技術革新・グローバル化の中での所得分配
日本経済研究センター会長(富士通総研顧問) 香西 泰/日本経済研究センター副主任研究員 伊藤 由樹子
2000年7月
要旨
1980年代以降、アメリカでは賃金格差が拡大し、その要因として技術革新やグローバリゼーションが指摘されることが多い。これに対し日本では、1990年代に賃金格差の目立った拡大はみられなかった。技術革新やグローバリゼーションは、賃金制度や労働需要にどのように影響し、その結果、賃金格差はどのように変化するだろうか。これについて、富士通総研経済研究所と日本経済研究センターが共同で研究した成果(『FRI研究レポート』No.72)をここに紹介する。
賃金構造は、経済的には労働需給の関係から決まるが、グローバリゼーションや技術進歩の影響を受ける。例えば、日本より海外へ投資することで高収益が得られるのであれば、国内の産業構造はシフトし労働需要も変化する。また、パソコンやインターネットにおける技術革新は、在宅勤務を可能にし、労働市場の門戸を広げる。そして、労働者の構成は、高齢化、高学歴化、女性の割合の増大と変化してきている。
賃金構造はまた、労働需給という経済要因のみならず、企業の採用する賃金制度にも左右される。日本の賃金制度には年功賃金という特色があったが、近年、能力や成果による評価の導入など、改革が進みつつある。その背景には、グローバリゼーション、技術変化、労働者構成の変化、及び成長パターンの変化がある。
作用していた賃金不平等化の力
賃金データの検討及びモデル分析によれば、日本においても、賃金不平等化への要因が作用していたといえる。
技術進歩関連指標として、大卒者比率と労働生産性上昇率を取って産業別にみると、いずれも賃金の分散と正の関係を持っている。このことはハイテク産業の発展が賃金の分散を拡大し、不平等化をもたらす可能性を示唆している。
アメリカの賃金不平等化の指標には賃金の学歴格差拡大が取り上げられることが多い。日本でも、学歴格差は拡大しており、また、産業別にみて賃金の学歴格差と十分位分散係数の間の相関は従来マイナスであったが、これが逆転して1999年には両者はかなり強い正の相関を示すようになっている。
賃金制度は、労務行政研究所「主要企業モデル賃金実態調査」でみると、仕事給のウエイトが高まり、属人給のウエイトが低下している。そうした中でモデル賃金の学歴格差が拡大しているが、これは仕事給における学歴格差の拡大に負うところが大きい。
技術変化と学歴格差の関係については、相対賃金のモデルの推定結果によれば、技術進歩のバイアスの結果として、年率1%の速さで学歴格差を拡大させる力が働いていたことが検出された(技術進歩率格差1.4%)。ただし、この作用はアメリカについて計測された3%(技術進歩率格差18.4%)に比べればきわめて低い。技術進歩が学歴格差拡大に有意に作用する点では、アメリカと共通の事情が日本についても存在していたといえる。ただその影響の程度はアメリカに比べかなり弱かった。このことは日本では技術革新の展開がアメリカと比べて遅れており、情報通信やハイテクの技術革新が弱く、結果的に学歴選好バイアスが小さくなっている可能性を示唆する。逆に言えば、将来日本で技術革新が本格的に展開されるようになった場合、在来部門と革新部門の技術進歩率格差(バイアス)がこれまでより高くなる可能性をも示唆している。
労働力構成が格差拡大を相殺
このように学歴格差や賃金の分散を拡大させる力の作用を受けながら、全体としてみて賃金不平等化現象が日本で顕著にならなかった背景に、労働供給面の動きと、それにも関連する他の格差、特に年齢格差の縮小の動きがある。
まず、大卒比率の上昇が学歴格差の拡大を抑えた。また、労働者の高齢化が年齢格差を縮小させる要因となったと考えられる。一般に、高齢者間の所得分散は大きいので高齢化は分散を拡大する。しかし、その一方で高齢者の増加は、需給関係や賃金制度の改革を通じてその相対賃金を低下させ、年齢格差を縮小させる。賃金制度と賃金格差の関係をみると、「年齢・勤続年数・学歴」「能力・業績」が重視されると年齢格差は拡大し、「仕事の内容」が重視されると年齢格差は縮小することになっている。「仕事の内容」重視の傾向がうかがわれるとすれば、賃金制度も年齢格差縮小の方向に改正されつつあったとみられよう。
このように、日本でも賃金不平等化の要因はあったが、それを労働構成の変化等が相殺し、結果としてアメリカのような賃金格差の拡大は起こらなかったといえる。
それでは今後も日本では賃金不平等化を回避できるであろうか。ここでの検討をふまえていうと、
(1) 今後の技術革新の進展で技術進歩バイアスが強まる恐れがある
(2) 高学歴化の効果は2010年頃で一巡する
(3) 賃金の分散の大きい高齢者の比率が拡大する
など格差拡大に向かう要因がある。他方、
(4) 高齢化の過程で年齢格差縮小はなお継続する
(5) 社会的要因をも加えると男女格差は更に縮小する
(6) 規制緩和等により、労働の流動性が高まることが賃金プレミアムを減らす可能性がある
と思われる。
全文はPDFファイルをご参照ください。
PDF 技術革新・グローバル化の中での所得分配 [36.7 KB]
