ワークシェアリングを日本の雇用システムの転換点に
研究員 相澤 洋次郎
2002年7月
要旨
依然、景気の低迷が続く中、失業者数の増加と、高い失業率は続いている。デフレ経済下では企業は材料費や商品価格は下げられても、日本の下方硬直的な賃金は下げにくい。そのため企業は人員削減に踏み切り、失業者を増加させる。それが個人消費を冷やして、デフレスパイラルに拍車をかけている。こうした中、2001年末から政府、日経連、労働組合の3者間で労働時間を短縮するなどして仕事を分かち合うワークシェアリングの導入が議論されてきた。しかし実際にワークシェアリングを導入した企業はまだ少数である。
2002年1月に企業にワークシェアリングに対するアンケート調査をした結果、政労使が旗振り役でワークシェアリングを推進してもそれだけで従うという企業はわずか1割しかなく、実際の導入は非常に難しいことが明らかになった。ワークシェアリングのデメリットや反対理由を聞くと、「業績向上につながらない」、「1人当たりの社会保障費が減らせない」などコスト面での問題を挙げる企業が多い。
多様就業型のワークシェアリングがマクロ経済へ好影響を与える
ワークシェアリングを導入した企業の多くは、緊急避難・雇用維持型のものであり、また政府が行う財政支援も、緊急対応型に対するものである。しかし、緊急避難・雇用維持型のワークシェアリングの場合、本来企業が、機械化やIT化により生産性を上げられるところを、あえて人を多く雇って効率化を放棄することから、企業競争力が失われる。一時的には失業率上昇が止まり、雇用安定による消費拡大の効果がある。しかし国際競争力のない企業や部門が温存され、人材は移動せず、結局マクロ的には、日本の産業競争力の低下や、産業構造の転換、更に新規起業の創出を遅らせることになる。
一方、多様就業型のワークシェアリングは、正社員の勤務の仕方を多様化し、女性や高齢者、現在の失業者をはじめ、より多くの労働者に雇用機会を与えるものである。多様就業型を推進することは、マクロ経済に有益な点が多い。それは、[1]労働市場が流動化して、低成長産業から高成長産業へ労働が移動し、日本の産業構造の転換が促進される。[2]労働義務の時間が短縮されることから、時間消費型の消費支出が増加し、それは日本の産業構造の転換にも影響して、内需型・サービス経済化への移行が進む。[3]労働時間削減は、所得の低下が避けられないが、オランダ型のような夫婦共働きにより世帯所得全体では逆に増える。それは個人消費を増加させ、GDPを高める。[4]雇用制度を変えて就業形態を柔軟にすると、育児をする女性や高齢者でも短時間の労働が可能となり、日本の死蔵資産であった女性や高齢者といった人的資本を有効活用でき、今後の少子高齢化策に大きく貢献する。
多様就業型労働への政策支援を
多様就業型のワークシェアリングを行うことは、すなわち日本型の終身雇用、年功賃金に基づく人事・雇用システムの大幅な見直しである。企業にとってワークシェアリングを導入するには、まず職責を明確化するジョブ・ディスクリプションを行い、同一労働同一賃金に基づいた時間給への賃金再計算、短時間正社員制度、成果主義賃金、外部労働市場で比較できる人事評価、社員のスペシャリスト化、在宅勤務制度等へとつなげる手順が必要である。これらがマクロ的には雇用のミスマッチ解消に結びつく。
しかし社内制度の改革には企業の負担が大きく、ノウハウも必要である。業績向上に直接影響しないと思われている人事制度改革は大手企業でも実施インセンティブが低く、中小企業に「ワークシェアリング・ガイドライン」といった冊子をただ配布するだけではできるはずもない。厚生労働省は緊急対応型ワークシェアリングを導入する企業に対し、3年間で総額197億円の財政支援をする。しかし単なる補助金による支援だけでなく、ノウハウの支援が必要である。労働者の8割が就業している中小企業を中心に、政府が無償で先進的な人事改革コンサルティングを行い、人事制度の改革と人的資本の質の底上げを図ることが必要ではないだろうか。その際、低予算でできるeラーニング・システムでノウハウを広め、中小企業のIT化を同時に進める。このような公的な企業に対する経営支援は、日本の雇用システム全体を変革する点から見れば、相対的に低コストで実現できる。
少子高齢社会に対応できる雇用システムへの転換を
1980年代までの工業社会における長期雇用、年功序列賃金は日本経済に有効に働かなくなり、21世紀の変化が激しく知的付加価値が利益を生む時代には対応できない。柔軟な労働市場の形成と新陳代謝が行いやすい雇用システムの変革は、知識社会への移行に必要な準備である。
ワークシェアリングが成功したオランダでは、低成長と高失業から抜け出すために1982年の政労使によるワッセナー合意により多様就業型ワークシェアリングを導入したが、その間16年かかった。日本でも、個々の企業における人事制度改革や、労働組合の努力だけでは、50年以上続いた日本型雇用慣行を変えることは難しい。政労使合わせて変革コストを減らし、国家戦略として速やかに多様就業型ワークシェアリングに取り組むべきである。
ワークシェアリングはその性質上、大企業も中小企業も問わず、日本の全企業を対象とする。これは日本の雇用システムを一度に転換させるチャンスである。政労使で、正社員とパートの賃金・社会保障の格差是正、配偶者控除等の税制改正、副業許可、年金のポータブル化、職業紹介制度の拡充、保育所の増加など、就業多様化時代に相応しい施策を早急に整備することが重要である。これらの労働政策の大きな転換により、雇用システムの抜本的変革に踏み込むべきである。世界一の少子高齢社会に合った雇用システムをどう作るのか。ワークシェアリングをきっかけに、労働政策を国家の戦略的政策と捉え、少子高齢化や知識・サービス経済化に対応できる労働市場を形成し、ひいては日本人の働き方そのものを改める戦略とすべきである。
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