中国市場におけるマーケッティングと人材獲得の重要性
主任研究員 柯 隆
2003年4月
要旨
日系企業の対中直接投資のスタートは80年代の前半まで遡ることができるが、本格的に直接投資が実行されるようになったのは90年代に入ってからのことである。対中直接投資の本格化が遅れた背景に、90年代の前半までは、中国の「改革・開放」政策が逆戻りするのではないかと半信半疑の見方が少なくなく、法整備の遅れと中国経済の市場経済化に関する不確実性が高かったことがあげられる。
一方、92年以降日本の対中直接投資がようやく本格化したが、多くの日系企業の業績は思ったより芳しくないことが、種々の調査で明らかになった。日系企業が苦戦する理由として、中国の市場機構の未整備が指摘されているが、日系企業の投資戦略と体質にも原因があったのではなかろうか。
高コスト構造の日系企業
今でこそ日系企業は中国国内での部品調達比率を増やしているが、長い間、中国産部品の悪い品質と納期の遅れを理由に、現地での部品調達を拒んできた。欧米への再輸出を目的とする従来の直接投資は、高い部品を調達しても輸出時に価格転化することにより、高コストの問題が表面化しなかった。WTO加盟をきっかけに、日系企業の直接投資の基本戦略は、従来の再輸出を主要目的とするものから中国国内市場での販売促進に徐々に移っていくものと思われる。今後、内販のウェイトが上がると予想されるなか、中国国内での部品調達の拡大が必要となり、その品質管理のノウハウの蓄積も求められる。
日系企業の高コスト体質をもたらすもう一つの問題は、本社から派遣される日本人社員の人件費負担である。日中両国の人件費を単純に比較すれば、最低でも日本は中国の30倍以上になるという計算だ。それに加え、日本人社員には、給与所得のほかに様々な手当てが追加支給される。合算すれば、50倍を超える計算になる。
日本人社員の人件費は全額現地法人で負担できないため、多くの日系企業は日本人社員の人件費の一部(約3分の2)を本社が負担することにしている。しかし、人件費分割負担は高コストという問題の解決にならず、連結決算すれば表面化する。
中国に適する工場のエンジニアリングが必要
日系企業のなかには、中国の発展段階が日本よりも遅れていることを理由に、日本で成功したとされる工場のエンジニアリングと製品規格をそのまま中国に持ち込むケースが少なくない。確かに、中国の産業構造は日本の川上にあり、かつて日本で成功を収めたビジネス・モデルは中国でも成功するものと思われてもおかしくない。例えば、カラーテレビや冷蔵庫などの家電と自動車のような製品は、日本のモデルをそのまま中国に持ち込んで成功するかもしれない。現実的にみて、多くの日系企業は中国の1人当たりGDP(約1,000ドル)の低さを理由に、日本で既に売れなくなった安い製品を中国に持ち込んでいる。しかし、その業績は明らかに悪い。ここで考えなければならないのは中国市場の構造と消費パターンが日本とは異なる点である。
これまでの20年余り、中国社会に起きた最大の変化は所得格差の拡大である。中国政府公表のマクロ経済統計を用いて計算したジニ係数は0.32程度であるが(2001年)、最近公表された都市部内の所得統計を使って計算したジニ係数は0.51に達し、都市部内での所得格差は予想以上に拡大している。このような所得格差拡大を背景に、中国市場での商品の売れ行きをみると豪華なものと極めて安いものが売れるのに対して中間的なものは売れない、という二極構造になっている。例えば、自動車の場合、高級車のアコード(ホンダ)やビュイック(GM)が飛ぶように売れるのに対して、シャレード(ダイハツ)のような軽乗用車は一般の消費者に敬遠されている。
総じていえば、中国の経済発展が日本より遅れているとはいえ、日本のビジネスモデルや工場のエンジニアリング方式をそのまま持ち込んでも成功するとは限らない。特に、WTO加盟をきっかけに、多くの日系企業が中国国内販売を伸ばしていこうと考えているなかで、中国でのマーケッティング・リサーチをもっと強化する必要がある。
市場競争は人材獲得の競争
更に、日系企業にとって競争力を強化することは、安くて品質の良いものを大量に作るということを意味する。このこと自体は間違っていないが、問題は如何にこの目標を達成するかである。多くの日系企業は安い人件費と品質管理の強化を通じて競争力の強化に取り組んでいる。しかし、中国に進出している他の国の企業も同じことを考えて取り組んでいる。本来市場競争に勝ち抜くためには、人が考えないことに取り組まなければならない。
グローバル化の時代において、新商品の企画、品質管理の強化、コスト削減など、誰でも考えつくことは競争の明暗を分ける鍵ではなくなった。これからの市場競争は人材獲得を巡る競争であり、一流の人材を手に入れ、その才能を活かすことができる企業は生き残る。さもなければ、どんなに優れた技術を持っている企業でも、市場競争に勝ち目はない。
中国では、欧米系と華人系企業の間において熾烈な人材獲得競争が展開されている。企業のトップマネジャーレベルについて年収100万元(約1,600万円)を支払ってヘッドハンティングする企業の出現が話題になっている。残念ながら現段階において、日系企業はこの競争に加わっていない。日系企業のトップマネジャーは本社から派遣され、図らずも中国勤務となった者が少なくない。
WTO加盟をきっかけに、外国直接投資が更なる市場開放を予測して中国に集中している。それによって、中国の市場規模は確かに拡大すると思われるが、パイを享受しようとする競争者も増えるため、市場競争はますます激しくなる。このような状況のなかで、日系企業にとり如何に優秀な人材を獲得し、新たな投資戦略を考案するかが最も重要な課題である。
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