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経済閉塞感脱却の鍵

富士通総研顧問 (東京大学教授) 西村 清彦

2001年7月

要旨

20世紀後半、先進国経済へのキャッチアップを越えて新しい創造的な日本経済発展の象徴となったのは、やがてトヨタシステムと呼ばれることになった新しい生産管理のシステムであった。このトヨタシステムがどのように形成されていったか、そしてその神髄は何か、を考えることは、1990年の暗転後10年を越える大停滞の後も出口を見つけることができず、閉塞状況にある日本経済をみるときに貴重な示唆を与える。

通俗的な広く流布した見方ではトヨタシステムの神髄は製造プロセスのムダをいかに省くか、ということである。特に「在庫」という形で生じるムダが一番目につき易い。多品種生産が主流になるにつれて単能工による生産組織のムダも明らかになり多能工化への流れとなる。しかし、こうした通俗的見解には、モノを造る「ヒト」の観点が致命的に欠落している。実はトヨタシステムの真髄は「問題を顕在化させること」であり、当事者に「問題に直面させること」なのである。

在庫をなくせば、問題が生じるとラインはすぐ止まり、問題の所在が明らかになる。それによって絶え間ない「改善」を引き出し、品質と生産性の向上を、作業者の自己到達感と同時に達成する。「作業者の自己到達感の成就」こそが、トヨタシステムが単なる生産管理システムを越えている点である。これによってはじめてトヨタシステムは常に未完の企業理念に転化して、成長の原動力に転化することが可能になったのである。

この点は、実は企業システムにあてはまるだけではない。現在の日本経済の閉塞は残念ながらこの人間の観点が決定的に欠落していることにある。問題に直面することを避け続け、経営者を含めて働く者の自己到達感を無視した経営、政策が行われて来た10年間は、まさにこのトヨタシステムとは対極にあったと言わざるを得ない。我々は問題に直面してこそ、真の「改善」を考えることができるのである。

「バブル」経済の時期、トヨタシステムの俗流理解に代表される「日本的経営」礼賛の中で、上述したトヨタシステムの「危機を作り出しながら改善していく」人間的性格への理解は宙に消えて、単なる長期的な雇用・取引関係の「利点」のみが強調されることになった。トヨタシステムは確かに長期的な関係があってこそはじめて効果を発揮する。しかし緊張の無い長期的関係は単なるなれ合いに終わる。「バブル」の崩壊後の調整からみると、貿易を通じる競争にさらされていない産業での日本企業の「長期的関係」は、組合と経営者、企業と企業の単なるなれ合い、問題先送りでしかなかったと言わざるを得ない

「バブル」経済は、経済政策においても大きな歪みを生じた。日本の経済成長が都市部を中心とする成長であったことは言うまでもない。そのために都市と地方の「格差」が大きな問題となり、政府施策の軸足が次第に地方対策へと移っていた。そこに都市を中心とする「バブル」経済が始まり政府の税収はのび、「格差」を縮小する十分な財源と国民的な合意が形成されたと考えて良いだろう。こうしていわゆる「ふるさと・・・」と言ったたぐいの施策が始まる。こうした施策の特徴は、地方交付税を用いた様々な措置を通じて財源を実質的に中央がほとんど負担することである。本来地方政府と中央政府との間には健全な緊張関係が無ければならないが、「ふるさと・・・」以後は中央政府主導のなれ合いの「長期的関係」が形成されることになる。「バブル」崩壊によってこうした施策のもととなる財源が急速に枯渇したのにもかかわらず、長期的関係のなれ合いの中で「問題先送り」され、こうした施策が続けられた。しかも長期停滞の中で、景気対策という名目での大衆迎合的利益誘導というポピュリズムの最もよく望ましくない政策として続いている。

現在世界経済の逆風の中で、日本経済の危機的状況は更に進んでいる。事実上のゼロ金利政策の長期化と効率性に明らかに反する財政支出の継続から、政府信任問題が次第に表面化しつつある。その行く末は望ましくない金利上昇であり、国債を大量に保有する金融機関バランスシートの崩壊である。銀行の保有株式についてその救済措置が現在大きな問題となっているが、この将来の金利上昇による巨額のキャピタルロスの救済が必要となるかもしれない点を考慮した議論が現在きちんとなされているのか、はなはだ心許ない。

今必要なのは、危機を直視することであり、それを関係者共通の理解にすることである。トヨタシステムの「人間的性格」が示唆することは、この中ではじめて「改善」が 生まれ、それを通じて「自己到達感の成就」が可能になる。

まず、過去の施策の結果として国富が大きく減少したことを認める必要がある(本来国富とは、現在及び将来の国民が享受できる将来の消費効用の割引現在価値である)。正確な国富は特に政府、特殊法人等の公会計の不備から測ることはきわめて難しいが、民間部門のストック状況も勘案すれば国富の減少は否定できないだろう。つまり、我々は我々がそう信じている(あるいは信じ込まされている)ようには豊かではない。したがって余裕が無い、というところから今後の経営、施策を考えなければならないし、これを共通の理解としなければならない。

次に、現在の日本経済停滞は、現在の消費、そしてより重要なのは将来消費の期待が冷え込んでいることである。特に将来消費の期待は、現在の投資を呼び起こすという点で重要である。現在の投資の落ち込みは、銀行の貸し渋りというよりも、将来消費の期待が現在消費の落ち込みと同様に冷え切っていることにあると考える方が実態に近いだろう。景気回復を需要増加で目指す財政主導の「ケインズ政策」が有効性を失ったとされる現在逆説的に聞こえるが、消費需要そしてその期待が、日本経済の反転の鍵を握っている。

「構造改革」は概して供給側の要因、競争原理の導入によって生産性を向上させ、新規産業を創出、と言った面でとらえられるが、現在の消費需要そして現在の投資需要を決める将来の消費需要期待が同時に高まらない限り、単に供給過剰を生み出すだけに終わる危険がある。したがって需要面への正の影響をもたらす改革が緊急の課題であろう。特に年金、財政改革へのコミットメントを明確にすることによる政府信認の回復が大前提である。日本の消費停滞の背後には、社会保障に関する政府信任の低さとそれに付随する「二重の貯蓄」(個人貯蓄と社会保障)の問題がある。消費性向を考えれば高年齢高所得低消費層に給付拠出比がきわめて有利であるのに対し、若年齢層にそれが著しく不利になっている現実はきわめて問題であると言わざるを得ない。

トヨタシステムは、戦後日本が米国に比べて圧倒的に不利な状況から当時の「常識」をいわば逆転させ、新しい「常識」を作り出した。長期経済停滞の時に「構造改革」を断行するというのは、同じように「常識」に反し、1929年米国大不況を招来した轍を踏むように見えるかもしれない。トヨタシステムは、空想の産物ではなく、「現地現物主義」に根付いたシステムであった。同じように、「構造改革」に基づく「逆ケインズ政策」も、現在消費需要そして将来消費需要期待が経済発展の基礎となっていることに立脚し、政策の動的な順序を慎重に考えた政策であれば、それが新しい「常識」を作ることになるだろう。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 経済閉塞感脱却の鍵 [108 KB]