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悪化する都市財政と地方分権の課題

深刻化する都市財政の現状

構造改革の一環として、財政構造改革が重要な政策課題の一つとしてこのところ注目されている。しかし、財政危機を抱えているのは国だけではない。日本の地方財政も、現在深刻な財政危機に直面している。日本経済新聞の調査した「地方都市財政年報99年」によると、人口40万人以上の都市では神戸市・熊本市・広島市・福岡市などにおいて、公債費負担比率が20%以上を突破している。総務省(旧自治省)の基準では、この公債費負担比率(一般歳出にしめる公債の元利合計)が、15%を超えると警戒ライン、20%を超えると危機ラインとしている。

神戸市をはじめとして、公債費負担比率が20%を超えている多くの地方都市では、経常収支比率も大幅に上昇している。経常収支比率が85%を超えると、毎年借金に依存しないと、財政運営ができないといわれているが、上に見た多くの自治体ではこの比率が90%近くに達していいる。神戸市にいたっては、震災という事情があったにせよ、100%を超えている。

数字で見る限り、相当深刻な事実が浮かび上がってくるにもかかわらず、日本の地方自治体の財政が破綻したという話はあまり聞いたことがない。この点は、地方政府の破産が話題になるアメリカと大きく異なる。アメリカの場合、よく話題になるのは、1994年に破産したオレンジ郡である。有能だった当時の助役が投資に失敗したことが直接の原因であった。アメリカの地方政府に対する破産法の適用は、実際には自治体の行政活動を行うための資産を保護することが目的である。債権者が破産した自治体の財産を差し押さえると、行政活動に支障をきたすために、それを未然にふせぐための法律である。最近でも、ニューヨーク・ナッソー郡で、財政危機をめぐって郡議会でのやり取り・州政府の支援策などが全米での関心を集めている。ナッソー郡の場合は、まだ破産したわけではないが、比較的裕福とされていた自治体だけに、財政破綻の要因そのものが謎めいていることも注目を集める背景になっている。

地方自治体の破産を認めない日本の制度

このように、1980年から91年まででもアメリカにおいては69の自治体の破産の例が記録されている。地方自治体と言えども、放漫財政を行っていれば、民間経営と同じく破産があるということになる。日本の場合、どうして自治体あるいは都市財政の破産という事例を聞かないのであろうか。それは、日本の場合地方自治体の破産を制度として認めていないからである。その代わり、自治体が財政困難に陥った場合、「地方財政再建特別措置法」による財政再建の申請ができる制度がある。この法律は、1955年にできた法律である。当時、九州の炭鉱地域を中心に多くの地方自治体が財政困難に陥ったのを救済する目的でできたものである。この法律は、1955年度のみ有効であったが、条項中に1955年度以降も、財政が苦境におちいった自治体についても財政再建の申請ができるとの規定がある。その規定を準用するところから「準用再建団体」と呼んでいる。1955年当時と違って、再建団体に対する国からの特別の支援はない。

1975年以降、準用再建団体の指定を受けた地方自治体の数は16団体となっている。これらの自治体は既に再建計画にそって財政再建を果たしている。現在は、福岡県赤池町の1団体が指定を受けて財政再建に取り組んでいる。日本の場合、財政が破綻し、自治体の力では再建が困難になったという事実を世間に公表するという意味において、この準用再建団体に指定されることが、自治体の破産と解されることが多い。ひところ、この赤池町が日本で唯一の再建団体として世間の大きな注目を浴びたものである。筆者も2年ほど前に赤池町を訪れてその実態にふれたことがある。準用再建団体になると、再建計画書を国・県に提出し、毎年計画書どおり予算が執行されているか厳しくチェックされることになる。事実上、町議会等の機能は停止することになる。赤池町のケースでも、水道料金・体育施設などの公共料金が10数パーセント値上げされたほか、福祉関係の補助金も大幅に削減されることになった。財政赤字解消の過程で、直接大きな影響を受けるのは、地域住民である。

自治体財政の現状を隠蔽する地方交付税制度

では、この赤池町だけが日本で唯一財政破綻に瀕している自治体なのであろうか。この点は、最初に述べたように赤池町以上に深刻な財政事情をかかえている自治体が数多く存在するというのが偽らざる日本の実態と言っていいだろう。実際に、これら自治体が準用再建団体として表面化してこないのには理由がある。それは、準用再建団体として国や県の管理にまかせるか、あるいはあくまでも自主再建の道を選ぶかの選択が、自治体にゆだねられているからである。したがって、現実には赤池町よりも財政の実態が悪化していても、あくまでも自主再建の道を選択した自治体はそれほど世間の注目を浴びることがない。ここ数年、赤池町のみがマスコミなどに批判的に喧伝されることが多いように思われるが、他の自治体のように問題先送りではなく、現実を直視しウミをだしきる決意をしたという意味では、むしろ評価すべき存在であると言っても過言ではない。

地方都市あるいは地方自治体の財政危機が表面化してこないもう一つの理由は、自治体の借金の面倒を国がみているからである。地方交付税制度によって、自治体の借金の元利分の支払いが行われているのである。具体的には、地方交付税特別会計の赤字額が最近急激に膨らんでいる。本来、地方自治体が赤字になった場合、投資的経費については地方債の発行による借金が認められている。しかし、経常的経費については、借金による穴埋めが認められていないのである。このため、国が地方交付税の形で面倒をみるという方法がとられている。地方交付税特別会計が国の財政投融資から借りて、その金を地方自治体に交付するという方法がとられている。

歴史的にみると、この方法は1984年に一度中止されている。ところが、資金運用部(財政投融資)の金がだぶついたため、再び復活したという経緯がある。地方交付税特別会計の累積赤字額は、1995年度以降急増しており、2000年度では、38兆円を記録している。これまでは、この特別会計の赤字は財政投融資からの借り入れでまかなわれてきたが、2000年度は財政投融資ではまかないきれず、38兆円のうち8兆円は民間金融機関からの借り入れに依存する状況になっている。地方交付税制度そのものに関して、いくつかの問題点が既に指摘されている。国と地方の財政の関係で言えば、地方交付税制度が自治体のモラルハザードを助長していることが大きな問題点であろう。なぜなら、借金の元利負担分が国の交付税で穴埋めされるということが、地方の首長に自らの借金であるという意識を希薄にしてしまう効果をもたらしているからである。現在、重要なことは財政赤字の歯止めのためのシステムである。残念ながら、日本の場合既存のシステムが財政赤字を膨張させる役割を果たしていることになっている。

自らのおかれている深刻な現実を直視するところから、本当の意味での地方での行財政の改革もスタートすることになる。2000年4月から施行されている「地方分権一括法」についても、地方交付税制度をふくめ財源問題にほとんど手がつけられなかったことが一つの大きな批判点となった。筆者も既にこの欄で、「自治体の抜本的改革のためにはNPM(ニューパブリックマネジメント)の導入が有用であるが、そのためには自治体の歳入の自治が重要な前提になる」の指摘を行った。三割自治という歳入の権限が大幅に制限されている状況においては、およそ民間的な経営理念の導入はおぼつかないからである。

地方分権に欠かせない住民参加

現在の自治体の厳しい財政赤字を克服するにあたっては、従来のような単純に歳出を見直すという手法では限界があると考えられる。1980年代、先進諸国で実施された抜本的な改革が、日本においても必要な時期にきている。交付税制度など歳入面での改革にやや長期的パースペクティブが必要との前提にたつと、現在考えられる改革はいわゆる上からの改革ではなく、地域住民主導の改革が重要である。地方都市の財政悪化に見られるように、直接それによって大きな影響をこうむるのは地域住民自身だからである。彼らが無関心でいられるはずはないのである。

その意味で指摘しておきたい点は、今回の地方分権の推進が、必ずしも地域住民の後押しで行われたわけではない、という事実である。地方分権委員会の委員をつとめた西尾勝教授によると、今回の地方分権推進の旗振り役は地方六団体と財界であったとされている。この点が、今回の地方分権が明治維新・戦後の民主改革と並んで第三の改革と位置づけられたにもかかわらず、いまひとつ盛り上がりをみせなかった大きな背景となっていると言っていいだろう。

筆者は、本来の地方分権は、地域住民を巻き込む形で行われて、はじめて実効性を発揮できると考える。地方の自主財源の問題ももとよりその重要性を否定するものではないが、今回の地方分権一括法の改革のなかで「住民参加の拡大」についてなんらの進展がみられなかったことは残念な点であった。

最近、日本においてもNPO・地域住民による政策形成への参加意識は盛り上がりをみせていると考えられる。各地で出されている公共投資についての住民投票の動きもその一つのあらわれである。そうした地域住民の意向を反映するシステムそのものが、現在の日本においては欠如しているのである。少し時間はかかるが、本当の意味の地方分権は、地域住民のバックアップがあってはじめて成果をおさめることが可能になると言っていいだろう。

NPMについても、必ずしもアングロサクソン的な抜本的な改革がすべてではない。日本においてこれを根づかせるためには、日本の制度を無視したやり方は得策とは言いがたい。日本型NPMによる改革といった視点が今後重視されることになると思われる。最近、住民を顧客とみたてた行政運営を行うことが、NPMのなかでも新しい戦略経営として注目され始めている。顧客を重視し、住民ニーズを反映するといった観点からも、今後の日本における住民参加のあり方が重要な意味をもつことになるだろう。

全文はPDFファイルをご参照ください。

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