間言われるような「年金抑制が彼らの消費意欲を殺ぐ」とは言えないことがわかる。どうなるかわからないからこそ、消費を控えているのである。むしろ、多少年金給付額が下がったところで、確定した方が将来の不確実性は低下し、消費を増やす可能性が大きい。
全文はPDFファイルをご参照ください。
PDF 家計の知覚リスクと消費態度 [238 KB]
