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アジア」の過去、現在、未来

青山学院大学教授 小倉 和夫

2004年1月

要旨

歴史的背景から、アジアの現在や将来の課題について考えることが大切である。アジア諸国は、「アジア」というコンセプトのもと、相互の協力体制を進展させてきたと考えられる。アジアの発展が地球規模にインパクトを与えるようになった現在、アジアが相互に協力しあい、世界の中での責任を果たし、自己の確立を行うときである。

「アジア」の過去

アジアというのは、実態のアジアと同時に、概念(コンセプト)としての「アジア」と考えることができる。論理的には2つを区別しなくてはいけないが、どちらともつかないアジアの話をしたい。過去の話では、コンセプトとしての「アジア」、現在の話では、現在の状況、未来の話では、我々がつくるべきアジアという意味の話をしたい。

まず、政治的、経済的概念としての「アジア」が、過去において、どのように考えられて、どのように政治的に利用されてきたのかということについて、ヨーロッパのアジア、アジア人のつくったアジア、脱亜入欧の3つの観点から整理してみる。

第1の観点として、ヨーロッパ人によってつくられた「アジア」について述べたい。アジアという概念は、歴史的にも、ヨーロッパ人がつくった概念であるということは明らかであるが、どのようなイメージがあるのか、4つのイメージを示したい。

第1のイメージは、専制と封建という、非常に遅れたアジアのイメージである。絹の道など、ローマ時代から中国との交流はあったが、基本的に、ヨーロッパと極東がぶつかり合った時に、日本とか中国の社会が非常に封建的な社会だった。アジアという言葉は専制と封建のシンボルとして使われてきたのである。

第2のイメージは、放逸と怠惰である。性生活の上でも非常にふしだらで、ハーレム、中国の後宮、日本の花柳界などのイメージである。慰安婦の問題など、日本の過去やアジアと日本の関係を考えると、犠牲になった人の多くが女性であったという点もあげられよう。

第3のイメージは、軍事的脅威である。モンゴル、トルコ、日本、中国など、軍事的脅威の対象としてアジアは見られてきている。

第4のイメージは、ヨーロッパ的な政治的、経済的秩序への挑戦者である。黄禍論はヨーロッパの日本人観に非常に大きな影響を及ぼしていることは否めない。ドイツが日露戦争においてロシアを支援した背景に、カイザー・ウィルヘルム二世の黄禍論にあったとも言われている。

これらの過去のイメージの問題は、必ずしも過ぎ去った過去の話だということではない。例えば、中国や日本の市場の閉鎖性などへのヨーロッパやアメリカの論調の背後にあるものをたどっていくと、過去においてのヨーロッパ文明に与えたアジアのイメージと関係している場合がしばしばある。

次に、第2の観点として、アジア人のつくった「アジア」についてお話したい。ヨーロッパ人のつくった「アジア」とならび、もうひとつのつくられた「アジア」がある。これは、中華的秩序や中華帝国の偉大さというイメージをつくりあげることにより、西欧に対抗し、精神的な拠り所をつくりあげている。西欧から身を守る1つの概念として利用されてきたのである。

例えば、マハティール氏がEAEC(東アジア経済協議体)構想を打ち出した時にも、西欧の植民地主義の軍事的、政治的、経済的支配の下で、自らを守るシンボルとして「アジア」を利用していると考えられる。

第3の観点は、脱亜入欧という視点である。つくられた「アジア」、利用された「アジア」に対して、捨てられた「アジア」がある。まず、捨てられた「アジア」として、明治維新があげられるが、これは、前述した封建的、専制的な[アジア]からの開放であり、古い考え方である「アジア」を捨てたのである。

また、脱亜入欧は、明治維新の時だけでなく、戦後の日本にもおいても行われてきた。戦後40年間の国民一人あたりのGNP伸び率を、日本と他のアジア諸国と比べると歴然とした違いである。為替の変動も考慮に入れるべきであるが、おおざっぱに見積もり、1952、53年から1992、93年への変化を比較すると、日本は200ドルから3万ドル(150倍)、タイは150ドルから3,000ドル(20倍)、ベトナムは120ドルから500ドル(4倍)となっている。

パートナーとなるべきアジアの国はなかったため戦後の日本は、脱亜入欧を行い、「アジア」を捨ててきたのである。

「アジア」の現在

アジアの現在において、相互依存がどのように進展してきたのか、3つの視点、[1]アジアと世界、[2]アジア内部、[3]協力意識から、考えてみたい。

1つ目の視点は、アジアと世界の相互依存関係が非常に進展したということである。世界が、3つの極(北米、ヨーロッパ、アジア)として考えられ、アジアが世界のなかで定着化してきている。このことは、アジアを一体化していく、1つの触媒になっていると考えられる。

全世界の輸出額を1980年と1998年について比較すると、アジアから西ヨーロッパへの輸出は、2.7%から4.6%。西ヨーロッパからアジアへは、2.0%から3.5%。北米からアジアへは、3.0%から4.0%、アジアから北米へは3.5%から6.3%と増えている。一方、西ヨーロッパから北米は2.5%から3.8%であるが、北米から西ヨーロッパへの割合は減っている。更に、その他の地域(アフリカとか中南米など)との関係は、西ヨーロッパ、北米、アジア・太平洋も、割合を減らしている。

これらのことは、北米、ヨーロッパ、アジアの3極体制が、この20年間に固まり、しかも、アジアが北米、西ヨーロッパにとって、非常に大きなマーケットになり、また、アジアが、西ヨーロッパや北米に進出したということを意味している。

世界的な相互依存関係のなかで、アジア全体としての北米、西ヨーロッパとの相互依存が、非常に高まったことは、アジアが全体として、1つのアジアと世界で見られるようになったことを意味している。更に、アジア内の相互依存関係と相まって、「アジア」というコンセプトを、世界の中で浸透させることとなった。

また、1980年代の3極体制は、日本、アメリカ、西ヨーロッパだったものが、1990年代半ば以降は、アジアと北米と西ヨーロッパとなり、日本が突出していた状況から変化して、アジアの一体感に影響を及ぼしてきた。

次に、2つ目の視点として、実際に、アジア内部の相互依存はどのように進展してきたのか説明したい。1980年代には、日本とASEANが非常に相互依存関係を深めたが、90年代については、中国と他の国との相互依存関係が深まったと考えられる。

中国との相互依存関係の進展について、貿易面に着目してみる。IMFの統計から、1995、96年の平均と2000、01年の平均を比較する。日中貿易は、515億ドルから1,479億ドル(2.87倍)に、韓中貿易は、172億ドルから302億ドル(1.75倍)に、ASEANと中国の貿易が371億ドルから652億ドル(1.75倍)に増えているが、日韓貿易はほとんど増えておらず、日本とASEANの貿易は、減っている。圧倒的に、中国と他の国との相互依存関係が深まった時代だったと分かる。

投資の面に着目すると、97年のアジア危機があり、取り扱いが難しいが、90年、91年平均、90年代半ば、2000年(アジア危機後)を比較すると、日中間の投資は、450億ドルくらいから、3,000億ドル、995億ドルになっている。日韓の投資も、260億ドルから、1,000億ドル、850億ドルになっている。投資という面から見ても、日本と韓国、日本と中国の関係が、90年代においても、非常に緊密になってきた。

第3の視点は、協力意識の進展である。貿易、投資の相互関係とともに、協力関係が同時に出てきている。FTAについても、シンガポール、タイ、韓国、ASEANとの動きも出ている。また、政治的にも、ASEAN+3、防衛協力としてのARF(ASEAN地域フォーラム)などの動きもある。FTAには、非常に難しい問題があり、すぐ実るものではないが、このような動きが加速化されていることは、アジアの一体化が進展していることを示す。

このような動きは、アジア全体として、経済的バルナラビリティ、政治的バルナラビリティを協力してなくそうという意図がある。1997年のアジア通貨危機の経験がよく示しているが、アジアの国が一緒になって、通貨面だけでなく、石油問題、アジアの中東依存、食料問題、頭脳流出まで含めて、解決していこうということの表れである。

過去において「アジア」というものが巧妙に利用されたように、現在においても、つくられつつある「アジア」は、利用されている。また、現在、「アジア」というコンセプトは、非常に微妙な使われ方をしている。スローガンとしての「アジア」である。

日本の貿易依存度や投資依存度は、アメリカ、ヨーロッパへの依存が依然として高いが、日本は、経済圏(商売先)として、アジアを重視しており、自分の生存圏であるという意味で「アジア」を使っている場合がある。

また、中国においては、アジアをドミネート(支配)するような勢いで、アジアにいろいろな影響を及ぼしているが、それをうまくカムフラージュするために「アジア」という言葉を用いている。更に、中国では、アメリカのアジア支配に対抗し、多極化主義を主張するためのカムフラージュとしても「アジア」を用いている。

アジアの現在として、もう1点主張したい点がある。「アジア」が捨てられているということである。アジア中に日本のポップカルチャーが浸透し、日本でも、韓国のポップシンガー、あるいはエスニックフード、タイの料理が非常に人気があるなど、いろいろな現象があるけれども、伝統的なアジアが、日本人にとっても非常に遠い存在になりつつある。生け花、お茶、書道など、我々の生活の一部であったものが、デモンストレーションの対象にしかなっていない。アジアの伝統が、アジア人自身によって破壊されている。韓国における漢字文化の急速な衰退にもアジアの破壊は見られている。

「アジア」の未来

「アジア」の未来は何か。今までのアジアは、日本も含めて、世界の動きに反応し、外からのインパクトに対応する対応型だった。これからは、自立的に、アジアが責任を果たさなくてはいけない。

アジアの経済発展が地球的インパクトを与え、それらの問題解決のために協力しなくてはいけない。為替の問題もあるが、特に、経済発展が地球的インパクトを与えているという意味で、環境問題が大切である。2020年には世界の二酸化炭素排出量の30%はアジアからとなる。

また、中国の石炭の消費は減らず、莫大な車需要、車の普及から、空気汚染の状態はひどいものとなる。中国を含めてアジアが、協力して、環境問題に取組んでいかなければならない。

また、もう1つは、アフリカの問題が重要である。アフリカの国民一人あたりのGNPがどんどん減っている。歴史的にアフリカに対し、責任を持っているのはヨーロッパであり、奴隷貿易をしたのはアメリカであるが、アフリカをこのまま放置していたときの世界経済に及ぼすコスト(エイズ、テロ、森林伐採、砂漠化など)を考えると、アフリカに対する援助というのは経済的にも合理的な意味があると考えられる。

更に、アフリカ問題の解決にあたり、シンガポール、マレーシア、中国も一緒に協力することが大切である。

アジアの責任として、環境、アフリカ問題、中東和平、石油問題の他に、食料問題も大きな問題である。アジアの食料生産国であるインドなどが、どの程度のスピードで食料増産ができるかという問題である。このまま放っておくと、世界最大規模の農産物輸入国が、日本以外にも出てくることになると考えられる。

これらのことからも、現在のシステム、世界システムというものを守っていくということが大事である。今のシステムから一番利益を得ているのがアジアの国々であるとすれば、現在の貿易システム、通貨システム、政治システムを守っていく必要がある。そのためには、テロや国際犯罪、麻薬、コンピューターウィルス問題、遺伝子組み換え問題まで、世界的な課題について、アジアがどこまで協力し、システムを守っていくことができるのか考えるときである。

最後に、アジアの世界の中での責任も重要であるが、やはり、アジアはアジアで自己を確立しなくてはいけない。自分というものを確立していく努力が必要である。

(文責 : 富士通総研)

全文はPDFファイルをご参照ください。

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