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東アジアにおける分業構造の変化
- 生産型から消費型に向けて

客員研究員(拓殖大学教) 梶原 弘和

2002年4月

要旨

はじめに

小泉首相は1月9日からASEAN5ヵ国を訪問し、貿易や投資だけでなく幅広い分野での協力を進める「日本・ASEAN包括的経済連携構想」を提案した。また中国、韓国を加えて地域全体の開発を検討する「東アジア開発イニシアティブ」の開催を提案し、各国から好意的な評価を得た。首相の提案は、昨年のAPECにおいて中国がASEANと自由貿易協定を締結するための交渉を開始することを受けて日本もまた東アジアにおける何らかのイニシアティブをとろうとした結果であろう。しかし日本は東アジアの将来展望を日本の現状改革を含めて何ら明確な内容を明らかにしていない。そこで日本及び東アジアが自由貿易協定を推進するに何を重視すべきかを貿易に限定して考えてみたい。

拡大する東アジア貿易

世界平均のGDP成長率は1965~99年平均で3.3%、1人当たりで1.6%であったのに対して同期間の財・サービス輸出は年平均5.9%で成長した。輸出成長率は1989~99年には年平均で6.8%(GDP成長率2.6%)であり、世界貿易は生産を上回って成長したことを示している。東アジア(含む太平洋)では1965~99年のGDP成長率は7.4%、1人当たりでは5.6%、財・サービス輸出成長率は10.1%、1989~99年における輸出成長率は11.9%(GDP成長率6.8%)であった。貿易が生産を牽引するという傾向は東アジアに強く現れ、こうした東アジアの著しい成長成果により貿易の生産に及ぼす貢献度が世界的に評価され、世界経済の自由化、グローバル化の大きな要因となったのである。貿易に牽引された成長は、東アジア(対象とする東アジアは日本、NIES、ASEAN4、中国の10ヵ国・地域である)における貿易関係を拡大してきた。

東アジアの輸出入構造は中間財、資本財の比率がますます高まり、先進国型それに近づいている。先進国の輸出入構造がこうした変化をたどるのは、企業の直接投資活動により生産工程が多国間で共有されるからである。先進国貿易が垂直分業から水平分業、あるいは産業間分業から産業内分業をへて今日では企業内分業という取引が拡大しているのは直接投資による生産拠点間の貿易が拡大しているからである。

世界的に先進国が集中し、産業内水平分業や企業内分業がもっとも進展しているEUの総輸出入の62%(1999年)が域内取引であるのは、こうした事実を反映している。東アジアにおける貿易関係の拡大は、東アジアにおいても同様の変化が生じてきていることを示している。

東アジア合計の域内輸出入依存度は、輸出では1990年47.5%から1995年には51.9%に上昇した後、通貨・為替危機により1998年に45.8%に低下した。この期間に輸出は対米、対EUへの依存を高め、東アジア域内市場は依然として脆弱であるという論調が蔓延した。しかし対米、対EU輸出の拡大は、東アジア域内の生産分業の関係から域内での中間財等の調達拡大をもたらした。したがって1999年の東アジア域内輸出比率は46.7%に回復し、日本貿易振興会による2000年の速報値では49.2%となり、危機前の水準に戻りつつある。また輸入も1995年の51.2%から1998年に47.3%に低下し、1999年に49.2%に回復した。2000年には62.8%に拡大し、域内輸入依存比率としてはこれまで最高の水準に達している。これはIT関連貿易の活況から世界のIT生産基地である東アジア域内取引が急速に拡大した結果である。このように東アジアの貿易依存は短期的には欧米への依存が高まるとしても、長期的な傾向は域内への依存を高める方向で進展し、今後もこの傾向に変化はないといえる。なぜならば東アジアにおける貿易関係は今後も更に拡大し、生産は分業なくしてなりたたないからである。また産業の発展も分業を基本的に必要とするからにほかならない。

危機を挟んだ1995~99年に東アジアの輸出合計は500億ドル弱増加し、既に97年の経済危機による輸出停滞を脱するとともに、危機回復に輸出が貢献したという事実を示している。また2時点間の東アジア輸出の仕向地は1995年の東アジア域内52.1%、アメリカ21.1%、EU・その他26.8%から1999年には東アジア域内50.1%、アメリカ21.7%、EU・その他28.2%となった。今回の危機において東アジアは欧米への輸出増加により危機を脱したという認識が一般的であるが、この数値を見る限り大きく欧米に依存したとは言いにくい。確かに危機当初は欧米の輸出に活路を見いだしたが、その後東アジア域内の需要が域内貿易を拡大させ、域内貿易依存はわずか2%ポイント程度の減少であったのである。

中間財と最終財の貿易関係

更に東アジアの貿易を中間財(含む一次産品素材)と最終財(含む一次産品加工品)に分けて考えると、輸出は1995年には中間財5,100億ドル、最終財5,200億ドルから1999年には中間財5,300億ドル、最終財5,600億ドルとなった。中間財の仕向地は東アジア域内が56.5%から53.8%に減少する一方、アメリカは19.9%から19.9%と変化なく、域内の減少はEU・その他地域(23.6%から26.3%)への輸出増加によって補填された。域内の貿易は既にかなり回復しており、2時点間でも60億ドルの減少にすぎない。しかもこの減少はすべて日本に関係している。2時点の中間財貿易が減少しているのは日本・NIES(日本からNIESへの輸出を示す、以下同様)、日本・ASEAN、NIES・日本、ASEAN・日本のみであり他の域内取引はすべて増加しているのである。NIES、ASEANの日本への輸出はかなり回復しているのに対して、日本のNIES、ASEANへの輸出は100~150億ドルの減少となっている。この要因は1980年代中期以降に東アジアに展開された日系企業の生産拠点からの調達が増加し、日本から直接輸出する額が減少しているからに違いない。

最終財も2時点間に東アジアの総輸出は増加し、増加額は中間財の150億ドルに対して最終財は350億ドルであった。最終財の仕向地の2時点間の比率は東アジア域内が39.1%から33.7%、アメリカは25.7%から29.0%、EU・その他が35.2%から37.3%であった。

危機後に東アジア域内経済が停滞し、他方でアメリカ、EU経済が好調だったこと、及び最終財は中間財に比べて域外需要への依存が高いことから、域外需要に牽引されて最終財の輸出が大きく増加したと考えられる。中間財は域内、最終財は域外に依存するという東アジアの貿易構造のゆえに、危機後にまず最終財輸出が増加し、東アジアの最終財輸出が次に域内から中間財需要を増加させたのである。ゆえに危機から完全に脱するには東アジア域内の最終財需要の回復が待たれるのである。

CRMの本質は、顧客の視点に立つことで長期的な成功をおさめることである。囲い込みの視点で考えるとかえって顧客にひいきにしてもらえない可能性がある。必要なのは「脱囲い込み」の発想である。顧客に何かを強制して、その結果として逃げられないようにすること=囲い込みは、顧客満足とは相容れない。

中間財と最終財の域内取引

1995年と1999年の東アジア域内取引総額は、中間財総額は1995年の2,888.4億ドルから1999年に2,829.1億ドルとほぼ危機前の水準に達し、最終財総額は2,049.1億ドルから1,883.2億ドルに減少している。中間財は生産関係により取引され、直接投資に伴い域内関係の拡大から中間財取引はこの地域の中心的な貿易財となってきた。また中間財の域内市場シェア規模に比較して最終財のそれは低いが、しかし東アジア域内の最終財需要は長期的には拡大してきた。家計の最終消費支出成長率は世界平均では1980~90年の3.4%、1990~99年が2.6%であったのに対して東アジア(含む太平洋地域)は同期間に6.9%と6.5%であった。欧米への依存は危機による短期的な増加はあるが域内要因から長期的には相対的に減少しているのである。もちろん最終財の域内取引に関しては以下のような問題点を指摘することができる。

東アジアは生産を重視した政策体系により製造業の生産及び輸出を増加させ、これにより高成長を追求してきた。最終財の輸入は生産に関係する商品に限り優先的に輸入を認める一方、内外資本を動員して輸入から国内生産に転換できるように奨励してきた。また時には特定国からの輸入を禁止することさえしてきた。例えばマレーシアやインドネシアで展開されてきた国民車構想では、特定国内企業及び提携企業を優遇したことから、他の先進国企業はWTO違反とみなした。しかし保護による産業育成は日本や韓国でも内容に違いがあるが行ってきたものである。

こうした工業化政策により東アジアは急速な工業化、製造業品輸出増加を達成し、成長してきたのである。ゆえに東アジア域内では中間財取引が増加する一方で最終財は次第に域内取引が増加したとはいえ中間財のそれに及ばなかったのである。しかし自由化による世界市場のグローバル化に伴い、今後こうした政策をとることが難しくなる。東アジアの潜在的な需要規模、成長可能性は高く、自由貿易協定などの自由化措置の導入により中間財だけでなく最終財の域内取引が増加する方向への模索が求められている。

おわりに

先進国間貿易が中間財だけでなく最終財でも多様に展開してきたのは、所得水準が同規模であるとともに需要構造が同質的であったからである。先進国間では機能が同じでも同種の最終財(例えば乗用車、高級衣服)が輸出入される。しかし所得水準が異なる国の間でこうした状況は生じにくい。しかし東アジアでもNIESの成長に伴う所得増加は、NIESの需要構造を先進国化させ、ゆえにNIESでは海外旅行の増加や日本製高級耐久消費財が購買されるようになった。例えば既に韓国、台湾では旅行収支が1990年代から赤字(支払い超過)であり、日本製の大型テレビ、乗用車が購入され、若者には東京のファションが流行している。こうした変化はASEANや中国の都市部の消費者にも現れており、今後は中間財とともに最終財でも東アジアでの取引を拡大させるに違いない。

これまでも東アジアでは自由化政策が導入されたが、それは生産・輸出に資する内容を有し、例えば関税構造が最終財保護的な構造であったり、最終財の輸入制限を行っていたのである。小泉首相の提案は、東アジアの域内需要に依存した貿易関係の拡大に資するような方向で進められることが望ましく、その場合に日本も最終財需要の市場開放を推進しなければならないだろう。

最後に、東アジアが今後も発展するための基本的な考えは域内における相互関係の拡大にある。そのためにはここで議論した貿易だけでなく、まさに小泉首相が提案したような幅広い分野での域内協力を進めなければならない。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 東アジアにおける分業構造の変化  - 生産型から消費型に向けて [89.8 KB]