米国におけるコーポレート・ガバナンス改革の問題点
主任研究員 峰滝 和典
2003年7月
要旨
はじめに
米国ではコーポレート・ガバナンス改革を進めるべく、サーベンス=オクスリー法が成立し、効力が表われ始めている。この法案は会計監査法人に関して厳しい内容となっているが、会計基準の透明性といった点からは十分ではないという見解もある。米国財務会計基準審議会(FASB)は今年に入って、ストック・オプションに対する費用計上の義務付け実施に向け会計基準の見直しに着手した。米国ではストック・オプションの会計処理方法を巡って議論が白熱している。ストック・オプションの効用について再考する時期がきていると思われる。
サーベンス=オクスリー法(Sarbanes-Oxley Act)の意義と問題点
エンロン社の経営破綻に端を発した一連の企業・金融スキャンダルにより、米国のコーポレート・ガバナンスに対する信頼が失墜した。それに対して昨年夏、米国議会では相次いで法案が提出された。民主党上院議員ポール・サーベンス(Paul Sarbanes)が企業会計制度改革と投資家保護案を提出し、共和党下院議員マイケル・オクスリー(Michael Oxley)が企業、監査の説明責任・義務・透明性案を提出し、各々可決された。その後、両者法案の一本化が計られ、サーベンス=オクスリー法(Sarbanes-Oxley Act)が成立した。
サーベンス=オクスリー法の主要ポイントは以下の通りである。
(1)粉飾決算や書類破棄があった場合の罰則強化
(2)会計監査法人を監督する独立機関の設置
(3)会計監査法人の経営コンサルタントなどの兼業禁止
(4)CEO、CFOは年次報告書及び四半期報告書に記載した諸点について保証する宣誓書の義務化
(5);証券アナリストの利益相反防止
新法は、米国の株式市場に対する投資家の信頼を回復する手段として、コーポレート・ガバナンスを強化し、市場の透明性を高めるための諸規制を定めている。コーポレート・ガバナンスは、株主(ブリンシパル)が経営者(エージェンシー)の行動を株主の利益に沿うようにコントロールするために行う経営陣に対する監視(モニタリグ)と、経営陣に対する動機付け(インセンティブの付与)から成る
新法は経営陣に対するモニタリングの強化に関しては、監査委員会及び外部監査人の独立性を強化するとともに、企業会計監視委員会による外部監査人の監督制度を導入した。今回の一連の不祥事の1つの特徴は、会計監査法人に対する信頼不安がこれまでにない程高まったことである。新法はこれに機敏に反応して、会計監査法人の監督の必要性を説き、会計監査法人を監督する独立機関を証券取引委員会(SEC)の下に置くこととなった。
コーポレート・ガバナンスのもう1つの側面である、経営陣に対する動機付け(インセンティブの付与)に関しても、今回の一連の不祥事でクローズ・アップした。ストック・オプションから得られる利益を増加させるために、企業経営者が不正会計を行い株価を吊り上げたという問題である。新法は、会計上の不正が発覚した場合にCEO及びCFOのボーナス・報酬等の返還を求めている。不正行為の結果、証券諸法に基づく財務報告に関する規制の重大な違反のために財務諸表の修正を必要とされた場合、CEO及びCFOは、ボーナスその他のインセンティブないしエクイティ・ベースの報酬及び発行会社の株式の売却益のうち、修正の対象となった財務諸表の発行または届出の後12ヵ月以内に受け取った部分について、会社に返還しなければならない旨を定めた。
サーベンス=オクスリー法はこのように、ストック・オプション等のインセンティブに関しても、不正再発防止のために、一応の規制を設けているが、ストック・オプションに関しては、これだけでは不十分であるという見方も多い。
ストック・オプションは必要か
議論はストック・オプションの費用計上を必要と考えるか否かという点を巡って行われている。サーベンス=オクスリー法は、ストック・オプションの会計処理方法の変更は求めていない。ストック・オプションを費用と見なすと企業の利益は減少してしまう。実際、ストック・オプションの会計処理方法を変更すると、多くの企業のEPS(一株あたり利益)が下落するといった意見が、IT企業のなかから出ている。EPSの下落は、自社の株価にとってマイナスである。
米国財務会計基準審議会(FASB)は今年に入って、ストック・オプションに対する費用計上の義務付け実施に向け会計基準の見直しに着手した。2004年の施行を目指しているという。
一連の会計スキャンダルによって、企業にストック・オプション関連費用の会計処理を変更させるように求める声は高まっている。投資家が企業の財務面での健全性を判断するためには、もっと明瞭な会計基準が必要であるという見解である。
新興のIT企業のなかには、質の高い人材の獲得を、ストック・オプションによって行ってきた企業も多い。ただし、IT業界で意見が一致している訳ではない。現在のところ、少数派であるが、Amazonはストック・オプションの費用計上化を発表している。
会計制度面の改革だけではなく、ストック・オプション自体に対する見方にも変化が生じている。米ヤフーは全株式数に対するヤフー従業員のストック・オプション比率の圧縮を行っている。「ヤフーのような企業は既に成熟期を迎えており、ストック・オプションが従業員の報酬における唯一の手段ではなくなってきている」という。
ストック・オプションが従業員の賃金や、企業の生産性にどのような影響をもたらしているのかということに関して、検証することも重要である。Black, S.E. and Lynch, L.M.(2000)1)は、1993年と1996年の製造業の企業データを用いて、賃金と労働生産性に対してそれぞれ、Re-engineering、Self-managed teams、Profit sharing/Stock Options等がプラスの効果をもたらしているかどうかを検証した。その結果、Re-engineeringは労働生産性に対してプラスの寄与をしているということがわかったが、Profit sharing /Stock Optionsについては、賃金に対しても労働生産性に対しても統計的に有意ではないという結果になっている。
いずれにしても、米国のコーポレート・ガバナンス改革を巡る議論のなかで、ストック・オプションに関して、今後新たな展開が予想される。
1)Black, S.E. and Lynch, L.M. (2000), "What's Driving the New Economy: The Benefits of Workplace Innovation", NBER Working Paper Series 7479, October 2000
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