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囲い込みはCRMではない

客員研究員(早稲田大学教授)根来 龍之

2002年1月

要旨

CRMは、「囲い込みのための経営手法」だと言われる。しかし、「囲い込み」という発想自身がCRMの本質と相容れない。CRMが顧客の視点に立脚する経営のことならば、囲い込みは、企業のエゴの追求であり、顧客の利益と一致する保証がないからである。

CRMとは何か

CRMとは、「顧客情報の一元管理と共有を基礎にして、望ましい顧客関係を創り出し、それを維持する活動」である。CRMのための情報システムは、引合・受注・クレーム・要望などの情報を、「顧客」をキーに有機的に結合し、一元的に管理する。そして、営業・企画・サービス・ロジスティクス・開発など顧客に関わる部門すべてが、その情報を共有する。CRMの目的は、顧客との結びつきを深め、「継続的に顧客満足を向上してゆく」ことである。

「囲い込み」という言葉の本質

囲い込みという言葉は、英語ではenclosureのことであり、その原義は産業革命期の英国において「公有地を買収して私有地にして、それを塀で囲んで牧羊地とする」意味であった。すなわち、「塀をつくって所有権を示すと同時に、中の羊が逃げられないようにする」ことだったのである。顧客は羊ではない。もし、「囲い込み」を図る企業が「顧客が逃げられないようする」ことを目指しているならば、顧客を大事にしているとはいえない。顧客が羊のように扱われたいと思っているはずがないからである。

最近では、「顧客をロックインする」という言葉を使う人もいる。しかし、これは「囲いこみ」以上に顧客を愚弄する言葉である。なぜなら、ロックインとは「鍵をかける」ことであり、「顧客をロックインする」とは「鍵をかけて閉じ込める」ことを意味するからである。あなたが顧客であるとして、閉じ込められたいと思うであろうか?

実は、CRMの文献がしばしば使う「顧客ロイヤリティ」という言葉も問題がある。ロイヤリティとは、「忠誠、忠義」という意味の言葉である。「顧客ロイヤリティ」は、顧客が自社に忠誠を誓うことを意味する。もし、CRMが顧客ロイヤリティを創り出すための活動ならば、それは「自社製品に、顧客が自分のお金と時間と熱意を惜しみなくささげるように仕向ける」活動だということになる。しかし、顧客からみれば、企業の発展は自分が気がむいたときに助けてやりたいと思うことはあっても、「仕向けられる」ようなものではないはずである。

CRMは、顧客との関係を深化させるための活動である。しかし、それは「囲い込み」や「顧客ロイヤリティ」をめざす活動であってはならないのである。

顧客発展図式

顧客との結びつきを深めることは、ビジネスの長期的な成果をもたらす。この顧客関係の深化には3つのステージ(顧客発展図式)がある。まずターゲットとなる顧客、すなわち「見込み客」に自社の製品やサービスをアピールする段階。次に、見込み客に自社の製品やサービスを購入してもらう段階。購入によって、見込み客は「顧客」に変化する。次に求められるのが、繰り返し自社の製品やサービスを購入してくれる「ひいき客」を創り出す取り組みである。企業は、見込み客を増やすだけでなく、見込み客を顧客に変え、更に顧客をひいき客に発展させる必要がある。

「見込み客」は、「儲けさせてくれるかもしれない潜在客」であり、「顧客」になってはじめて儲けにつながる。しかし、顧客になってもらうまでのプロモーションコストなどを考えると、一度しか買ってくれない顧客は「あまり儲からない顧客」である。「儲かる顧客」とは、何度も買ってくれる「ひいき客」である。

問題は、ひいき客を「囲い込」もうとする企業心理が顧客利益と矛盾することがあることだ。囲い込みの視点から顧客関係の深化を捉えると、見込み客に対しては「注意を引きつける」、顧客に対しては「買わせるように仕向ける」、そしてひいき客に対しては「逃げられないようにする」という考え方になる。しかし、顧客発展図式を顧客の視点で考えてみるべきだ。見込み客は商品を「買うかもしれない」と考え、顧客は「買ってもよい」と思い、そしてひいき客は「また買ってもよい」と考える顧客である。

CRMの本質は、顧客の視点に立つことで長期的な成功をおさめることである。囲い込みの視点で考えるとかえって顧客にひいきにしてもらえない可能性がある。必要なのは「脱囲い込み」の発想である。顧客に何かを強制して、その結果として逃げられないようにすること=囲い込みは、顧客満足とは相容れない。

顧客満足がすべての出発点である

長期的な成功をめざす企業が追求するものは、顧客の満足である。顧客満足をすべての出発点にするのがCRMの基本前提なのである。

顧客満足の視点で顧客発展図式を考えると、見込み客にはまず「興味を持ってもらい」、顧客には「買って満足してもらい」、ひいき客には「また買って満足してもらう」ことが必要である。顧客は満足できないときには、自社から逃げる自由がある。そして、その自由を認めなければ顧客の視点に立っていることにならない。

スイッチングコストを課してはならない

CRMには3つの着眼がある。収益性の高い顧客を選別して継続的な取引に結びつけ、顧客の生涯を通じて自社製品を使ってもらい、その結果、顧客内でのシェア(個客シェア)を高めLTV(顧客生涯価値)を高めるという考え方である。この着眼そのものは、利潤を目的の1つとする企業活動として、批判されるべきものではない。問題は、「継続的な取引」を追求するあまり、「顧客が自社から逃げる自由」を束縛しようとする発想が入り込む可能性である。

継続的な取引をしてもらうために、企業が継続取引による便益を提供することはよくある。これには問題がない。しかし、他社製品に乗り換えると損をする、すなわちスイッチングコストを課して無理に取引を継続させるのは反則である。

スイッチングコストがあると、顧客は選択を間違えたと思っても選択し直すことが難しくなる。したがって、スイッチングコストが高い場合の合理的な企業行動は、「とにかく購入させてしまうことで関係をスタートさせてしまう」ことである。顧客に十分な比較情報を提供しないで、とにかく買わせてしまえばスイッチングコストが「塀」や「鍵」となって、顧客は自社との取引を継続せざるをえなくなる。こうして、スイッチングコストを課すことは、情報提供に消極的な「不透明な」企業行動に結びつく。

しかし、顧客にとって望ましい購買行動とは、「その時点時点で正確で必要十分な情報に基づいて最も自分にふさわしい製品 / サービスを過去の選択に縛られずに購買する」ことだと考えられる。スイッチングコストに悩まされずに製品を再選択できること、これが望ましい姿である。そして、結果として継続取引を行う時には「継続すると得られるメリット」を顧客は享受したい。

したがって、顧客視点にたった企業行動(理想的顧客関係のための企業行動)は、「顧客に製品(再)選択のために必要十分な情報を提供し」、「製品を乗り換えた時にムダになる投資をさせず」、結果として継続的な取引をしてもらえた時には「継続すると得られるメリットを提供する」ことである。

理想的顧客関係

理想的顧客関係は「透明性」、「継続便益」、「スイッチングコスト」の3つの軸で表現することができる(図参照)。透明性とは、顧客が自社製品と他社製品を機能比較したり、価格比較したりするために情報を公開することである。継続便益は継続による割引、購買履歴に基づくワンツーワンでのサービスや製品の提供、おなじく購買履歴に基づく更新需要や関連需要の質や効率の向上をさす。スイッチングコストは、最初の購入費用などの初期投資(埋没費用)、使いこなすための教育投資といったコスト以外に、心理的な負担(提供者に対する義理の感覚)も含まれる。また、アウトソーシングにおけるプロセス依存(ブラックボックス化によって依存せざるをえなくなること)もこれに含めてよいだろう。

顧客選別は、翻れば顧客による企業選別である。役にたたない製品は選択されないのが当然であり、その選択を妨げてはならない。顧客に自社製品を選んでもらい、スイッチングコストなしに、それを継続してもらうためには、自社に不利な情報も公開した上で自社の魅力を評価してもらって自社を選んでもらえばよい。自社に都合のよい情報だけを提供するのは企業視点のプロモーションであって、企業選別に応えるための透明性の追求とはいえない。個別の顧客ニーズに対応した十分な比較情報を公開するのが理想である。究極的には、コストも公開してコストに見合う付加価値を顧客に認めてもらって購買してもらうのが更に望まれる姿だ。

松井証券やミスミにみる理想の姿

松井証券の松井社長は、「わが社は囲い込みを目指さないし、それは不可能だと思っている」と語っている。松井社長が考える競争力とは、簡単に他社に移動できる顧客が何度自由に選び直しても自社に戻ってくる力を自社が持つことである。松井社長にとって、インターネットとは「移動自由な世界」であり、そこでは囲い込みの論理は通用しない。

ミスミの田口社長は、「当社は顧客のための購買代理店であって供給者のための販売代理店ではない」と語る。そして、購買者の立場に立つとは、ミスミの付加価値が購買者が負担するコストに見合うようにすることであり、それができていれば、ミスミが供給者から購入する仕入れ価格を公開しても、何の問題にもならない、それどころか顧客の納得感はより高まるとしている。

松井証券はスイッチングコストを否定する理想を実現しており、ミスミは徹底した透明性を実現していると言えよう。そして、両者が成功企業であることを考えれば、筆者が主張する「理想の顧客関係」が利益の追求と必ずしも矛盾するものではないことが理解してもらえよう。

理想ポジションとしてのオープンパートナー

顧客から見た理想のポジションは、透明性と継続便益が最大のポジション、すなわち図の「自律的パートナー(オープンパートナー)」である。これに対して、囲い込みの視点から見た顧客関係は、スイッチングコスト最大のポジションであり、例えば図の「囚人型パートナー(クローズドパートナー)」がこれに当たる。

筆者は、あらゆる企業がオープンパートナーの顧客関係の実現をめざすべきだと主張するものであるが、当然ながら業界の技術的特性やチャネル構造などの要因によって企業がとりえるポジションは実際には制約される。例えば、生命保険では業界全体として製品そのものがスイッチングコストが高い(他社への転換は損である)設計になっており、家電販売ではポイントサービス以上の継続便益はなかなか提供できない。

しかし、顧客の望む方向はオープンパートナーシップであり、企業は技術的ブレークスルーや取引制度の工夫によって、その方向に歩みよっていくべきである。

コンピュータ業界の歴史を見ると、この歩みよりの軌跡を確認できる。汎用コンピュータ時代には、ホストコンピュータを最初に買ってもらうことや長期リースしてもらうことが企業の営業活動であった。スイッチングコストの高い世界で各社が競争していたのである。しかし、オープンシステム時代になるとホストを購入してもらったことが関連消費(端末やソフト)も自社で買ってもらえることを意味しなくなった。スイッチングコストが下がったのである。更にASP時代に入って、初期費用が劇的に低下し比例費中心の価格体系になった。顧客がシステムを再選択しやすい環境ができつつあるのだ。

オープンパートナーシップ戦略

オープンパートナーへの移行をめざす戦略=オープンパートナーシップ戦略は、「囚人型パートナー」をとる先発企業に対して後発企業が競争を挑む際に、特に有効となろう。しかし、先発企業にとっても長期的な顧客満足を得るにはオープンパートナーへの移行が必要である。

インターネット時代の技術のトレンドは、透明性を強制し、スイッチングコストを低める方向に向かっていると思われる。オープンパートナーシップ戦略への転換は、いずれにしても避けられないと筆者は考える。そして、オープンパートナーの世界は、欠点はあっても何かもっとも優れた部分がある会社、すなわちセグメントNo.1の会社だけが生き残れる世界だろう。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 囲い込みはCRMではない [134 KB]