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著作権法は禁酒法と同じ運命をたどるか?

富士通総研 研究顧問 (慶応義塾大学教授)林 紘一郎

2001年1月

要旨

音楽をインターネットで配信する行為をめぐって、著作権法という既存の制度を盾に「違法コピー」の蔓延を心配する意見と、仲間うちでの情報財のやりとりは「私的使用」で自由なはずだという意見とが対立している。Real NetworksのCEOであるロブ・グレーザーは、この争いを1920年代の「禁酒法」になぞらえている。つまり認可を受けた正規のバーの数が少なく、酒を飲むのに苦労しなければならないとすれば、手軽な密売屋から酒を買う人が増えるのは当然で、著作権者の保護にのみ重点をおく著作権法は、やがて禁酒法と同じく廃れるに違いない。違法状態を是正するには取り締まりを強加するのではなく、望みの品が容易に手に入るようにしなければならないという訳である。この説は果たして正しいのだろうか。

1.情報財の権利保護

問題の本質は、「情報財」という触って確かめることのできない財貨が、取引のかなりの部分を占める「情報化社会」が到来したことにある。

近代法の基本原理とされる「所有権の絶対性」「契約自由の原則」「過失責任の原則」などは、工業(産業)社会を前提にしたもので、その後の社会の変化につれて微調整されてきたが、「モノ」を中心とする法体系の根幹は、ほとんど変化していない。

つまり我々は、有形財と無形財(情報財)とが共に取引される社会に既に入っているのに、後者を扱うに足る十分な法制度を持っていない、ということになる。そしてそれには、十分な理由がある。「モノ」の場合には、権利者がそれを持ち、他人の使用を排除することが可能で、法的にはこの状態を「占有」と呼ぶ。そして「占有」を前提に、権利者の絶対的排他権を認めたものが「所有権」であり、これを第三者を含む社会一般に担保する仕組みが、登記や登録などの対抗要件である。

ところが「情報財」は、本人でさえ触って確認することができない実体のないものだから、ましてや他人の使用を排除することはきわめて難しい。また誰かに「情報財」を引き渡したつもりでも、私の手元には同じものが残っている。つまり法的には「占有」の移転が起こらないのである。

しかも事態をより複雑にしているのが、ディジタル技術である。アナログの時代には、情報財を複製するには相当なコストがかかり、しかも劣化は避けられなかった。ところがディジタル時代になると、オリジナルとコピーは全く変らなくなり、無限のコピーがあっという間に世界を駆け回ることになってしまった。これを防止するための「すかし技術」も開発されているが、「すかし破り」も平行して進むから、両者はイタチごっこを繰り返すことになる。

しかも事態をより複雑にしているのが、ディジタル技術である。アナログの時代には、情報財を複製するには相当なコストがかかり、しかも劣化は避けられなかった。ところがディジタル時代になると、オリジナルとコピーは全く変らなくなり、無限のコピーがあっという間に世界を駆け回ることになってしまった。これを防止するための「すかし技術」も開発されているが、「すかし破り」も平行して進むから、両者はイタチごっこを繰り返すことになる。

2.権利保護の歴史

著作権の源流とも言うべき「出版特許」は、15世紀のイタリアに始まり、16世紀以降ヨーロッパ諸国に広まったとされる。国王が印刷業者に独占的出版権を付与したのが始まりである。

しかし、やがてブルジョア革命によって、市民が新しく政治の表舞台に登場すると、著作権に関する考え方は180度の転換をみせる。ここでは自立した個人が本来的に持つ「自然権」と、それを憲法上の権利として確定した「基本的人権」が最大限に尊重されることになった。「思想・信条の自由」「言論・出版の自由」は、その重要な一部であり、かくして著作権も「自然権」の側面から論じられ、「精神的所有権」と見なされることが多くなった。

しかし産業革命を経て工業が発展し、先進国では産業社会と呼ばれる時代が到来すると、若干違った見方が有力になった。ゆとりが生じた人々には、文化を発展させるには著作者に何らかのインセンティブを与えることが必要であるとする「インセンティブ論」が、フィットするように思われたからである。現行の著作権条約などは、ほぼこの時代の産物であり、片方で経済自由主義に依拠する「所有権の絶対性」を掲げ、他方で「文化的側面」を重視する制度となっている。

しかしディジタル時代の到来は、このような牧歌的秩序を根こそぎ転換する勢いをもっている。なぜなら、かつてはマス・メディアに固有の機能だと思われていた「情報の大量の流通」がインターネットのおかげで個人にも可能となったからである。

3.dマークの提唱 - 大胆な私論

そこで私は、ウエッブ上で発表する著作物については、現行著作権法をべースとしながらも、全く新しい発想を採り入れるべきだと考え、以下の4項目からなる「ディジタル創作権」という大胆な私案を提案中である。(詳細は、次のウエッブ・サイトを参照してください。http://www.glocom.ac.jp/users/hayashi/papers.html)

(1) 「ディジタル創作権」には、一身専属的な「ディジタル創作者人格権」と、「ディジタル創作物財産権」の両者を含むが、両者を法技術上可能な限り「分離」(アンバンドル)する。

(2) 「ディジタル創作者人格権」には、「氏名表示権」と「同一性保持権」の両支分権を含む。前者は放棄できないが、後者は改変条件を明示することにより、実質的に放棄することができる。

(3) 「ディジタル創作物財産権」は、著作権法上認められていると同一の、あらゆる支分権を含むが、権利の保護期間は公表後15年までの、5年刻みとする。具体的には、公表後直ちに財産権を放棄するもの、5年間の権利を主張するもの、10年間のもの、15年間のもの、の4種類とする。

(4) 「ディジタル創作権」は、d-0, April 1, 2000, Version 1.0, Koichiro HAYASHIのように表示する。ここで d-0 は「本稿はディジタル創作権を主張するものであること、財産権の存続期間はゼロ年、すなわち公表と同時に放棄し、パブリック・ドメインに属するものである」ことを示している。April 1, 2000, Version 1.0, Koichiro HAYASHI はそれぞれ、2000年4月1日に公表されたこと、1.0版であること、創作者の氏名を表わしている。なお、前述の改変条件を付す場合は、d-0*のように*を付し契約条件を明示する。

私の「ディジタル創作権」案は、「権利」や「文化」という側面を無視するわけではないが、「利用」や「産業」という要素をもっと取り入れるべきだ、と主張するものである。この観点から、私の案に私自身が命名を許されるなら、「インセンティブ論」に代る次のパラダイムとして、「情報の円滑な流通論」と名付けてみたい。

4.「禁酒法」にならないために

私論を提起した背景には、グレーザーと同じように「著作権法が禁酒法に終ってしまうのではないか」との危機感がある。とりわけ違法行為に憤りを感じた権利者側が、現行法の強化を志向すればするほど、密売が増えて対決は尖鋭にならざるを得ない。 ここで根本的な問題は、次の諸点ではなかろうか。

(1) 「情報財」に権利を付与することそのものが擬制である、ということに多くの人が気付いていない。

(2) 権利期間を長くする方が、権利者の利得は高まると信じているようだが、それは必ずしも証明されていない。権利期間が短くても集中的に利用してもらった方が、全体としての利得は高まることがある。

(3) アメリカでは著作者人格権を明示的に認めていないが、今後は財産権よりも人格権の方が大切ではないのか。なぜなら人格権さえ守っておけば、人気が高まることによって、種々のメディアから利得を得ることができるからである。

ここで(1)については、1、2で触れたので、(2)及び(3)について若干敷衍しておこう。まず我々はドッグ・イヤーとかマウス・イヤーと呼ばれる「スピードの経済」の中で生きていることに留意しなければならない。このような状況では権利は早く生かし早く代替させるようにしないと、技術進歩を遅らせることになりかねない。著作権ではなく特許権のケースだが、「ワン・クリック・モデル」という自社特許にこだわった、アマゾン・コムのベゾス会長が社会から指弾され、「特許期間は数年程度が良い」と弁明したことが象徴的である。

加えてディジタル・マルチメディアの環境の下では、一つの出力フォーマットを著作権で守ることに腐心するより、若干の違法コピーには目をつぶり、そこで得たポピュラリティを利用して他のメディアで稼ぐことを工夫した方が賢い。私自身の例で言えば、本を出版して儲かったことはあまりないが、それを契機に講演会に呼ばれれば、後者の利益率はかなりなものになる。つまりワン・ソース・マルチ・ユースの発想でいくべきである。そのためには違法コピーを財産的損失のみにして、できるだけ少額におさえ、著作者人格権とりわけ氏名表示権を強加することが必要ではなかろうか。

これらの配慮をすれば、著作権は禁酒法の運命をたどらず、なお生き延びるだろう。なにしろ100年余の歴史を持ち、映画・ラジオ・テレビ・コピー機・コンピュータ・VTRなど、限りない複製技術の進展にもかかわらず、生き延びたし、また現在これに代る新しい法制度は考えられていないのだから。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 著作権法は禁酒法と同じ運命をたどるか? [113 KB]