特別講演:ITバブルの崩壊とテロ事件発生後の米国経済(講演要旨)
SONECON代表(前米国商務省次官) ロバート・J・シャピロ
2002年1月
要旨
テロ事件以前の米国は、サービス業が好調な一方製造業が不調、住宅投資が強く個人消費も堅調なのに対し設備投資が落ち込み、長期金利の上昇に対し短期金利がほぼ半分に落ち込むなど、一方が強くて一方が弱いといった経済であった。在庫調整は進んだが、製造業の低迷は依然長引いていた。実質消費が今年初めの前年比4%から2 - 2.5%へと下降する等消費は下降傾向にあったが、金利の大幅な引下げが抵当融資の借り換えや個人消費の押し上げを促した。また時間当たり賃金は7%上昇し収益を圧迫、失業率は8月に約5%まで上昇したが、第3四半期になり総労働時間は3%ダウンした。
IT産業は経済を牽引する一方でスライドダウンもさせたが、次の3つの要因がITバブルに影響したと思われる。
(1) 1996年の通信の規制緩和に伴い、200以上の新しい電気通信事業者が光ファイバー網のインフラ整備に何十億ドルもの投資をしたこと
(2) インターネットの爆発的増加により、新規事業としてのIT関連の数千ものB2B・B2C企業が出現したこと
(3) Y2K対策のためにIT・通信機器の購入が著しく増加したこと
充分な利益を生み出す程大きな市場と考えられていなかったテレコムやウェブ・カンパニーに多額の資本が投資されたが、IT産業の中核にはわずかに影響を与えたにすぎなかった。しかし、IT製品の需要が落ち込むにつれ、伝統的な過剰生産・過剰在庫のサイクルに巻き込まれていった。90年代は設備投資ブームで中でもIT投資が突出していたが、現在では下降傾向にあり、こうした製造業の景気後退は経済全体に広がっていった。
テロ事件後、消費者や企業の不安が大きなマイナス要因となってきた。経済が弱っている中での逆風のショックが落ち込みに拍車をかけ、米国は一時的な不況に陥った。回復は9 - 14ヵ月後になり、また世界経済も景気後退に入っていくと思われる。米国経済を回復に導く潜在的要因としては、財政刺激政策と消費の回復、対ユーロ・ドル安等があげられる
過去に米国経済に影響を与えた要因を見ていくと、5つのショックが指摘できる。
1.テクノロジー・ショック
コンピュータやデータ蓄積・伝送、ソフトウェア等の革新的成功が、全ての産業のあらゆる経済的側面に適応されていくにつれ、経済も変化していった。米国は柔軟性を持つことでこれらのテクノロジー・ショックから、そのコスト以上の利益をあげることができた。自由な資本や労働市場は、その中で次々とビジネス形態や組織変化を生み出し、米国はインターネットや多くのITハードウェア、ソフトウェアを独占していった。なぜ米国でIT産業が育ったかというと、障壁が一番少なかったからだと考えられる。今年前半8ヵ月での米国におけるベンチャー・キャピタルの資金は日本の180倍である。若くて新しい企業は技術的にも組織的にも改革が進み、他の経済主体に対しても競争力のプレッシャーを与え、より効率的で革新的な企業を次々と設立していった。
2.財政政策ショック
米国政府は長期にわたって苦しんでいた財政赤字から抜け出し、黒字に転換した。この結果、設備投資や住宅・自動車等の、高額商品に対する個人消費に対する金利が下がり、インフレへの懸念が遠のき、それによって高額個人消費や設備投資ブームが持続した。特に重要なのは、この設備投資ブームは経済循環をもたらし、多額の投資を受けたIT産業は生産力を増加させ、更にインフレを後退させて更なる設備投資と企業収益の増大をもたらした。状況に即した経済政策を実行する政策システムの存在が、現代のマーケット・エコノミーには必要条件である。それは、(1)世界経済に対して開かれ、国内企業は外国企業との競争圧力を受けること、(2)内在する経済シグナルに対して反応し、企業は規制緩和に取り組むこと、(3)国内の政策シグナルに対し開かれ、政党システムと行政は選挙での公約に応えること、である。
3.生産性ショック
1970年から1995年まで、米国の企業収益は年平均1.5%と低迷していたが、1995年以降現在まで、年平均2.5% - 3%と上昇している。このような収益の上昇にIT投資はなぜ25年もかかったのだろう。IT技術が多額の利益を生み出すには、まず普及することが第一である。日米のハードウェアとソフトウェアの購入を比較してみると、米国が3対1であるのに対し日本は7対1である。最近の調査で購入量が企業の生産性に影響を及ぼすのでなく、良い技術を効率的に使い、権限と責任ラインの組織改革を行い、再教育や雇用・解雇の問題等、変化に対して素早く取り組む企業体制が重要であることが分かってきた。技術と改革の密接な関係の中で生産性は上昇していった。
4.金融ショック
生産と収益の拡大、インフレ率が低い中での安定した金利水準、そしてIT関連機器・サービスへの爆発的需要は、次々に新しい資本やビジネス設立の市場を開拓していった。やがて投機や原油価格の高騰、過剰在庫が発生し経済を行き詰まらせると、株式のバブルは弾け米国経済は弱体化していった。
5.テロリスト・ショック
テロの影響は消費意欲やビジネスに対するコンフィデンスを下げたほか、航空・ホテル・保険業が打撃を受けることにより、米国経済は一時的景気後退を余儀なくされた。しかしその一方で、国全体の団結心や決意が新たに生まれた。
経済の回復力とは、最終的にいかに国民経済や政策システムが、技術、組織、政策変換に対して開かれているかに依存する。米国と同様に日本は膨大な人的資源、技術、資本を持っている。問題はいかに企業や政府がビジネスと経済を解放し、柔軟に国内外市場のシフトやショックそして変化を受容しうるかにかかっている。
コメント、質問への回答
講演のあと、当社根津常務理事のコメント及びフロアーからの質問に対し、シャピロ氏より以下のような興味深い指摘がなされた。
第1に最近注目を集めているブロードバンドについては、現時点では決め手になる使い道(killer application)がはっきりしないため、その急速な普及を現時点で期待することはできない。米国でも1年ほど前まではブロードバンドの将来性にかけて多くのドットコム企業が参入したが、最近のITバブルの崩壊の過程で殆どが消滅した。
更に今後の景気後退局面での生産性の動向であるが、米国の場合労働市場の柔軟性が高まり、人々が転職や起業することについてより前向きに考えるようになっており、衰退産業から成長の見込まれる新規産業に引き続き移動が続くであろう。IT技術者についてはバブル崩壊後も需要が高い。ITによる生産性へのポジティブな効果を長期的に維持するためには、労働者の意識改革が重要である。(なおその後公表されたデータでは米国の第3四半期の生産性(民間非農業部門)は年率2.7%と引き続き高い上昇を維持している。)
最後に情報技術の持つプライバシーの保護やテロリズム対策などへの意味合いについては、今後米国社会ではセキュリティへの関心が高まることは間違いない。ウイルスやハッカーなどの犯罪が最近も増え続けている。インターネットやIT技術がテロリストに悪用される恐れは十分にあるのでそれへの対策は緊急に取らねばならない。その結果個人のプライバシーや通信の秘密等についても見直しされることになろう。
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