IT革新とマクロ的経済効果
主任研究員 峰滝 和典
2000年10月
要旨
IT(情報技術)革新が日本経済の新しい原動力として期待されている。企業のIT投資は1996年に増加に転じた後、日本経済が深刻な景気後退に陥った98年にも増勢が加速し2000年には民間設備投資に占めるシェアが2割を超える水準に達すると予想される。個人消費の分野でも、パソコンや携帯電話などIT関連がリード役になっている。
さてITが需要面で景気を下支えしていることは明らかだが、ITが技術進歩を促し経済の長期トレンドを上向かせる程の効果があるか否かについては意見の分かれるところである。今回のレポートでは日本におけるIT革新のマクロ面の経済効果を概観し今後の方向を展望したい。
日本のIT革新の効果 : 今年の「経済白書」の視点
今年の「経済白書」では「新技術と日本経済」の節でITの経済効果の分析が詳しく論じられている。日本ではIT革新と生産性に関する議論は盛んであるが精緻な実証分析は米国に比べるとまだ少ない。今年の「経済白書」はこのテーマに関する必読文献の一つである。
生産性に関する定量分析によると設備の情報化による生産性押上げ効果は1996-1999年で0.7%程度と推定されており、この期間の労働生産性の伸びが2%程度であるので設備の情報化の寄与率は3割を超えることになる。ちなみに80年代では設備の情報化は生産性に対してほとんど影響していない結果となっている。90年代後半以降日本においてもIT革新が生産性の上昇と結びついたことが一応伺える。
今年の「経済白書」は新しい知識の蓄積に着目している。IT関連財を産み出し最近の景気の改善に寄与している産業、例えば電気機械や精密機械等において、特に知識が成長に大きく寄与していることが述べられている。1980年代に米国で活発に研究された新しい「経済成長理論」の中では、知識の役割が重視されている。技術進歩の源泉として知識の蓄積が位置付けられているのである。技術進歩率が高まれば経済の長期トレンドにもプラスに作用する。しかし、IT関連分野で知識の果たす役割が大きいという結論はIT分野の技術進歩を示唆するものの、それだけでは経済の長期トレンドが上向くとは限らない。IT関連財を産み出している産業だけでなく、ITのユーザ・サイドの産業まで技術進歩率の高まりが見られなければ、経済が持続的な成長パスに乗ったとは言えないだろう。
結局のところ「経済白書」では現状IT革新が生産性に寄与していることが実証されてはいるが、その持続性については明らかにされていない。
米国のIT革新の評価について : カギは「持続性」
IT先進国の米国では、IT革新の経済効果はどのように生じているのか。
米国商務省は「Digital Economy 2000」を発表し、「米国の生産性の向上に大きく貢献した」としてIT革新を高く評価した。米国でもITの生産性上昇効果を短期的な現象に過ぎないという見解も根強くある。それに対して「Digital Economy 2000」は、過去の景気拡大局面と比較して今回の景気拡大局面で大きな変化が起きていることを示した。第1に景気拡大の長さである。今回の米国の景気拡大は2000年2月に107ヵ月となり最長記録を更新した。第2に過去の経験では景気拡大局面も終盤になると、生産性の伸び率・実質GDP成長率・実質民間設備投資の伸び率等が急速に低下している。今回の景気拡大局面ではいずれの項目も堅調に推移している。
生産性の上昇と景気拡大の長期化の関連については、「労働生産性の改善が景気拡大をもたらす『若さの源泉』となっている」と述べられている。つまりIT革新による生産性の向上が資本コストを低下させ、それが新たな設備投資を誘発させるという、好循環が存在しているために米国の景気拡大は長期間続いているとしている。米国のIT革新は持続的にマクロ経済を牽引していると言ってよいであろう。
日本のIT革新の今後
IT主導の景気拡大が長期間続いている米国と比較すると、日本のIT革新はまだキャッチアップの途上にあると言わざるを得ない。IT革新の効果は長いタイム・ラグをもって現れるものであり日本でその評価を下すにはまだ数年かかるだろう。
日本のIT革新の現状は冒頭述べたように、民間の設備投資や個人消費といった需要を増加させている段階である。生産性については、本格的にマクロ全体の技術進歩率が上昇しているのではなくIT関連の設備投資の増加によるところが大きい。そのため、まだ生産性が持続して高まる段階ではない。ITの経済効果が需要サイド中心であるうちは、景気を失速させることのない経済運営が望まれる。
一般にIT資本と労働は代替的な関係にあると言われる。またIT革新の効果を十分に引き出すためには、企業は組織形態をスリム化・フラット化する必要がある。つまり、IT革新の進展で過剰雇用問題が生じる。米国では1990年代後半に秘書、コンピュータ・オペレーター、タイピスト、組立工等といった職種で雇用が減少し、また中間管理職も減った。しかし、一方IT産業の勃興が新規雇用を生み出した。米国では過剰雇用が顕在化することが回避できたわけである。日本においてもIT革新が持続的な生産性の向上をもたらすためには、流動性の高い労働市場が必要となる。
日本の労働市場は、雇用形態や給与システムの面で変革の途上にある。問題なのは労働市場の変革の速度がそれ程早くないということである。調整に時間がかかるのは日本の社会システムの特徴である。この点を看過してIT革新を進めれば過剰雇用が顕在化しかえって景気が悪化する危険性がある。ノーベル経済学受賞者のロバート・ソロー教授は「日本はIT革命にうつつを抜かすのではなく、しっかり景気を回復させることが必要だ」と警告を発している。日本経済はまだ病み上がりの状態である。IT革新による経済構造の変革とIT需要による景気の下支えの両方を意識したポリシー・ミックスが求められる。
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