電子商取引が市場に与えるインパクト
主任研究員 田邉 敏憲
2001年4月
要旨
IT社会の本質
IT時代の本質を一言でいえば、「改めて信用、信頼が重視される時代」と考える。
ITの象徴、インターネットを介すれば、世界中の全く見知らぬ人との取引が可能となる。こうした時、自分(社)が物、サービスの買い手であれば、果たしてその商品の品質は大丈夫だろうかと心配になる。特に最近大きく進みつつあるオープン調達の場合、標準品や規格品の品質は判断しやすいが、特殊品はなかなか判断が難しい。自動車産業界に発達しつつある2種類のグローバル部品調達ネットワークをみてみよう。例えばトヨタを中心とする単体、かつクローズド型ネットワークTDCnetのメリットは、従来からの取引で系列下請け部品メーカーとの間に築いている、品質等に関する強い信用・信頼が維持できることである。一方、ビッグスリーが中心となって作ったオープン型ネットワークCovisintは、汎用市販部品を使うトラック組立て型の米国自動車産業の特性にマッチしたものである。両者の差は、個別部品の品質に対し求められる信用度の差ともいえる。
他方、自分(社)が物・サービスの売り手の場合、対価の支払いが確実かということへの信頼・信用が重要となる。現金すなわちキャッシュによって支払いを受ける場合は、同時履行のため問題はない。しかしながら最終的な決済までに時間を要するとか、あるいは金融機関や企業間信用の立替え払い機能に依存する場合、信用の度合いが電子商取引市場の拡大を大きく左右することになる。
ネットビジネスにおいて最も重要な要素として「ブランド」の確立が挙げられるが、ブランドとは何かといえば、こうした「品質」あるいは支払いを含めた「確実な取引成立」に関する信用・信頼そのものでもあると理解できる。
マーケットプレイスの機能
現にインターネット取引により「中抜き」となるリスクに直面している商社などは、鋼材等の電子取引所を相次いで立ちあげている。こうしたマーケットプレイスの本質は何かというと、安心して生産者、購入者が電子商取引を行えるという信用・信頼の場の提供である。これら新しい仲介業(ニューミドルマン)は、まさに信用をコア・コンピタンスとする事業で、従来の商社金融そのものだ。
こうした動きは、「ネット社会では情報の非対称性が解消するのか」という命題への回答でもある。多くの見方は、ネット社会になっても情報の非対称性は解消しない、むしろ、IT革新による発信コストの低下によって、意図的に自分にとって都合のよい情報や「嘘」の情報を発信することが容易となり、社会的に負荷をもたらすことになる可能性がある、とする。この問題は、「信用できる情報仲介業」の存在があれば軽減されることになる。商社等の各種電子取引所の機能はまさにそれに該当する。
エスクローサービス発展の兆し
同じく第三者が双方の信用を仲介するビジネスが脚光を浴びつつある。それが、従来から金融機関が果してきた、貿易を促進する役割のエスクロー(escrow)サービスである。例えば、日本の造船会社が北欧の船主に船舶を引き渡す際には、造船会社の取引金融機関のロンドン支店に船主からの預託金が確認され次第、エンジンキーが渡され、日本の造船所から旅立つ。実は、ネット取引市場の拡大とともに、代金と商品の受け渡しを第三者が仲介する「エスクローサービス」ビジネスに様々な事業会社が乗り出している。この現象も、ITネット社会のキーワードは改めて「信用」と考えると、理解しやすい。
ヤマト運輸が始めた「宅急便エスクローサービス」は物流と決済を組み合わせる手法で、ドライバーが商品を届けた際に集金する。手数料は1万円未満であれば300円といった具合に設定されるが、この手数料が高いか安いかは、金融機能のなかでも一番難しいと解される資金回収サービスに伴う対価との位置付けで判断される。
またインターネットを利用したオークションを手掛けるヤフーや楽天も、詐欺事件やわいせつ物などの売買を未然に防ぐという狙いもあって、エスクローサービスを提供しつつある。ヤフーの「デジタルチェック」、楽天の「アイ・エスクロー・ジャパン」利用がそうである。更に楽天では、エスクローに加え、損保会社と共同で開発した、「商品が届かなかった場合、最高10万円の損害補償制度」も導入する。この信用を補完する保険ビジネスもまさに金融機能の一部である。こういう形で、ITと金融の融合に伴う信用関連ビジネスチャンスが広がっている。
ITと金融機能
ITと金融のありようを考えると、両者とも数字で表し処理する技術という同質性がある。加えて、「信用」をキーワードに据えると、IT(=デジタル)と金融の親和性がよりはっきりみえてくる。そもそも金融制度は信用制度とも呼ばれるように、金融と信用・信頼は不即不離の概念なのである。
ネットビジネスへの課金の難しさがしばしば指摘されるが、信用の提供・補完という金融機能の対価としての手数料は当然視されるであろう。各種電子取引所とか、エスクローサービスといった形での信用提供に対して課金できるものと捉えれば、参入すべきネットビジネスの分野がクリアーになる。非金融業サイドから金融機能へ参入する際の一つのヒントになるだろう。
一方、伝統的な金融業では今、IT時代に向けてどの金融機能(例えば、融資先信用力のモニタリング結果のデータベース化)にフォーカスするかが課題となっている。あるいは公的事業を含め各種事業のキャッシュフロー把握を踏まえた、IT利用による証券化商品の開発・提供など、いわゆる金融商品製造業たる投資銀行業務の強化も急務となっている。
こうした課題に対して、金融イノベーション競争が起こった時にはじめて、80年代の勝者、90年代の敗者と評される日本の金融業がIT活用で再びダイナミズムを取り戻すことになるであろう。
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