911後 アジアと日本
- グローバリゼーションと地政学の間
朝日新聞 編集委員 コラムニスト 船橋 洋一
2003年1月
要旨
911によって、それまで十分に見えてこなかった、もうひとつのアジアが否応なしに浮上してきた。地域の安定に資する体制づくりや、国際関係をより重視していく世界的な方向性の中で、日本とアジアとの関わり方を考える際、地政学的な分析において、歴史と地理という変えることのできない負の遺産を念頭におかなければならない。日本は、強靭な日米関係を維持しつつ、日米中の安定を目指し、成熟したプレーヤーとして世界的な役割を果たして行くべきである。
インドネシアにおけるイスラム過激派の台頭
インドネシアのバリ島でテロ事件があり、バリでの反イスラム感情が沸騰している。バンバ・ユドヨノ調整相は、これは軍が相当強い姿勢を示してテロに対して戦わなければインドネシアは完全に世界から相手にされなくなると、悲壮なコメントを発表している。2002年10月27日にメキシコで行われたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)でメガワティ大統領は、インドネシアのテロへの取り組みの決意を、ブッシュ大統領と全世界に向けて表明した。
インドネシアにアルカイダがこれほど侵入しているというのは、我々にとって非常に衝撃的である。インドネシアに起こっている政治のイスラム化は、副大統領のハムザ・ハスやアミン・ライスというイスラムの指導者達と連立を組まざるを得ない政権運営の難しさを示している。つまり、イスラムの過激派に対する弾圧がより困難になるということだ。更にアチェのような分離独立運動を誘発してしまうという可能性もあるが、それだけではなく、弾圧が更にテロを呼び込むということで、ポスト・スハルトのインドネシアの改革・開放、特に政治改革、民主化への動きが、頓挫するという危険も一方ではある。
国際NGOで紛争予防を専門に行っているICGというグループのフィールドレポートが、世界中で紛争予防の早期警戒情報として非常に珍重されている。ICGのジャカルタステーションチーフであるシドニー・ジョーンズのレポートには、インドネシアの民主化はこれによって後退していく可能性があり、過剰反応が非常に危ないことを米国は注意しなければならないと書かれている。この指摘には、既に中東における、あるいは中央アジアにおける米国の対テロ戦争の反動で、各国の改革や、部分的には民主化の動きをむしろ抑圧する方に向かっているという背景がある。その典型例が、パキスタンのムシャラフ大統領とアメリカの新たな連係プレーだ。そのような危うい局面を911は生み出しているのである。
米国は、タリバンに戦士を供給してきたマドラサというイスラムの宗教学校が過激派の温床になり、取り締まり、改廃すべきであると主張している。マドラサは、70年代以降の30年間に予想以上に広がっている。特に80年代に入り、アフガニスタンをめぐる米ソの代理戦争で頂点に達した戦いの中で、クーデターにより政権を簒奪したようなジェア・アルハック大統領が、マドラサをこれほどまで増長させたのである。米国は、マドラサの狂信的なイスラム教徒を戦士としてアフガニスタンに送り込んで、ソ連と闘わせる役割を果たしてきたということだ。このような現象を一般にブローバック(blowback)といい、すなわち、敵の敵は味方だというようなことを示している。米国が便宜主義的に手を結んだ相手による反作用が、後でツケとして回ってきているということである。一方、ムシャラフ大統領(パキスタン)、ムバラク大統領(エジプト)、カリモフ大統領(ウズベキスタン)にしても、アカエフ首相(キルギスタン)というような強権政権と手を握りイスラムの過激派に対抗していこうという戦略は、長期的に見ればまた大きなツケを招きかねないのかもしれない。
アジアにおける反テロ活動の意味
アジアにおける地域主義の形成が1980年頃から明らかになり、それが89年のAPECの誕生をきっかけに93年のAPEC首脳会議へと発展している。様々な東アジアの地域主義を助長する枠組みとして、ASEAN(東南アジア諸国連合)+3、更にはFTA(自由貿易協定)も提案されている。ある意味ではアジア太平洋地域の経済自由化と市場開放というロジックで組み立てられた地域主義構想について、私は正しかったと思う。経済というプラスサムゲームにおいて、双方とも得になるような営みを通じて信頼感を増し、政治的にも一体感をつくっていくことが王道だと思われる。実際アジアにおいても、これまで20年間かけて連携を少しずつ強めてきた。しかし、97年に現れたアジアの経済危機の反作用として、それまで十分に見えなかったもう1つのアジアが911によって否応なしに現れてきた。3つの例を挙げよう。
1つは、イスラムのアジアである。APEC誕生当時、イスラムファクターというのは誰も考えていなかった。あるいは、考える必要がなかったのかもしれない。だが、インドネシア、マレーシアなどにおいて、イスラムファクターが80年代後半からかなり出始めていた。90年代に入って、いわゆる世俗的なイスラムの国であるインドネシアで、イスラムカードを切って政治的な影響力を増すなど、相当な政治イスラム化が起こっている。マレーシアでは、マハティール首相がいずれは引退するだろうが、その後のマレーシアについて、私は非常に怖いものを感じる。マハティール首相は、非常に理知的であると同時に、世俗イスラムの典型的な開発独裁型リーダーである。80年代初めから20年かけてマレーシアを統治してきた。97年の経済危機でも、ダメージコントロールをきちんと行ってきた。ポスト・マハティールのマレーシアにおいて、イスラム勢力についてのリスク・アセスメントもしっかり行う必要がある。このようなことも含め、アジアの地域主義、またアジア諸国同士の関係を考える時に、イスラムをどのように位置づけるかという点は、これまでの日本の外交の中で極めて希薄であったが、これからは強く認識されるべきである。
2つ目は、ユーラシアというアジアをほとんど無視してきたことだ。現在、米国は、ウズベキスタン、キルギスタンに基地を置いている。ロシア軍部はそれに対して不快感を示しているが、米国がイスラムの過激派をここで鎮めてくれることを期待している。ロシアは、中国・米国の軍事プレゼンスが長期的に強くなっていくことには反対しているが、当面は一緒にテロと戦うスタンスを持っている。中国語に「借刀殺人」という言葉があるが、これは人の力で敵を殺すことを意味する。すなわち、歓迎はしないが、当面の間はそれを受け入れようという姿勢ではないか。その中でアフガニスタンでの反テロ活動や、アフガニスタンの国づくり、テロ活動の蔓延防止をきちんと行う必要がある。これから2つ目、3つ目のアフガニスタンになりかねないトルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタンなどの中東アジア諸国の平和を維持していく必要がある。
911後、アフガニスタンの国づくりをするといった時に、米国ではいろいろな議論が起こったが、その時に、リチャード・ハース国務省政策企画局長は、我々はミニマリストの立場でそれに臨むと言っている。すなわち、野心的なことを考えず、最小限やらなければならない国づくりに協力するということだ。具体的には、3つの「ノー」である。1つ目は、テロリストを出さない、出させない。2つ目は、難民を出さない、出させない。3つ目は、麻薬を出さない、出させない、である。しかし、今のアフガニスタンの状況を見ると、それすらできるかどうか非常に疑問である。カルザイ大統領は暗殺を恐れてカブールから一歩も外に出られない状況にある。カルザイ大統領を暗殺させないために、米国政府は3,700万ドルの資金を供与した。それによって、カルザイ大統領の24時間の個人セキュリティ体制が整ったのである。
3つ目は、北朝鮮という空白がブラックホール化し始めたという状況だ。その中で拉致の司令塔で独裁的な総責任者本人が口を拭い、「いや、特殊部隊の一部がやったのだ」とトカゲの尻尾切りをして、謝罪までする。1993年の核査察の時以降、北朝鮮の独裁体制は長く維持できないとされてきた。実際、その独裁体制がほとんど維持できないところまできているのではないか。
今、10年くらいのタームで世界情勢を予測すると、北朝鮮が崩壊していくとなった時、大量の難民が流れ出し、それを韓国が全部吸収することは不可能だ。中国は、恐らく難民の多くを追い返すと思う。このルフールマン(refoulement[仏])という行為は人道主義に反することだが、中国の立場からは、やむを得ないことであるかもしれない。実際は、極めて暴力的な過程を辿る可能性が高い。それは北東アジアの安定にとって望ましいことではない。この流れを軟着陸させるべく、94年から枠組み合意やKEDOを中心にこれまでの10年間我々は努力してきたが、この軟着陸が実現できるかどうかが危なくなってきた。そのために日中韓、北東アジア六ヵ国協議、日米韓といった枠組みを強化していくべきであろう。
以上のように、アジアにおける地域主義の形成は依然として大きな挑戦に直面している。戦略的には、このような挑戦に対応して、幾つかの新たな流れが生まれている。例えば、ブッシュ政権は、ロシア、インド、中国の3ヵ国をこれから重視していく立場をとり始めている。これは単にテロというものに対して共同で闘うというだけでない。ユーラシア、特に中央アジアのアナーキー化というものをいかにして防ぐか、その時、ユーラシアの安定勢力になり得る国はどこかということを見極め、それに戦略的に対応していかなければならないことを見極め、それに戦略的に対応していかなければならないことを認めていくゲームに入ってきているということだ。米国は、自らもコミットするという姿勢を示している。その文脈で中国、ロシア、インドの戦略的価値が上がってきたということは確かである。
日朝関係の正常化と米中関係の行方
もう1つは、イスラムの過激派をいかに抑えていくかである。これは、米国一国だけが突出して行うべきではない。アジアも、ASEAN+3というより、むしろ3+ASEANとして、東南アジアも含めた東アジアの安定を図りながら経済開発を進め、それによって過激派を抑制し、それが成功すれば、米国の参加がなくてもアジアでこの問題の解決ができるのではないか、という気運が出始めている。これは、かつて、米国を排除した形での東アジアにおける地域主義に、米国が敵対的になるという情勢に比べれば、大きな変化である。そのような萌芽は、911後、大きくなり始めているように思われる。
米国は日朝国交正常化交渉を、必ずしも全面的に支持していないように思われる。核兵器、生物・化学兵器、ミサイルといった大量破壊兵器輸出国、あるいは脅威国にならない条件の下で、日朝関係が正常化し、それによって北朝鮮が安定することが期待されている。しかし、肝心なことは、日朝関係正常化により、朝鮮半島における米国のプレゼンスや、米韓同盟に影響を及ぼすことのないよう注意しなければならない。最近、韓国の中の反米主義が親中主義に変化しつつある。米国はそれを警戒し、特に、金大中政権に対する不快感も表明している。それは、基本的には、北朝鮮が統合された場合に、統一された朝鮮半島の地政学的な、かつ戦略的な方向性に米国が疑問を抱き始めていることを示唆しているのではないかと思う。ブッシュ政権の政策当局者の話を聴いていると、そういう視点や情念が強く出ている。現在は中国と協力してテロに対する共同戦線を形成しており、ブッシュ政権の「安全保障戦略報告」でも、中国とのコアリション(合從連衡)が打ち出されているが、根本的に中国に対する不信感や警戒感は根強く残っている。それも将来にわたって強まってくる可能性の方が強いと、私は見ている。
次に、日本とアジアの関わりにはどのような課題があるのだろうかということを申し上げたい。
1つは、日本と中国の関係が決定的に重要だということだ。日本の衰退、中国の台頭ということで、ややもすればゼロサムゲーム的に括られがちである。特に、今度の北朝鮮体制の非情さに対する日本国民の怒りが、政府レベルの正常化交渉にかなりブレーキをかけることになると思われる。この点に関連して、中国も体制は共産党一党独裁だということがより意識され、日中のより深い関係強化にブレーキとなる可能性もある。私は、日本との関係はますます難しくなると思う。日中関係はこれからの20~30年に渡って、日本のアイデンティティを規定しかねない重要な関係になるだろうと思う。日中関係の在り方について、二頭立て馬車のような一種の共同リーダーシップというビジョンもあり得るし、それぞれ足りない所を補う相互補完的なイメージもある。更に、それぞれが強くなることによってアジアを逞しく豊かにし、それが結果的にはむしろアジアの地域主義を押し上げていくという可能性も考えられる。無論、その逆の可能性もあり得る。すなわち、日中はライバルになり、国際政治とはそういうものなのだという考え方もあるかもしれない。しかし、それが政治とか安全保障とかにマイナスにならないようにマネージしていけばいいという、よりリアリズムの立場に立った「日中マネージ論」もあると思う。ここで日中敵対論だけは避けたいが、残念ながらその可能性はまったくゼロとは言えない。というのは、台湾あるいは朝鮮半島をめぐる地政学的な葛藤が存在するからだ。日米同盟をめぐり決定的に対立したり、経済で直ちに敵対的な関係になるとは思わないが、しかし経済がそのような矛盾を激化させる背景にはなり得る。米国と中国の関係になくて、日本と中国の関係にある難しい問題は、歴史問題と領土問題の2つである。しかも、歴史と地理は変えられない。これは戦略を考案する時に常に念頭に置かなければいけない事項だ。日本と中国との関係は、この地理と歴史双方に負の遺産を抱え、しかも、中国は体制としてはまだ共産党の一党独裁であるということも、問題を複雑化させる要因になる。
私は、中国と日本は、「強い中国、強い日本」を我々が目指す中で、お互いに大国としての意識を自覚し、グローバルに協力していくべきというリアリズムでとらえている。日本が再生することが、日中双方がより良く提携していく鍵となるだろうし、前提ではないだろうか。日本自身が金融経済を再生し、それによってもう一度日本の魅力を増すのでなければ、一緒にリーダーを執るにしても相手がそれだけの魅力を感じない。人間社会、特に国際政治は、今ある力より、将来、どういうような力が生まれ支配していくか、あるいはどのような生き物がその舞台の主役となるのか - 地政学というのは国を生き物のように扱うが、国も人間同様、展望もしくは予測によって動き、ストラテジック・カリキュラスを作っていく。日本は今のままでは、中国との健全な、よい意味での「競争・協調・協力」関係を形成することはできないのではないか。お互いをどのようにしてうまく活用するかという点において、日本にはまだまだ工夫の余地がある。いつも日本はどこに日本の強さがあるのか、日本の強さは何なのかを今一度クリティカルに点検し、それを発見し再定義することだ。
その次に、アジアという地域を、日本と中国が、どのようにお互いに活用するかである。活用するためには、アジア地域の繁栄を育成しなければいけない。それを育成するのもまた競争である。いかに自国を外に開放し、グローバリゼーションの時代における理念である「所有」より「利用」で、アジアをうまく取り込んで付加価値を生み出していけるかという競争になっていくであろうし、またそうなるべきだと思っている。
日中関係に大きな影響を与える日米関係
最後に、米国との関係が日本にとっては、中国との関係を築く上でも、決定的に重要だということを申し上げたい。日本と米国のより良い強靱な関係が中国にとってもプラスであると中国が思うように、日本も米国との関係をマネージしていくことが、日米中の安定と平和にとって重要なのではないか。
まず、日米同盟の問題がある。中国も、日米同盟は、歓迎はしないけれども受け入れはするという姿勢で70年代から一貫して臨んできている。日米同盟が中国を敵視した場合は、それは中国の国益、安全保障からして認められない。これは当然のことだ。日米同盟関係は地域の安定にとってプラスである、公共財のようなものであれば、それはその限りにおいて容認しようということだ。同時に、米国の一極構造、一国支配的な時代になってくると、米国の同盟国が米国をどのようにモデレーションするか、一国主義に振れないようにすることが非常に重要になってくる。なかなか難しいのだが、しかし、それこそ、同盟の、ある意味での重要な役割である。日本が米国に対して、いかにそのような影響力を与えることができるかを考えるべきである。
次に地域の問題である。米国はどの地域においても、過激主義、過激派、特にイスラム過激派の動きを防ごうとしている。そのために地域の安定を非常に重視する。それは、人権というものを犠牲にしても、より安定に資する体制や国際関係を重視していくという方向になると思われる。その時に、日本が中国とある程度の協調をとりながらアジアの安定に寄与する必要がある。できれば、朝鮮半島の問題について米国のプレゼンスを十分に尊重しながら、日本は成熟したプレーヤーとしてより重要な役割を果たすべきではなかろうか。
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