ネット特有の戦略論は存在しない
富士通総研研究顧問(早稲田大学教授) 根来 龍之
2003年10月
本文
はじめに
リアルビジネスと同じように、ネットにおいても競争があり、淘汰がある。すべての会社が成功するわけではない。これは市場競争においては当然のことであり、リアルビジネスと同じように、ネットビジネスにおいても差別化に成功した企業だけが生き残っていく。
ネットビジネスは、特有の成功法則があるという主張がある。先発企業絶対優位説、仲介型ビジネス優越説、価格戦略優先説などだ。しかし、以下で主張したいのは、少なくても消費者向けネットビジネスにおいては、「ネットビジネス特有の戦略論」は存在しないということである。「資源ベース戦略論」に立脚して、ネットビジネスと伝統的なビジネスは共通のメカニズムに拘束されていると主張するのが本稿の目的である。
ネット小売業の現状 : アメリカの場合
まず、アメリカ市場を中心にネットビジネスの現状を整理しておこう。ネット小売業には、2つの事業形態がある。1つは、amazonやeBayのように、ネットビジネスのみを行う「ピュアプレーヤー」またはドットコム企業と呼ばれる形態である。ピュアプレーヤーの成功事例は意外に少なく、CDNowやeToysなどの多くの企業が崩壊や買収といった結果に至った。
2つ目は、Barnes&Noble.comがamazon.comに対抗してネットビジネスに参入するなど、リアルビジネスで既に基盤を持っている企業が新規ビジネスとしてネットビジネスに参入するというやり方で、「クリック&モルタル」と呼ばれる形態をとる企業である。
米国のネット小売業の現状を見ると、いわゆるドット・コム企業は、2001年ぐらいに破綻のピークを迎え、現在の市場は安定しつつある。ただし、特筆すべきは、多くの企業が破綻したといっても、ネットビジネスの市場そのものが縮小したのではないということである。市場そのものは成長している。これは日本でも同じ傾向だ。
筆者の同僚の前川徹客員教授の調査によると、米国小売業界のネット販売ランキング上位10社に占めるピュアプレーヤーは、1999年は7社、2000年は5社、2002年は2社と、年々減少している。2002年に上位10社に残るピュアプレーヤーは、amazon.comとBuy.comである。市場の成長とともに、ネット市場のメインプレイヤーはクリック&モルタル企業となってきたのである。しかし、amazon.comのようなピュアプレイヤーが、ネットビジネスの世界からいなくなるわけではないだろう。リアルの小売業において通信販売専業の企業、訪問販売専業の企業があるように、ネット専業の企業も一角を占める存在ではあり続けると思われる。
amazon.comとeBay
1.amazon.comの収益改善
上述したように、クリック&モルタル企業がネット小売業の中心になってきている中で、amazon.comはピュアプレイヤーとして成功へと向かっている。1994年の創業以来、赤字幅を拡大しつづけてきたamazon.comは、昨年度から営業損益ベースで黒字に転じた。同社の2003年度第2四半期(4 - 6月期)決算も、この収益改善を裏づけるものだった。売上高は11億ドルで前年同期比37%増となった。純利益はいまだ赤字だが、▲4,300万ドルの純損失となり、前期に続いて4 - 6月も赤字幅が縮小した。前年同期の純損失は▲9,400万ドルだったので50%以上の改善である。ちなみに、営業利益は、4,200万ドルの黒字だった。興味深いのは、海外市場での健闘である。英、独、仏、日本などの国際部門の売り上げは81%増の3億9,700万ドルであった。国際部門の営業利益は1,300万ドルで、前年同期の▲1,000万ドルから一気に改善された。
amazonの収益改善には、余剰経費削減の直接的効果もあるが、同社が縮小均衡路線をとり始めたということはなく、累積する赤字にもかかわらず追加投資を惜しまなかった効果が財務成績に反映し始めたというのが正確だろう。amazonは、安売りで知られるが、実際にはネット書店でamazon.comが1番安いというわけでもない。amazonは、「最も安いから売れている」というより、顧客から「十分安い」という評価(満足水準)を勝ち得ているというべきだろう。amazonは、「安売り」だけでなく、データベース、検索システム、リコメンデーションシステム等、システム投資を積極的に行ってきた。また、ロジスティックセンターへの投資も惜しまなかった。その結果として実現した安定的なサービスとオペレーションによって確固としたブランドを確立し、顧客集積に成功し、売上高を成長させ続けてきたのである。実際、amazon.comの6割以上の顧客はリピーターだと言われる。言いかえれば、amazonは、システムや設備というモルタル資源の蓄積によって現在の地位を築いたと言える。もちろん、事業の多角化も成功理由の一つである。顧客は、今では、amazon.comのサイトから本以外の物も買える。「amazon.comのウォルマート化」などと言われる所以である。amazon.comの最近の商品幅拡大は、GAPなどの有名ブランドについて、自社で在庫を持たないポータビジネス形式をとっているものもある。これらの多角化は、固定費が安く、特に収益に貢献していると想像される。amazon.comは、集客できる場所として確立し、それが多角化を可能にし、それがまた集客に貢献するという「好循環構造」の確立に成功しつつあるのだ。
2.eBayの継続的成功
amazonとともに、eBayも消費者向けネットビジネスにおけるピュアプレイヤーとして有名な企業である(小売業ではなく仲介業であるが)。同社の2003年度第2四半期(4 - 6月期)決算も好調であった。売上高は前年同期比91%増の5億930万ドルで、純利益は同102%増の1億970万ドルを計上した。同四半期のeBayでの取引総額は56億ドルで、前年同期比で66%増加した。eBayは、amazonと違って、設立当初から黒字経営を続けてきた事で知られる。amazonはロジスティックセンターというモルタル部分を経営資源に持っているが、eBayには、このような目立つモルタル資源はない。一切在庫も持たない、仲介ビジネスがそのビジネスモデルである。そのコスト構造上、最初から黒字経営が可能だったと考えられる。eBayにおいては、投資によってというよりも、オークションビジネスにおける先駆者として顧客の集積に成功し、それが同社の継続的黒字経営を支えている。「eBayにオークションの出品がたまり、出品がたまるから買う人が来る、買う人が来るから出品がたまる」といった、雪だるま効果がeBayを強くした。eBayは、市場の開拓者として、この雪だるま効果を享受し、その結果、顧客集積という経営資源を構築したのである。eBayは、一部の「ネット戦略論」が成功パターンとする仲介型モデルであり、先発者でもある。
3.日本市場で明暗を分けた両社
両企業とも日本市場に参入した。しかし、両社の参入の成否には、特徴のある違いが出た。米国で圧倒的な支持を得ていたeBayは、一度も黒字を出せないまま、去年の春に日本でのオペレーションから撤退した。一方、米国で赤字が続いていたamazonは、日本法人では既に黒字化を遂げたとも言われ、日本市場では後発だったにもかかわらず、消費者向けネット書店で、既にシェアNo.1のネット書店になったと思われる。日本において書籍の価格は、再販制度でディスカウントできない。したがって、この成功は、本自体の価格競争以外のところで、amazon.co.jpが差別化できていることを示す。
クリック&モルタル企業としてのTSUTAYAグループ
クリック&モルタルという概念は、販売をモルタル店舗とネット店舗の両チャネルで行うという形態だけに限定する必要はないだろう。顧客インタフェースについて、リアルとネットの両者が関係づけられている企業は、クリック&モルタル企業の1種と位置づけることにしよう。例えば、ネットがリアルを、あるいはリアルがネットを助けるという支援活動としてのネットあるいはリアルという形態もありえる。この種のクリック&モルタルの成功事例として有名なのはTSUTAYA onlineとTSUTAYA店舗との関係である。TSUTAYA onlineは、新作の情報を流したり、顧客のもより店舗の在庫問い合わせができると同時に、携帯電話画面に表示されるクーポン券をモバイル配信している。このクーポンは、顧客のレンタル動向などのデータベースを利用してなされていて、顧客をリアルのTSUTAYA店舗に誘導する大きな役割を果たしている。旧作のレンタルビデオのクーポンに引かれて店舗に来た顧客が、新作などの対象外のビデオも借り、最終的にリアルビジネスでの売り上げの上昇といった成果を上げている。ネットがリアルを支援しているのである。この仕組みにおいては、モルタル資源である「大きなレンタルショップチェーン」がビジネスモデルの前提になっている。なぜなら、チェーンの物理的な規模が、データ分析の確実性を増し、同時にクーポン配信のコストを下げているからである。
持続的に競争優位を維持するための条件
以下では、「資源ベース戦略論」の立場に立って、これまでの話を分析し直してみよう。資源ベース戦略論とは「ある企業が他社よりも業績を上げているのは、他社よりも継続的に優れた経営資源や能力を持っているからだ」という考え方である。言い換えれば、「他社が模倣しにくい自社の能力や知識の蓄積が競争優位の源泉になる」という考え方である。この考え方に立てば、ネット戦略の競争優位も実は同じ条件が必要だというのが、以下で述べようとすることである。
J.Barney(1991)は、持続的に競争優位を達成するための必要条件として、以下を提示している。
・その資源が価値があるものであること(Valuable)
・その資源が希少であること(Rare)
・その資源に代替できる資源がないこと(not Substitutable)
・その資源が完全には模倣できないこと(imperfectly Imitable)
本稿では、上記にもう1つ、以下の条件を追加したい。
・上記の条件を満たす経営資源が複数あること(Multi advantages)
資源ベース戦略論から考えるeBayとamazon
前述したように、eBayの競争力の源泉は、顧客集積という経営資源である。この経営資源は、米国においては、他社にとって模倣困難なものである。しかし、eBayが競争優位の源泉にしている資源がこれ1つしかないことが日本では成功できなかった原因だと考えられる。eBayは、1つの経営資源の優位しか持たない企業=シングル・リソースアドバンテージの会社なのである。シングル・リソースアドバンテージは、応用力がない構造である。実は、「優れた経営資源が複数あること」という条件が「安定的競争優位」には必要である。シングル・リソースアドバンテージは、それを源泉とする競争力が維持できる環境が限定される。つまり、その資源の強さが働く市場においては持続的競争力があるが、それがない市場においては、もろい企業になってしまう。
オークションビジネスを実際に行うためには、システム自体やマーケティングなど、顧客集積以外の経営資源も必要だ。しかし、eBayはこれらの資源では「模倣困難な優位」を築けていない。あるいは、それらの資源ではより優れた企業、少なくても対等な資源を持つ企業が存在するといってもよい。そのため、後発参入企業として、顧客集積で劣位にあった日本市場では、成功できなかったのだと考えられる。日本では、顧客集積で先行したのはYahoo! Auctuionsだった。eBayの、アメリカ市場(正確には英語圏市場)でのシングル・リソースアドバンテージ(顧客集積による競争優位)は、日本市場では意味を持たなかった。ちなみに、これは、後発企業がまったく成功できないという意味ではない。日本では別の後発企業(Bidders)が第2位のオークション企業として成功しつつある。Biddersは、顧客集積での劣位をマーケティングの優位で補うことで、黒字化を果たした。
日本進出で成功を収めたamazonの場合、eBayとは違う構造を持っている。amazonは、ロジスティックセンター、仕入れ能力、システム、コミュニティー性、アフィリエート(集客のための提携サイト・ネットワーク)といった経営資源が、競争相手より少しずつ優れている。eBayとの構造上の違いは、1つではなく、複数資源で競合相手よりも優位にある点だ。マルチ・リソースアドバンテージの構造をもっているのである。このような構造は、異なる環境でも優位になれる潜在力が強くなる。
eBayとamazonのビジネスモデルの大きな違いが、ここある。シングル・リソースアドバンテージでは、ある部分が非常に優れていても、それが通用しない市場では勝てない。amazonのようなマルチ・リソースにおいてアドバンテージを築いていれば、日本ではシステムで競争し、アメリカではロジスティックスや仕入れ能力で競争するというように、市場によって差別化のポイントを変えながら競争することも可能だ。いくつもの市場で成功しやすい構造なのである。あるいは多角化したときに、ある商品については仕入れ能力、他の商品ではコミュニティー性、更に他の商品ではアフィリエート性と、強みの使い分けも可能となる。
模倣困難性と資源の掛け算構造
1.モルタル資源の重要性
マルチ・リソースアドバンテージ戦略には弱点もある。その弱みは、経営資源への投資が分散してしまう可能性である。この弱点を避けるためには、集中とシナジーの両立戦略、つまり非常に強い資源をもちながら、補完的資源についてマルチ・リソースアドバンテージ戦略をとることが理想になるだろう。
経営資源の優位という観点から考えると、それがバーチャルな資源かモルタル資源かということは問題ではなく、競合他社に対する模倣困難性がどの程度実現できているかが重要になる。この理想的な構造に近い企業として挙げられるのが、前述したTSUTAYAグループである。TSUTAYAグループは、店舗数という圧倒的に強い経営資源を持ちながら、システムやマーケティング能力も一日の長を持つといったマルチ・リソースアドバンテージ構造も持つ。(ただし、TSUTAYAにも弱点はある。特許のような完全な障壁は持っていないこと。また、圧倒的に強い資源である店舗網がビデオオンデマンド時代には陳腐化する恐れがあることだ。どのような資源も陳腐化を免れることはできない。)
以上のような考え方をした場合、一般にネットビジネスと言われているものでも、構造上は実はモルタル資源によってその優位を築けている企業が成功しやすい理由が理解できる(その典型がクリック&モルタル企業である)。モルタル資源は、蓄積に時間とお金がかかるので模倣困難な資源になることが多いからだ。TSUTAYAグループでは、店舗が最大のモルタル資源であった。そして、ピュアプレイヤーであるamazonの場合でも、ロジスティックス施設という大きなモルタル資源があることに注意が必要だ。ただし、このことは顧客集積のような非モルタル資源(バーチャル資源)が競争優位の源泉にならないということではない。要は、モルタル資源であろうが、バーチャル資源であろうが、模倣困難な資源を持つことが重要なのである。
2.掛け算の差別化
マルチ・リースアドバンテージを更に有利にするためには、もう1つ大切なことがある。マルチ・リソースの経営資源や能力の優位があったとしても、A、B、C……という資源や能力が、製品やサービスの全体としての差別化に影響する際の、資源同士の関係性が次に問題になる。資源一つひとつの優位の大きさよりも差別化の格差が大きくなる場合には、資源や能力のシナジー効果がある。この資源シナジーの効果があればあるほど、マルチ・リソースの優位性は大きくなる。つまり、資源の優位が製品やサービスの優位に効率的に結びつくためには、差別化への貢献において、経営資源がからみ合う構造、つまり掛け算の構造を持っている必要がある。
TSUTAYAグループにおいては、一定の「掛け算」性が認められる。そこでは、店舗数のスケールに由来する顧客集積、データベースの分析能力、情報システム能力がからみあって、サービスの差別化に貢献している。eBayのようなシングル・リソースアドバンテージの会社では、原理的に、このような掛け算構造は成立しようがない。
このような掛け算性は、ネットビジネスだけに見られるものではない。例えば、花王においては、エコーシステムと言われる「コールセンターを中心とする顧客対応システム」のマネジメント能力の優位が、研究開発能力の優位と相まって、「顕在ニーズに対応する技術的ブレークスルー」という差別化を実現している。健康エコナやヘルシア(ダイエット効果のある緑茶)は、このブレークスルーの最近の成果である。
おわりに : ビジネスモデルと経営資源の蓄積
マルチ・リソースアドバンテージであれ、掛け算の差別化であれ、実はモルタルビジネスの成功法則でもあるのだ。これらの成功原理は、ネットでもモルタルでも変わらない。
ネットビジネスでは、アイデアが重要だという議論があった。ビジネスモデルをどうつくるかが肝になるという議論である。しかし、ビジネスモデルの斬新さだけでは、持続的な競争優位をつくることは難しい。魅力的なビジネスモデルを発見することは確かに重要だが、多くの場合模倣可能である。
比喩的に言うならば、経営資源や能力一つひとつは筋肉で、ビジネスモデルは骨格に当たる。国際市場で持続的に成功するためには、しっかりした骨格に、足腰を鍛えて筋肉をつけることが必要である。よい骨格構造を持つことは重要だが、骨格構造は模倣されやすい。したがって、筋肉にあたる資源や能力が、マルチ・リソース構造で優位になっている必要性がある。言い換えれば、ビジネスモデルの設計が勝負と思われたネットビジネスでも、「改善」が重要になってきていると言えよう。
「モデルの基本構造はマネしたければどうぞマネしてください。それでもうちは勝てます。なぜなら複数の資源の優位性を組み合わせ、掛け算の差別化を実現し、模倣困難性を確立しているから、たとえ部分的にマネされても我々が負けることはありません」。これが持続的に競争優位を享受する企業の理想的姿である。
この原理は、ネットビジネスであろうが、モルタルビジネスであろうが、変わることはない。つまり、「ネットビジネス特有の戦略論」は、ビジネスモデル論と経営資源論に限って言えば、存在しない。ただし、このことは、ネットビジネスにおいて、コミュニティの果たす役割やネットインターフェースで可能となる「顧客や取引先との低コストでかつ緻密なコミュニケーション」といったネット的戦略手段までを否定するものではない。しかし、成功のメカニズムは、変わらないと主張するものである。
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