「物価水準の財政理論」によるデフレからの脱却策
主任研究員 米山 秀隆
2003年4月
要旨
物価水準の財政理論とは何か
物価水準を決める式としてよく知られているのは貨幣数量説である。貨幣数量説では、以下の式に基づいて物価水準が決まると考える。
物価水準×実質GDP=貨幣供給量×貨幣の流通速度 ...(1)
ここで貨幣の流通速度は、日銀から供給された貨幣が銀行を経由して経済全体を循環する速度である。この式で、実質GDPと貨幣の流通速度が一定とすれば、貨幣供給量が増えれば、物価水準が上昇する。物価変動が貨幣的な現象であるといわれるのは、この関係に基づいている。これに対し最近の学界では、物価決定の要因として財政要因に着目する考え方が関心を集めている。これは「物価水準の財政理論」と呼ばれるもので、以下の式に基づいて物価水準が決まると考える。
現在の名目政府債務残高=物価水準×将来得られる実質財政余剰 ...(2)
この式は政府の予算制約式を示しており、政府が現在負っている名目債務は、将来の名目財政余剰(=物価水準×将来得られる実質財政余剰)によって必ず返済しなければならないことを示している。つまり現在の債務は将来の財政黒字によって必ず返さなければならないということである。ここで物価水準を一定とすれば、現在の名目債務が増加した場合、増税や歳出削減を通じて将来得られる実質財政余剰を増加させなければ(2)式が満たされないことを示す。つまり政府債務を増やした場合、将来、財政収支の黒字を増加させて返さなければつじつまがあわないということである。
一方、政府の名目債務が増加する中で将来得られる実質財政余剰に変化がなければ、(2)式を満たすためには物価が上昇しなければならない。これは、名目政府債務が将来得られる実質財政余剰を超えて大きく拡大した場合、インフレによって政府の実質債務負担を軽減する作用が働くことで、(2)式が満たされることを意味する。
貨幣数量説に基づけば物価は貨幣的な現象ということであるが、物価水準の財政理論に基づけば物価は財政的な現象ということになる。この違いは、貨幣数量説では、物価水準は(1)式で決まり、(2)式を恒等式とみなすのに対し、物価水準の財政理論では、物価水準は(2)式で決まり、(1)式を恒等式とみなすという点にある。
非中立的な財政政策は機能するか
この二つの考え方を用いることによって、現在のデフレについてどのような示唆が得られるか考察しよう。現状を(1)式でみると、日銀が貨幣供給量を増やしているにもかかわらず物価は低下を続けている。これは多額の不良債権の存在によって銀行の資金仲介機能が低下し、貨幣の流通速度が低下しているためである。このため(1)式の関係を利用することで、デフレから脱却することが困難になっている。
このとき(2)式の関係を利用して、財政政策によってデフレから脱却できる場合がある。(2)式によれば、現在の名目政府債務残高を増やす一方、将来得られる実質財政余剰に変化がなければ物価は上昇する。これは財政政策として、国債発行によって減税や歳出拡大を行う一方(現在の名目政府債務残高の拡大)、それを将来の増税で埋め合わせない(将来得られる実質財政余剰を変化させない)、非中立的な財政政策を行うことを意味する。
この場合、消費者は恒常所得が増加するため消費を増加させる。消費増加は物価を上昇させ、物価が上昇することで(2)式が満たされる。更にこのとき名目GDPも増加するため、名目債務残高の名目GDP比は、名目債務残高が増加しても上昇せず、逆に低下する可能性がある。これはうまくいけば、デフレから脱却できる上、政府の実質債務負担も軽減されるという一挙両得の政策である。
政策の有効性をいかにして取り戻すか
しかし、これが現状であてはまるかどうかは疑問である。将来得られる財政余剰の実質値を、消費者がどのように認識するかによってその行動が変わってくるからである。現在のように財政状況が極めて悪化している場合、政府が非中立的な財政政策を行うと宣言し実行したとしても、本当に将来の増税がないのかという点について消費者は確信を持てない。財政状況がこれほど悪化しているのだから、必ず将来増税されるはずだという期待が支配的となれば、消費者は、現在の減税は恒常所得の増加にはつながらないと考えるため消費を拡大させない。
この場合、(2)式に基づけば、政府の名目債務残高が増加する一方、将来得られる実質財政余剰が増加する(将来増税が行われる)と消費者が考えるため、物価は変化しない。非中立的財政政策は、デフレから脱却させる効果を持つどころか、政府の名目債務残高だけを累増させる結果となる。つまり財政状況が悪く財政運営が信頼されていない中では、非中立的財政政策は機能しない。極端なケースでは、財政支出拡大が財政破綻を連想させる場合、消費は極度に萎縮し物価が下落することすらあり得る。
このように現在の日本では、金融政策が機能しなくなった上、財政政策も政府の財政運営が信頼されていないため効果を持ち得ない状況となっている。つまり、デフレ脱却の手段として、金融政策、財政政策とも機能不全を来している。
政策の有効性を取り戻し、デフレから脱却する道筋を明らかにするためには、基本に立ち返るしかない。金融政策の有効性を取り戻すためには、不良債権処理を完了させ、銀行の資金仲介機能を回復させることが不可欠である。他方、財政出動を行う際には、従来的な歳出拡大を図るだけでは、財政運営に対する信認が決定的に失われるリスクがある。歳出の中身を一変させ、それによって将来の成長が促されると期待させるようなものでなければ、財政政策は効果を持ち得ないと考えるべきである。