中国における食料価格上昇の背景に関する一考察
主任研究員 柯 隆
2004年4月
要旨
2003年、日本は冷夏の影響で米の不作に見舞われ、新米価格は急騰している。実は中国でも穀物価格が急騰している。その一因は2003年の夏から秋にかけて各地で起きた洪水や干ばつなどの災害にあるとされているが、実際はもっと深刻な問題が背景にあるようだ。世界の食糧生産基地である中国が穀物輸入を増やしていることは穀物の国際市況に大きな影響を及ぼしている。例えば、03年の大豆価格は02年の平均値と比較して54.2%も急上昇した。ここで、中国における穀物価格上昇の背景について考察し原因を明らかにする。
経済開発に伴う作付面積の減少
1995年レスター・ブラウン教授が「誰が中国人を養うか」という論文を発表して以来、世界は中国の食料事情について感心を高めている。ブラウン教授の警告をきっかけに、中国は化学肥料増産や灌漑設備の整備に取組み毎年豊作を記録し、1998年の食糧生産量は史上最高の5億1,230万トンに達した。このような状況の中で、朱鎔基首相(当時)は、「中国の食料は十分に自給できるので、これ以上食料生産を拡大させる必要はなく、環境を保護するための植樹をやるべきだ」と全国的に呼びかけた。
しかし、2003年に入ってから穀物市場において変化が生じた。1 - 11月の食品価格はマイナス推移から3.1%の上昇に転じ、小麦や大豆などの穀物価格は更に高騰した。一部の地域では、米価格は10%上昇し、油菜の種の価格は20%も上昇した。
食料価格はなぜ上昇したのか。いうまでもなく食糧価格上昇の背景に、穀物減産による供給不足がある。実際に中国では、2000年以降食料の減産が続いており、2003年の総生産量は4億5,000万トンを割り込んだ。これに対して、13億人の1年間の食料需要は約4億9,000万トンといわれる。したがって、一時的に食料の供給過剰はあったが、基本的には慢性的に食糧が不足しているといえる。
なぜ、食料生産は減産が続いているのだろうか。
第1に、穀物価格の低下による農民の生産意欲が減退していることである。98年の史上最高の豊作にもかかわらず、農民の収入増はわずか4.3%に止まり、同年のGDP伸び率の7.8%に比べ明らかに低くすぎる。第2に、農村の行政部門は勝手に農民から法外の賦課金を徴収している。これは農民にとって大きな経済的負担となっている。その結果、農村から都市部への出稼ぎ労働者が増加し、一部の農村では労働力不足が生じ、「棄農」(農業を放棄すること)現象が現れたのである。第3に、都市部における開発重視の政策が実施されているため、農地を工場建設に転用する動きが急増し、ここ10数年耕地面積は7%も減っていることがある。
農業政策の失敗も一因
本来なら穀物の価格は市場メカニズムに基づいて変動するようになっている。需要不足になれば、穀物価格はすぐに上昇に転じる。しかし、中国の場合、穀物の流通は国有の食糧公司によって独占されているため、市場メカニズムの価格調整能力は著しく阻害されている。
99年から2002年にかけて食料の減産が続いているにもかかわらず、国有の食料公司は備蓄用の穀物を大量に放出したため、穀物価格は人為的に低く抑えられた。低い穀物価格は農民に作付けを増やさないように間違ったシグナルを送ったのである。
近年、政府は出稼ぎ労働者の一部を農業に回帰させるよう、農業補助を支給している。毎年、農業補助金として270億元が拠出されているが、そのほとんどは農民の手に渡ることなく、国有の食料公司への補助金となっている。中国の世界貿易機関(WTO)加盟により、中国政府には8.5%の農業補助金の支給が認められている。これは、金額にして1,400~1,500億元という大きな規模になる。今後、農業補助金は徐々に増額されると予想されるが、問題はこれらの補助金がほんとうに農民の手に渡るかどうかということである。
現段階において、食料価格の上昇は2003年春から秋にかけての洪水や干ばつなどの災害によるものといわれているが、価格の上昇は今後も続く可能性が高い。中国各地の地方政府は食糧の便乗値上げを警戒するため、食料価格のモニタリングを強化している。食料価格は国民経済にとってもっとも重要な部分であり、中国のような人口大国にとって食料価格の安定は経済の持続的な発展と社会の安定を維持する上で欠かせない。今回の食料価格上昇を契機に、抜本的な農業改革の推進が重要であろう。
抜本的な農業改革の断行
これまでのところ、農業改革については、「税費改革」や農村行政改革など部分的な改良に止まっている。しかし、WTO加盟が実現し、今後予想される東アジア諸国連合(ASEAN)との自由貿易協定(FTA)が締結されることによって、農業へのインパクトが心配されている。
現在、「零細農家」を中心とする食料生産や化学肥料の値上げなどによって、非効率な農業生産と高コスト構造が問題になっている。その結果、国内産のトウモロコシや大豆などの穀物価格は北米産のものよりも高く、売れ行きは良くない。まったく不思議な現象であるが、中国の北部においてトウモロコシなど穀物価格の高止まりにより在庫が増える一方、南部の各省はカナダやアメリカから大豆とトウモロコシの輸入を増やしている。
抜本的な農業改革の具体的な内容については以下の点が指摘できる。まず、農業の市場経済化を推進する必要がある。具体的に政府による穀物市場の独占を打破し、市場メカニズムが機能するような枠組みを構築することである。また、農業補助金について国有食料公司への支給を廃止し、直接農民に支給することにする。同時に、地方政府による賦課金の徴収を全面的に廃止し、徴税の一本化を実施する。更に、「土地法」の執行を厳格にし、農地の転用に対して厳重に処罰することが重要である。このほかに、都市化を推進し、農村の余剰労働力を徐々に新興都市に移住させ、農民一人当たりの耕地面積を高めることが必要である。
温家宝総理は農業の専門家といわれている。総理に就任して以来、全国の農村視察に奔走しているが、そろそろ抜本的な農業改革の決断が期待される。
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