日独コア産業の将来展望
- 富士通総研・ドイツ経済研究所共同コンファランスの模様 -
主任研究員 峰滝 和典/主任研究員 マルティン・シュルツ
2003年4月
要旨
日本とドイツの経済は依然として深刻な長期不況から抜け出せない状態にあるが、両国には共通する構造的な要因が多い。こうした状況の下、富士通総研(FRI)と、ドイツ経済研究所(DIW)は、ベルリン日独センター(JDZB)の協力のもとに、ドイツ及び欧州の産業界の著名な専門家を交えて、両国に共通する課題につき共同研究を行った。この研究成果をもとに、昨年11月28、29の両日ベルリンにおいて、FRI、DIW及びJDZBは、共同コンファランスを開催した。
背景
日本とドイツはこれまで強力な産業基盤を誇ってきたが、今や状況は急速に変化しつつあり、両国とも新たな課題、新たな市場、新たなビジネスモデルを求めている。過去における両国の成功はユニークな経営管理モデルによるところが大きく、これによって両国の産業は世界最高の成果を上げることができた。今日、事態は一変したかのような様相を呈している。10余年に渉って、両国は熾烈な国際競争、サービス業への構造転換という新たな現実に経済を適応させるべく必死の努力を続けている。しかしながら、高失業率、低経済成長、国際競争力の低下といった状況が表面化してきている。
危機は同時に新たな機会と可能性を提供する。考えようによっては現在の危機も変革へのチャンスであり、相互の経験を学び合う機会でもある。そのような変革に備えるべく、本コンファランスでは両国の中核産業における経験、特に構造改革の課題への対応とヨーロッパとアジアにおける国際生産ネットワーク、そして情報技術の統合とサービス業への多角化の戦略に焦点を当てて討議した。
概要
コンファランスは4つのセッションに分けて進められた。はじめにDIWとFRIの研究者が日独両国の産業動向を概観した。DIWのゲルツィッヒ博士は、ドイツの中核産業(自動車、機械、化学、金属)が成長を続けていることは、主要な生産性指数がすべてプラスの結果を示していることからも明らかであると述べた。したがって、ドイツにとって最も重大な問題は、しばしば言われるように賃金水準が「あまりに高い」ことではなく、労働市場が柔軟性を欠くために、中核産業から他部門への労働力の再配分が効率的に行われていないことであると主張した。FRIの木村主任研究員とシュルツ主任研究員は、日本の状況はより深刻であると述べた。日本の中核産業は製造面では技術革新力を保持している(全要素生産性による評価)が、同時に日本は、構造的な課題に時間を費やしているため、国全体の前進が阻まれている。労働力と資本の効率的な産業間配分に対する障壁、外部の研究開発と熟練労働力の統合への障害、サービス部門に残存する効率性の問題が、基本的には生産性の高い製造業部門にとっても足枷となっていると述べた。第1のセッションの締めくくりとして、ジーメンス社の主任エコノミストであるシュテッヒャー博士は、両国には未だ大きな可能性が残されていると述べ、その好例としてジーメンス社の例を挙げた。すなわち、同社は製品多角化と標的市場ポートフォリオに特化したコアコンピタンシーと、高付加価値製品の継続的開発を可能にする、多国籍化戦略に成功をおさめていると述べた。
第1セッション終了後、ミュンヘン大学のヴァルデンベルガー教授がディナー・スピーチを行い、両国において構造改革の課題の解決が遅々として進まず不可能にさえ見える背景につき述べた。すなわち、構造改革に同意すれば、両国の各経済主体はそれぞれリスクに直面せざるを得ない。すべての経済主体は、たとえ結果が社会全体にとって良いものであるとしても、改革に抵抗する強力な動機を有する。しかし結論としては、両国とも今後の発展のためには、「リスクに直面」して、市場原理と市場指向型制度を一層重視する以外に選択の余地はないと述べた。
2日目には、第2セッション以降3つのセッションが行われた。第2セッションでは、DIW、FRI及び大学の専門家が、製造業とサービス業の相互依存関係と情報技術の果たす特別の役割につき分析を行った。DIWのシュティレ博士は「ドイツにおける製造業とサービス業のリンケージ」を分析し、日本との比較に触れた。博士によれば、アウトソーシングと「生産のスリム化」は急速に進展しているが、産業向けサービス投入の構造とアウトソーシングのプロセスにはなお大いに改善の余地がある。特にドイツでは研究開発の投入の水準が余りに低く、日本では企業向けサービスの投入が不足していると主張した。
FRIの峰滝主任研究員は日本経済における「情報通信技術(ICT)の効果」について報告した。すなわち、日本の多くの産業でICTが単純労働を代替してきたことは実証されてきており、労働者のスキルはデジタル化することが可能であれば、ソフトウェアによって置き換えられてしまう。製造業の競争力の強化という観点からみると、これは忌々しき問題である。他方、ICTの進展によってナレッジ・ワーカーの重要性は増すといわれており、実証分析の結果を見ても、一般機械や輸送機械といったいくつかの産業においてICTと大卒以上の高学歴労働は補完的な関係にあることがわかる。ICTの普及が日本の生産性の向上をもたらすためには、ナレッジ・ワーカーの存在が不可欠であると主張した。次いでグローニンゲン大学のファン・アルク教授がプレゼンテーションを行い、「日独米3国におけるICTの生産と利用」を比較した。米国と比較して日独の両国、特に日本はICTの生産的な利用の可能性を十分に開拓していない。最も生産性の高い分野へのICT関連資源の再配分が不十分である主な理由は、柔軟な製品と労働市場に対する障壁が残存することを指摘した。
第3セッションでは、ドイツと日本のトップ企業の役員が製造業の直面する課題を克服する戦略を語った。ダイムラークライスラーのフレーゲル教授は、製造業者としてグローバル化に成功をおさめてきた同社の戦略の基礎を説明した。戦略的には、グローバル化はコストのためよりもむしろ市場開拓を最優先課題として進められている。新技術はまず最もコンピタンスの高い国(ダイムラークライスラーの場合はドイツ)で導入される。その後実績あるパートナーと仕入れ先産業の質に応じて、適切な生産技術が次第に他の国に移転される。技術移転先の国では、単純な組み立て工場も、絶えず地元で付加価値を高めて市場と仕入れ先ネットワークを独自に開発しなければ成功は望めない。このような戦略によって、多国籍企業であるダイムラークライスラーは、コアコンピタンスを高めつつ、自社の国際的な生産ネットワークを継続的に改善するのみならず、進出先のすべての国の産業の発展に寄与していると説明した。
富士通GLOVIAインターナショナルの林事業部長は、未来の製造業の成功のキーファクターの一つとして、ICTをベースにした「グローバル・オペレーション・モデル」を提示した。同氏もまた、地域需要主導のビジネスモデルを採用することが枢要であり、これによって従来の密接にリンクした供給チェーン管理(SCM)から、(デルコンピュータのように)直接的な「受注生産」型の方向へシフトすることが、すべての国のすべてのレベルにおいてで必要であると述べた。これを達成するために、GLOVIAのグローバル・オペレーション・モデルは調達から生産と販売に至るすべての地域情報を、グローバル・ヘッドクォーターに統合することによって、需要供給チェーンの国際的連動管理を可能にし、これによって本社の機能はモニタリング、トップレベル管理、先進エンジニアリングに限定されることになると述べた。このようなICT主導のグローバル・ビジネスモデルの成功の鍵は、各地域で異なるプラットフォームと既存資産を統合化する能力であり、このためには外部の企業(顧客から設計製造のパートナーに至る)との情報の統合共有を可能にする高度の開放性と透明性が求められ、既存の高度に垂直統合された日本の製造業特有の「系列」モデルとはまったく異なるモデルに変えていく必要があると主張した。林氏は、デルやキヤノンなど最近10年間に成功をおさめてきた企業は、このようなモデルへの転換を力強く進めつつあるとした。
第3セッションにおいては、欧州委員会のホワイト理事、前OECD科学技術産業局長であり現在FRIの根津常務理事、DIWのホルンシルト博士が、両国が克服すべき構造的脆弱性のついて指摘し、その解決のために最も重要な要素は何かについて、それぞれ自論を展開した。ホワイト氏は、市場再編と構造改革の過程において、欧州委員会が要となる役割を果たしていることを説明した。欧州各国のインサイダーの利害と意図が互いに絡み合い時には膠着状態に陥ることもあるが、そのような場合に、強力なアウトサイダーは積極的に革新を促して改革を前進させることができるだけではなく、各国の伝統的なモデルが解体し急速に変化する中で信頼できる安定要因として寄与することができるとした。これに対して根津氏の描く日本の未来像は、はるかに悲観的であった。同氏は、先進工業国の将来の発展のためには今や不可欠となったICT部門に潜む構造的脆弱性を指摘した。しかし同時に、ICT部門において最も重要な道程、具体的には電気通信部門の競争拡大、半導体メーカーの統合再編成、アジア生産基盤の統合、ICT及びベンチャービジネスの全般的統合などは着実に前進しつつあると述べた。最後にホルンシルト博士が、討議の成果と政策提言をまとめて今回の会議を締めくくった。同氏は今回の会議の成功を活かすべく、日本とドイツの産業の変化を主題とした一連の会議を、ベルリンと東京で交互に開催することを提案した。
成果と政策提言
両国に共通する課題として、生産過程の国際化(グローバル化)、高齢化社会、最終需要と生産投入に占めるサービスのシェアの増大への対応が挙げられる。したがって、経済成長回復の要件は、付加価値創造、スキル開発、透明性、柔軟性に焦点を置いた速やかな改革である。
日独両国のコア産業(自動車、機械、電子、化学、金属、鉄)は、困難を極めた90年代においても、生産性を向上させ技術革新の潜在力を保持していた。しかしながら、大企業は未だに構造調整に時間がかかっている。中小企業は未だに市場参入と退出が困難であって、新市場の動的な再編成と開発の主導力たり得ない状況にある。このような脆弱性を更に具体的に詳説すれば、
- 企業の研究開発が低水準にあり(ドイツ)、企業と大学の研究開発の連携がなされていない(日本)。
- 規制緩和の遅れのため、特にサービス部門及び公的企業セクターにおける競争が十分でなく社会全体として高コスト体質となっている。
- 構造改革には銀行・資本市場からの柔軟な資金供給が不可欠であるが、金融市場における公的金融セクターのウエイトが未だに高過ぎる(特に日本)。
- 最後に最も重要なことは、生産能力・設備の産業間移動(ICT及び高付加価値生産への移動)が必要であるが、このためには労働市場の一層の柔軟性とスキル開発の機会の増大が求められる(ドイツと日本)。
一層のグローバル化と高付加価値生産の開発が最重要課題であることについては、参加者の見解は一致していた。コンファランスでは3つのグローバル企業から、成功を収めるための具体的戦略が提起された。
- シーメンス:バランスの取れた国際生産ネットワークが、景気循環と製品サイクルに対してバッファーの機能を果たし、継続的な発展と市場毎に異なる強みを持つ共同の中核技術の適用を可能にする。
- ダイムラークライスラー:企業ブランドとコアコンピタンスの国際的開発によって、地域的な市場、製品、技術の発展をグローバルな規模で促すことができる。
- 富士通Glovia:国内に本社兼サービスセンターを設立して、独立性の高い(全世界の)地域本部・支社のモニタリングと連携にあたらせることが、生産性向上の鍵となる。
このような国際的高付加価値生産の戦略は構造改革を必要とし、改革は政治の積極的な支持なくしては遅きに失することは明白である。コア産業が国際競争力を保つためには、柔軟な市場制度、活力あるサービス部門、技術革新力に富む中小企業が不可欠である。市場改革と規制緩和を一般に進展させることにより、日本とドイツのコア産業は潜在力を活かして、多くの市場で新たな勢力を得ることは間違いない。
「日独コア産業の将来展望」プログラム
11月28日(木曜日)
| 15時30分~16時 | 開会の辞 |
| JDZB アンゲリカ・フィーツ FRI 福井 俊彦 DIW ベンクト・アルネ・ヴィックシュトレーム |
|
| 16時~18時30分 | 第1セッション「二つの製造業大国:日本とドイツ」 |
| 「1990 - 2000年ドイツにおける生産、雇用、生産性」 | |
| DIW ベルント・ゲルツィッヒ | |
| 「日本における生産、雇用、生産性」 | |
| FRI 木村 達也 / マルティン・シュルツ | |
| 「グローバルな産業動向と構造改革」 | |
| ジーメンス ベルント・シュテッヒャー | |
| 18時30分~ | ディナー・スピーチ ミュンヘン大学 フランツ・ヴァルデンベルガー |
11月29日(金曜日)
| 9時~11時30分 | 第2セッション「新たなコンセプトを求めて:製造業とサービス業の統合」 |
| 「ドイツにおけるサービス業と製造業のリンケージ」 | |
| DIW フランク・シュティレ | |
| 「ICT技術革新の日本経済に与える効果」 | |
| FRI 峰滝 和典 | |
| 「製造業とサービス業の相互依存関係:独日米国におけるICTの生産と利用」 グローニンゲン大学 バルト・ファン・アルク / マルセル・ティンマー |
|
| 11時30分~14時30分 | 第3セッション「製造業の未来:新たな取り組み」 |
| 「ドイツ製造業における取り組み - 世界企業としてのダイムラークライスラー」 | |
| ダイムラークライスラー ハインリッヒ・フレーゲル | |
| 「グローバル・オペレーション・モデルにシフトする日本の製造業」 | |
| 富士通GLOVIAインターナショナル 林 曉 | |
| 14時30分~16時30分 | 第4セッション「製造業の未来:日本とドイツの展望」 |
| 「欧州における産業戦略と展望」 | |
| EU欧州委員会 デイヴィッド・ホワイト | |
| 「日本の製造業の課題と未来戦略」 | |
| FRI、OECD 根津 利三郎 | |
| 「参加者コメント」 | |
| BDIドイツ産業連盟 ハンス・ヨアキム・ハス DIHKドイツ商工会議所 シュテファン・ヴィンメルス |
|
| 16時30分~ | 閉会の辞 |
| DIW クルト・ホルンシルト |
全文はPDFファイルをご参照ください。
PDF 日独コア産業の将来展望 - 富士通総研・ドイツ経済研究所共同コンファランスの模様 - [409 KB]
