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経済構造改革と大学教育

東京大学大学院教授 岡崎 哲二

2002年10月

要旨

1990年代初め以来、長期にわたって日本経済の停滞が続いている。高い失業率や低い企業利益率が持続していることは、経済システムのどこかに深刻な問題点が伏在していることを示唆している。すなわち、さまざまな生産要素を適切に組み合わせ、組み合わされた生産要素が効率的に使用されるように人々を動機づけるという、経済システムの基本的な機能が低下していると考えられる。

第二次世界大戦後の歴史を振り返ると、今回の長期停滞が始まるまでの約45年間、日本経済はめざましい発展をとげてきた。戦災と敗戦による混乱のため終戦直後に1920年代初めの水準まで落ち込んだ日本の実質GNPは、数年間で戦前のピークに回復し、以後、20年以上にわたって年率10%前後の驚異的な成長を続けた。更に日本経済は1970年代に2度にわたる石油危機に直面しながらも、比較的スムーズに安定的な成長軌道に移行することに成功した。その間、円為替レートの大幅な上昇の効果もあって、日本の1人あたりGDPはアメリカを超え、日本は経済面で文字どおり世界の最先進国となった。

このような日本経済の高い実績は、国際的に実務家及び研究者の強い関心を呼び、1980年代以降、日本経済に関する理論的・実証的研究が著しく進展した。産業政策に関する研究、メインバンク制・終身雇用制・下請制など、日本の経済システムを構成する特徴的な制度に関する研究がそれである。日本経済の停滞が続く中で、その「成功」に焦点をあてたこれらの研究に対して批判的な見方もある。しかし、1990年代以降の経済停滞は、それまでの40年以上にわたる実績を無にするものではない。今日必要なのは、戦後の日本経済の「成功」と「失敗」を統合的に理解する枠組みを提供することであり、それは上記のような研究蓄積を離れては考えられない。

これらの日本経済研究が示した重要な論点の一つは、戦後日本の経済システムが「暗黙知」を有効に利用してきたということである。製造業においては、「カンバン方式」に象徴されるように、生産現場に生産のコーディネーションを行う権限の多くが委譲されてきた。「カンバン方式」の下では、コーディネーションは組織階層の上位にある管理部門からの指示ではなく、生産工程相互間の水平的な情報交換によって行われ、そのことを通じて現場にある定型化されない知識が生産活動に反映される。

金融システムにおいては、企業のモニタリングの役割は、企業活動の各側面に応じて専門化した組織ではなく、メインバンクと呼ばれる特定の銀行によって統合的に担われてきた。またメインバンクが企業をモニターする場合には、個々の投資プロジェクトをそれぞれ別に観察・評価するよりも、企業の能力を総合的に観察・評価するという方法が採られた。そしてその際に、メインバンクと企業の間の長期的な取引関係の中で蓄積された情報が大きな役割を果たしてきた。更に産業政策に関しても、政府組織の中の特定部局(原局・原課)が特定産業の業界組織と密接な関係を持ち、そこから得られる業界特殊的な情報が政策の立案プロセスに反映された。

このような日本の経済システムの特徴は、人的資本の形成の仕方と補完性がある。暗黙知はほとんど定義によってOJTを通じてのみ得られるものである。そのため、製造業の企業は、ブルーカラー従業員も含めて終身雇用を提供し、長期的な雇用関係を通じて彼等に生産現場に関する知識と技能を蓄積させた。また、そのような従業員を適切に管理するために、経営者も主に長期雇用された従業員の中から選任された。銀行においても終身雇用の従業員に対して幅広い業務に関するOJTが施され、主に彼等から経営者が選ばれた。更に官庁においてもキャリア官僚の昇進にあたって原局・原課での経験が重視された。

このような現場での経験に基づく知識を重視したシステムは、現場に関する詳細な情報を、生産・金融・政策などのさまざまな側面での意思決定に反映させることを通じて日本経済を急速な発展に導いた。しかし反面で、このシステムには弱点もある。環境が緩やかに変化していく場合にはそれにうまく対応していくことができても、経験したことのない新しい状況が生じた場合に、適切な対応をとることができない可能性が高いことである。1980年代の金融自由化によって銀行業の経営環境が大きく変った際に銀行が採った不適切な行動、及び結果として生じた金融危機に対処する際に見られた政府当局の混乱は、上のシステムの弱点を典型的に示している。

経験したことがない状況が生じた時に判断の指針を提供するのは理論、この場合では特に経済に関する理論である。戦後日本の企業と政府を観察すると、その経営・行政と経済学との関係があまりにも希薄であるように思える。企業・政府は入社・入省後にOJTによって獲得される経験的な知識を重視して大学での経済学教育に多くを期待してこなかった。それを知っている学生は大学在学中の勉学にモチベーションを感じてこなかった。大学当局者もまた、適切なカリキュラムを提供することに十分な熱意を感じてこなかった。日本の経済システムが岐路に立っている今日、大学の教育システムについても補完的な構造改革が必要とされている。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 経済構造改革と大学教育 [208 KB]