知識創発社会とe-Learning
研究員 相澤 洋次郎
2001年4月
要旨
日本のIT国家戦略である「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」(IT基本法)が、2001年1月6 日に施行された。政策を立案したIT戦略会議には富士通総研の福井理事長が参加し、「知識創発社会の実現」をキーワードに人材育成策を立案した。本会議では、知識創発社会のためには人材育成が不可欠としており、特に独創性豊かな人材育成の重要性を指摘した。今後、人や企業の独創性が国の競争力を決める時代においては、e-Learning(遠隔教育)による人材育成に大きな可能性があると考えられる。
独創性を涵養する一手段としてのe-Learning
日本の学校教育の欠点の一つは、子供の得意な能力を徹底的に伸ばす教育ができなかったことである。これまでは、生徒がある科目についてより高度な教育を受けたいと思っても、そのような機会や施設はなく、他の生徒が平均に追い付くまで足踏みして立ち止まるしかなかった。しかしe-Learningは個別に指導を受けることができる。現在、インターネットを利用した学習実験が日本各地で行われているが、多くの学校では未だにホームページ作成や提携校との自己紹介程度にしか活用できておらず、課題解決型授業やディベートといった使い方までには至っていない。また、教師自身が放課後や休日を使って教育用のコンテンツ作りを行っている。しかし彼らにはそのようなことをする時間はなく、現場はコンピュータに振り回された恰好になっている。
政府のミレニアムプロジェクトでは「各普通教室にコンピュータ2 台+プロジェクター」という体制が目標とされている。しかし、プロジェクターで全員が同じ内容を画一的に教わるのでは、今までの教育方法と何も変わらない。受動的な授業ではなく、生徒1 人1 人が自ら欲する知識を探求するものでなければならない。利用者が能動的に利用するというのがインターネットの特徴である。
ITは知識や教養を習得する方法に、グーテンベルクの印刷術以来の大変革を起こす可能性がある。出版物による情報の伝達がローマ宗教の権威を失墜させて市民文化が発達したように、先生という権威はなくなり、生徒が自らの意志で知識ネットワークの海に漕ぎ出すことができるようになる。
そのような環境を実現するためには、生徒が自ら主体的に学習することのできるe-Learningのシステムを作ることが不可欠である。それは、学校の教師だけが指導を行なうのではなく、世界中から選ばれた数学、科学、音楽、美術などの世界一流の専門家が、インターネットなどを使って直接生徒を指導することができるシステムである。生徒全員が同じプロジェクターの画面を見て学習するのでなく、個々の生徒に対しOne to Oneの指導を行い、個人の独自性や突出した能力を伸ばす教育を可能にするものである。そのためには、システムの開発と合わせて、飛び級制度はもちろん、異才、天才を育成するための各種の制度を整備しておく必要がある。
このe-Learningはドロップアウトした生徒や不登校の子供にも有効に対応できる。家庭内教育(ホーム・スクーリング)、病院内学習、在外日本人の子供、在日外国人も利用可能となる。日本版チャーター・スクールの実現も視野に入れ、独創性涵養の教育プログラムと同時に教育基本コンテンツを構築することが、日本でのe-Learningを成功させるロードマップになると考えられる。
e-Learningの大学へのインパクト
e-Learningは、小学校などの初等中等教育だけでなく、大学などの高等教育にも大きなインパクトを与える。米国の大学では既に遠隔教育が普及し始めており、2 年制、4 年制大学の3 分の1 が何らかの遠隔教育コースを持っており、4 年制公立大学では78%に上る。日本でも、大学の遠隔教育による単位取得が認められる方向になっている。
>e-Learningは1 人1 人の学生に応じたきめこまかな教育を行うことができるのと同時に、1 人の優秀な教師が、何万、何十万の生徒を同時に教えることも可能である。既に日本のある大手予備校は10年以上も前から、有名講師が自社の衛星受信システムで、全国の予備校生に同時に授業を行っている。米国では有名大学のe-Learningの普及により、他の大学の教授の職がなくなるといった問題も出ている。
将来、少数の最も教育に適した指導者のみが教育を行う可能性もある。大学は知の提供者としてネットワーク化し、世界各地に分校を増やし、最新の高度な知識というサービスを世界中に輸出するようになるかもしれない。米国の大学の単位が日本で認められるようになれば、多くの日本の賢明な学生(社会人を含む)は米国の質の高い授業を選択するだろう。その時日本の大学は知の提供者の役割として明らかに遅れをとる。日本の大学に、「教育の質」という真の意味での競争が起こるよう、大学改革の一策として、海外大学の遠隔教育を日本に普及させ、日本の大学を世界に通用する教育機関に変えるべきであろう。
IT戦略会議の提案を待つまでもなく、人材育成は21世紀における日本の大きな課題である。知識やイノベーションが次代の国の経済の成長エンジンとなる中、キャッチアップ型工業社会の20世紀とは別のタイプの教育を知識経済・社会は求めている。日本にユニークで独創性豊かな人材を多数輩出させる手段として、e-Learningは一つの突破口にできるだろう。
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