国際的な規制の潮流とBIS規制の見直し
客員研究員(明治大学助教授)勝 悦子
1999年10月
本文
最近の国際金融システムの動揺
1997年のアジア通貨危機、98年のロシア危機に端を発した世界同時株安など、ここ2年の間に国際金融システムは大きく揺らいだ。国際金融システムの安定化のために、G7などの場においてはヘッジファンドなどに対する監視体制の強化に加え、IMFの新規融資制度の創設、IMFによる各国情報収集、評価メカニズムの策定、短期資本取引規制などが検討されてきた。90年代初めの東西冷戦終結後、92-93年の欧州通貨危機、94年の欧州長期債の混乱とメキシコ危機など、90年代入り後資産価格のボラティリティが増大すると同時に、国際金融システムはむしろ不安定化する傾向がみられる。
こうした価格変動性の高まりは先進諸国の金融仲介構造の変貌と大きく関わっている。金融規制の緩和、個人資産ストックの増大、情報通信革命の進展のなかで、金融仲介構造が国際的に急激に変貌しているからである。伝統的金融仲介の停滞と同時に、年金、生保、投資信託などのノンバンク金融仲介へのシフトが世界的に進んでおり、「金融仲介の市場化」という新たなパラダイムが台頭している。同時に為替管理自由化のもとでクロスボーダーの金融取引の急増も顕著であり、情報化、金融技術の進展、金融取引の電子化の進展のなかでグローバル金融取引は一層複雑化、高度化、巨額化している。金融市場は、情報の偏在がないとしても、群衆心理が働くなど価格が一方向にオーバーシュートするといったビヘイビアを元来有しており、なかでも株式市場と外国為替市場にその傾向が強い。市場は平時は資源配分を効率化するが、常に万能なものではない。情報開示は市場規律が働くための前提であるが、それだけでは不十分であり、市場規律がうまく働くような枠組みを如何に構築するかが国際的に最も喫緊の課題となっている。
市場規律に立脚した国際的な規制の枠組み
国際的な金融システムの安定性を維持するために、バーゼル銀行監督委員会を中心に、様々な国際的規制の導入が図られてきた。バーゼル銀行監督委員会はG10の中央銀行総裁により1974年に設立されたもので、もともとは銀行監督における国際的協力を目的としており、そのもとでバーゼル・コンコーダットが制定された。しかし、ヘルシュタット銀行危機を契機に国際的なペイメントシステムの健全性維持への関心が高まり、国際金融システムの安定と、競争条件の平準化という目的で、88年にはBIS自己資本比率規制の導入で合意がみられた。
現在バーゼル銀行監督委員会の規制に対するスタンスは、直接的な規制を課すよりも、金融機関サイドのリスク管理の高度化と情報開示の徹底により、市場規律を働かせる形で、金融システムの安定性を確保するという、マーケットフレンドリーアプローチに重点が置かれている。バーゼル銀行監督委員会は有効な銀行監督および健全な銀行制度を促進するため、監督体制の最低基準を示した「実効的な銀行監督のためのコアとなる諸原則(コア・プリンシプル)」を提示するとともに、それを補完するものとして、銀行サイドの情報開示の徹底による透明性の向上や、「内部管理体制の拡充のためのフレームワーク」策定を進めている。これは内部管理の欠陥が重大な問題や多額の損失の原因になっているとの認識のもと、銀行組織の安全かつ健全な業務を確保するため、オペレーショナル・リスクの回避を目的としたものである。
インセンティブ規制は市場規律を代替するものでなく、市場規律を強固にすることを目的とする。プリンシパル・エージェントの関係でいえば、当局がプリンシパル、金融機関がエージェントであり、規制はインセンティブのある契約であり、金融機関はシステム安定と顧客保護という社会的目的に矛盾しないように行動する。ここでは外部からの詳細な行動規範は重要視されなくなり、むしろ金融機関の内部リスク分析、内部管理に重点が置かれる。これは「コーポレートガバナンス」の問題でもあり、内部監査、上司への報告義務、役員のコンプライアンスなど内部管理にインセンティブを与える規制と、検査など外部からのモニターが必要であることを意味する。
BIS規制見直しとわが国金融機関
バーゼル委は、本年6月にBIS規制の抜本的な見直しに関する市中協議ペーパーを公表したが、金融システムの安定維持のために、(1)最低所要自己資本、(2)監督上の検証プロセス、(3)市場規律、を3本柱として掲げている。BIS規制については、第1に、リスクと資本のリンケージについてあまりに鈍いこと、第2に、BIS規制は信用リスクへ影響を与えるビジネスサイクルの影響を考慮していないこと、第3に、BIS規制には民間金融機関のリスク管理技術の高度化、ヘッジ技術の高度化などが反映されていないこと、第4に、競争条件の平準化といっても、自己資本比率以外の会計制度、税制、預金保険制度などは各国により大きく異なっており、自己資本比率のみの統一化だけでは必ずしも競争条件の平準化は達成されないこと、などの問題点がしばしば指摘されてきた。
市中協議案では、リスク資産の区分については、民間貸出債権を一律100%とするのではなく、信用度の低い貸出のリスク資産への計上比率を高くする一方で、信用度の高い貸出の資産計上比率は低くすることが検討されている。リスクをきめ細かく算出することができれば、リスク資産の総額は減少し、自己資本に余裕が生まれることになる。米銀は信用リスク定量モデルの開発で先行し、倒産確率のデータ蓄積も進んでおり、既にそうした手法を取り入れて貸し倒れ引当金などを積んでいる。民間機関の開発モデルの使用が認められると、この分野で遅れている日欧の銀行との間で、競争条件が異なってくる可能性は大きい。
新たな信用リスク規制が導入されたことにより、わが国金融機関はリスク管理体制を更に拡充する必要性に迫られ、資本効率を一層重視する経営戦略を迫られることになろう。競争激化のなかリスク管理や顧客囲い込みのためのシステム投資は莫大なものになるとみられ、今後金融再編が一段と促進されることになるとみられる。とりわけ国際的競争に晒される大手マネーセンター銀行の提携、再編は加速することになろう。
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