21世紀に向けて抜本的構造改革を
ウシオ電機会長 牛尾 治朗
2000年1月
要旨
21世紀に向けて今日本に最も必要なことは抜本的な構造改革を断行し、企業の競争力を強化することである。
戦後日本はアメリカの占領政策の下で新憲法が制定され、あらゆる社会制度は過去と決別し徹底的に民主化された。過去の成功体験を持つ人々は追放され、しがらみを持たない新しい人材が日本経済・産業の再建を担った。こうした構造転換を背景として産業界が自由な競争を行ったことで、昭和36年から50年代前半の日本の高度経済成長が実現した。国民の生活は驚くほど豊かになり、人々は明るい未来を信じた。そして成長する企業の姿が繁栄のシンボルとなった。社会や企業の抜本的な構造改革が、新たな繁栄をもたらした典型例である。しかし反面、この繁栄の時代に、日本は政策運営の基本姿勢を失ってしまったように思う。
本来どんな政策も常に何らかのトレードオフ関係をもたらす。したがって政策決定においては諸情勢を総合的に判断し、政策課題に優先順位をつけて実行する必要がある。また、効果を発揮するまでにリードタイムが長くかかるものは、できるだけ早く取り組むという時間軸感覚が必要である。
しかし経済の高度成長が続いている時代、とりわけ昭和40年代には、減税、福祉元年宣言、公共投資の拡大など、あらゆる政策をプライオリティーをつけないまま、大盤振る舞いのように実行した。そして昭和50年代、日本経済成長が減速を始め、財政再建が課題となるに及んで、対応したのは財政支出の一律カットだった。つまりこの時期の日本の政策運営は、総合的に判断し、政策に優先順位をつける感覚を失ってしまったと言える。企業経営においても、多くのトップマネジメントが同じ過ちを犯し、リードタイム感覚も麻痺させてしまったように思う。幸い、産業界では昭和48年の第1次に続く数次のオイルショックの洗礼を受け、どの企業においても経営の抜本的な見なおしが行われ産業、企業の構造改革が進んだ。
だが続くバブル経済時代には、更に一層構造改革を図るべき業種、企業であっても旧体質のままでも採算が合う状態となり、高度成長期と同様、経営者の優先順位感覚を失わせた。つまりバブルは旧体質企業の構造改革の遅れをもたらした。
しかし自動車を始めとして工作機械メーカーなど、常に国際競争力に晒されてきた企業群や完全自由競争分野の業界は、この間も体力をつけ続けていた。国内景気は1998年の10月以降循環的需要の減退から脱し、金融収縮も第1の谷間を超えて上向きに転じていると認識しているが、これらの企業群は既に国内景気の回復の恩恵を受けつつあるのではないか。一方、国際競争に晒されてこなかった企業、規制によって保護されてきた業界、つまり構造改革に乗り遅れた企業は先行きは厳しいだろう。ましてやモノあまり時代であり、景気回復後の消費需要に期待するといっても多くは望めない。
これからの日本産業界は、重厚長大型オールドエコノミーから軽薄短小型プラス情報関連のニューエコノミーへの転換が行われるだろう。その中核産業として自動車、エレクトロニクス、工作機械、情報通信機器産業が繁栄し、それを取り巻く形でサービス産業が隆盛を迎えることとなろう。こうした流れに対応できる企業が、これからの時代において競争力を維持向上できる企業である。
構造改革問題を考える上で、ここ10年のアメリカの動向は大いに参考になる。レーガン政権時代に日本の工業力に敗退したアメリカは、企業の競争力を向上させるために、政府は徹底した規制撤廃を行い、減税を断行し民間の投資促進を図った。一方民間は賃金カット、新規雇用抑制、マネジメントの合理化に取り組み、それでもだめならレイオフを断行するなど、徹底した取り組みをした。
しかもその間新規開発投資を怠らなかった。その典型がIT投資である。この10年アメリカ企業の生産性は5%ほど向上したが、その8割はIT投資によるという。またアメリカ企業は世界中にベストプラクティスを求め、日本からはTQC、カイゼンを学ぶなど体質強化を図ってきた。経営活力を更に活性化するために、ストックオプションの導入や所得税減税など次々と手を打っている。これが今日のアメリカの繁栄をもたらした理由だ。
アメリカの就業者構造変化にも注目すべき点が多々ある。アメリカの1980年における雇用者人口は9,700万人、これが98年には1億3,100万人と、約20年の間に3,400万人増えた。ところが第2次産業の就業者は、この間に逆に100万人ほど減っている。それを吸収したのがサービス産業である。余暇市場の拡大のみならず、アウトソーシング市場、情報サービス産業の急成長など、アメリカにおけるサービス産業の活動分野は著しく拡大している。
また3,400万人増加したうち2,000万人近くは、従業員20人以下の中小企業の雇用増である。1980年におけるフォーチュン上位500社の企業は、その後の10年間で300万人の人を放出し、それを新興企業や中小企業が吸収した。アメリカの中小企業は、日本のように保護の対象としてではなく、繁栄の象徴、雇用拡大の象徴として注目されている。そしてその裏には合理的な法人税制の存在がある。こうしたアメリカの動きは、日本の産業界の将来像を考える上で大いに参考になるだろう。
翻って今日本のなすべきことは、高度成長とバブル経済でいびつになった日本の経済構造、社会構造の改革を図ることである。そして今の時期重要なことは、政治は迎合的であってはならないという点である。今や日本人は国際化の進展で世界の常識も知り、バブルの崩壊という苦難を経験して、世の中の姿も見えるようになってきた。つまり民主主義国家として日本人の民度は着実に向上しており、迎合的な政策を取らなければ選挙に勝てないという時代ではなくなっている。官においても民間企業にあっても、民度が低いという前提でマネジメントをすることは間違いである。21世紀を展望し、こうした今こそ、官民ともに苦しみを分かち合う構造改革を断行すべきである。
全文はPDFファイルをご参照ください。
PDF 21世紀に向けて抜本的構造改革を [107 KB]
