中台WTO加盟のアセアン経済へのインパクト
上級研究員 金 堅敏
2001年1月
要旨
今年に入って東アジアには不均衡な経済成長の様態を呈している。かつてのような雁行型成長パターンが崩れたことで東アジア地域の所得格差が拡大し、新たな「南北問題」(北東アジアが成長し、東南アジアが停滞する)が生まれるのでは、と懸念される。アセアン関係国の政治不安や不良債権等の経済構造問題が、このような回復格差を生じさせる重要なファクターになっているに違いない。しかし、グローバリゼーションの進展やIT革命で国際化された国内の経済不振を、国内ファクターだけで説明することはできない。中でも発展段階や産業構造の類似する中国の台頭が、アセアン経済に大きなインパクトを与えたことは通貨危機後数多く議論されている。
この中国が今度は台湾と共にWTO加盟を決断した。中台のWTO同時加盟で、これまで自然発生的であった中国経済圏(Chinese Economic Area, CEA)が、中国、香港、台湾を含んだ統一市場形成へと大きく前進する可能性がある。加えて、中国がWTO加盟を実現するために約束した大幅な貿易・投資自由化はCEAを、魅力的な投資市場に変身させるであろう。WTO加盟を契機にして、CEAがある程度自己完結的な経済成長地域となり、アセアン諸国経済(ASEAN Economic Area, AEA)にとって、外国直接投資(FDI)の誘致や輸出競争力の面において強力な競争相手になると考えられる。実際、WTO加盟を控え、市場開放や構造改革等への期待からアジア新興市場向けの欧米投資(証券投資と直接投資)が、東南アジア市場向けの資金を中国・香港市場にシフトさせる動きが出てきている。AEAは何らかの対策を打たなければグローバル競争の中で取残され、「負け組」となりかねない。
中国の台頭に始まったCEAとAEAとの競合関係
1980年代後半から90年代初期にかけてアセアン地域はアジア途上国への外国投資の50%以上を受け入れ、FDIの投資地域としていち早く浮上した。しかも、アセアン地域への投資の大部分は多国籍企業がリードする日米欧資本であったのとは対照的に、中国への投資は香港、台湾などの華人資本が多かった。FDIに伴って流入する技術、経営ノウハウ、情報等は遥かに日欧米資本のほうが優れると考えられる。このような技術や経営ノウハウをうまく吸収していけば、アセアン地域は東アジア「雁行形態」工業化の波に乗じて中国よりも雁行形態の前列に位置づけられるはずだった。
しかし、1990年代初期の中国の台頭により、対アジア直接投資FDIの最大の受入先は80年代に優位に立っていたアセアンから中国経済圏に移った。外資の大量流入と外資技術をうまく吸収した中国経済圏の対外経済パフォーマンスはアセアン経済圏のそれに勝った。日本輸入市場のシェアにおいては90年代を通じてCEAが8.18%増えたのに対して、AEAは1.54%の微増に止まった。EU市場におけるCEAとAEAのプレゼンスの変化(CEAは0.6%増えたのに対して、AEAは0.1%しか増えなかった)も日本市場と酷似している。米国市場では、CEA、AEAの競争にメキシコが加わったことでCEAとAEAともに苦闘している構図が見えるが、AEAが大きく後退しているのに対して、CEAは現状維持か緩やかな低下に止まる。
AEAへの中台WTO加盟の影響
技術導入、安定的な長期資金流入、輸出産業の育成の観点からFDIはアセアンにとって欠かせない存在であり、外資の中国経済圏への更なるシフトはアセアンの今後の経済運営にとって大きな懸念材料になろう。
まず、アセアン4のR&D/GDPの比率が際立って小さいことは、経済成長に必要な技術が外国のFDIに依存しているだけでなく、FDIに体化された技術を吸収する基礎にも欠いていると考えられる。次に、アセアン諸国の証券市場は細切れで未整備であり(インドネシア、タイ、フィリピンの3株式市場の時価総額を合計しても中国移動一社の時価総額に届かないほどである)、外資には魅力がない。更に、輸出主導経済成長路線を反映して東アジア諸国経済の輸出依存度は、軒並み高い水準に達している。このような対外依存構造を作り出したのは外資系企業であり、これはアセアン諸国に共通するものでもある。したがって、これからも長期にわたってFDIに依存するアセアン経済の体質は変わらないだろう。
中台WTO同時加盟で中国経済圏はより魅力的な投資市場となるであろう。AEA経済への中台WTO加盟の最大の影響はまさにFDIの方向転換であると言えよう。
アセアンの政策対策
中国経済圏CEAとの競争に立ち向かい、地域経済の効率性の実現や魅力的な投資地域の形成を図るために、アセアン諸国の今後の経済運営に関して、筆者は、(1)もっぱら関税削減に焦点を当てたアセアン自由貿易地域計画を非関税障壁撤廃やサービス分野の自由化に重点を移し、(2)拘束力のある調整・紛争解決メカニズムを構築すること、(3)自由化への懸念を払拭するアセアン地域産業調整ファンドを設立すること、等で効果的な市場統一を図ること、(4)ニューエコノミー型の外資誘致政策を策定すべき、(5)人材育成、外資企業と地場企業を融合するシステムの構築等を図り、技術吸収力を高める政策を取る、ことを提言したい。
全文はPDFファイルをご参照ください。
PDF 中台WTO加盟のアセアン経済へのインパクト [95.8 KB]
