銀行業とIT
主席研究員 田邊 敏憲
2000年10月
要旨
銀行業とIT
IT(情報技術)は銀行業の「基盤技術」であるともいわれます。なぜなら、銀行の基本機能は、(1)貯蓄の投資への転化を媒介すること(金融仲介機能)、(2)決済手段を提供すること(決済機能)ですが、これらはいずれも情報・データの処理を必要とするためです。したがって、銀行業がIT革新から受けるインパクトは、他の産業に類をみない根源的なものとなります。
特に、コンピューターの性能向上による情報処理能力の飛躍的な向上とインターネットの発達等情報伝達コストの低下が、銀行業、金融取引に対し具体的なインパクトを与えています。従来からの金融取引が格段に効率的になった面と、IT革新で新しい金融取引が可能となり、銀行のあり方自体にも変革を迫っている面があります。
後者に関しては、金融仲介機能や決済機能を大変革させる可能性があります。金融仲介機能は、例えば小口から大口へ、短期から長期へといったロットや期間などの資産特性を変換する行為(変換機能)と、貸付先の信用リスクを評価し、預金者に代わって負担するという行為(与信機能)に分けられますが、「変換機能」の遂行においては、ITによって極めて煩雑なデータ処理を行えることが前提となります。証券化もITの成果です。コンピューターの費用当たり処理能力が飛躍的に向上した結果、小さな取引でも複雑な計算を伴う情報処理ができるようになりました。これにより、これまで証券化の対象には割に合わなかった小口の貸出案件でも、多様なリスクをアンバンドリングして証券化することができるようになりました。
一方の「与信機能」は、次の3つに分解できます。(1)事前の審査、企業格付け、事後の監視(モニタリング)機能、(2)信用リスクの負担機能、(3)資金の提供機能です。このうち(1)は、まさに情報の生産そのものです。この分野のIT革新の成果が、クレジット・スコアリングです。従来、人間のノウハウと手作業などによって行われていた貸出の審査や金利の設定は、コンピューターを使った確率計算等に基づくモデル手法にとって替わられつつあります。この結果、従来に比べて貸出の審査に要するコストが大きく低下しています。こうした貸出の増加によって、信用リスクの把握が容易になり、標準化された貸出内容に変化することで、貸出債権の証券化も進みます。
なおIT革命のインパクトは、こうした金融機能の根源的な部分に対するもののほかにもみられます。電子的なディスクロージャーや金融商品を提供するデリバリーチャンネル、すなわちネットバンキングの発達などです。
さて以上のようなIT革新のインパクトにより、金融業の将来像はどのようになるのでしょうか。
銀行の「特殊性」の変化
銀行業は金融仲介と決済サービスの提供を併営することで、情報生産を効率的に行いつつ、流動性を供給できることに特殊性があるとされてきました。このうち企業の審査やモニタリングなどの情報生産について銀行は、企業に決済サービスを提供しているため、キャッシュフローの変動をモニターすることを通じて、その行動を正確に把握できていました。しかし大企業の場合、財務内容が詳細にディスクロージャーされつつあり、真にモニタリングが必要なのは、情報の非対称性問題が大きい中小企業などに限られてきているのが実情です。
また証券化や直接金融がさらに拡大すると、決済性預金からMMFなどの投資信託等へ資金がシフトするほか、電子決済の増加等流動性を節約する技術の発達によって、決済性預金への需要は減少することになります。決済性預金の提供という銀行の特殊性はあまり意味がないことにもなります。
大規模金融機関とネットワーク型金融機関
このように銀行の特殊性が薄れる中、金融機関の将来像はどのようになるのでしょうか。相手企業の購入や販売等の物流データを入手できる企業も、決済口座の情報を使わずとも銀行と同じモニタリング能力をもつ可能性が出てきています。銀行以外の業種の与信機能獲得も難しくなさそうです。また、これまで手間のかかる中小企業向け貸出は地方銀行や信用金庫・信用組合といった中小金融機関が有利でしたが、ITを活用したクレジット・スコアリングや小口貸出債権の証券化が可能になってくると、大銀行もできるビジネスに変わります。こうした動きが強まれば、中小金融機関の中小企業向け貸出のシェアーは低下することになります。
IT投資も大規模金融機関を中心に行われ、小規模金融機関が単独で多額のIT投資を行うのは難しくなっています。グローバルに銀行の大合併・統合が相次いでいるのは、この膨大なIT投資負担の分担が大きな理由です。日本でも地方銀行が業務提携により、また農中 - 農協、全信連 - 信金といった系統金融機関がネットワーク強化により、ITシステムの強化に動いているのは、同じ理由からです。
金融政策やセイフティネットにも影響
以上のように金融市場全体に占める銀行の決済性預金のウエイトが低下するとか、貸出に替わって証券化商品や直接金融のウエイトが高まることになれば、金融政策や預金保険のあり方等も見直しを迫られます。これまでマネーサプライの安定を中間目標としてきた金融政策は、現金通貨や預金通貨以外の決済手段の動きにも目を配らざるをえないことになります。また金融システムの安定化を考える際にも、銀行だけでなく、広く各種の金融市場全体をカバーし、預金者・投資家の「自己責任原則」と市場規律が上手くマッチしたものになるような工夫が求められることになります。
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