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ユーロは戦後欧州の秩序を創造的に破壊する

主任研究員 梶山 恵司

1999年10月

本文

日本ではユーロ安ばかり騒がれネガティブな印象が強い欧州だが、1年ぶりに訪れたドイツはじめ、フランス、スペイン、イギリスいずれも、ユーロの挑戦に積極的に挑むことによって21世紀を切り開こうとする活気で溢れていた。

弱肉強食のダーウィニズムが始まった欧州

ユーロがもたらす変革はあらゆる分野・レベルに及んでいるが、その最大のものはユーロによる競争の激化である。欧州は、通貨がいわば非関税障壁の役割を果たしていたことから「管理された競争」に安住していたともいえるが、ユーロは戦後50年続いたこの秩序を破壊した。

例えば取引所である。欧州には、10を超える市場、30を超える取引所があったが、通貨が一つとなったことで、多数の市場、取引所が存在する意義はなくなった。この結果、欧州の取引所間競争は、強者のみが生き残るダーウィニズムの原理が支配する状況となりつつある。

先物市場は、その典型的な例だろう。先物の最重要商品であるドイツ連邦債先物の取引は、ロンドンが独占的地位を享受していたが、1997年に新興勢力である独スイス連合のユーレックスが電子取引を導入、わずか1年あまりでロンドンからシェアを奪回するのに成功した。しかも、ユーレックスは今年に入り先物取引で世界一の座をシカゴのCBTから奪うことに成功し、CBTが150年かけて成し遂げたことをEUREXは9年でやり遂げるという下克上を果たした。

ユーロによる競争激化は、金融機関にも大きな挑戦を迫っている。例えば、ドイツの金融機関は従来、自国通貨であるマルクを独占できたが、マルクからユーロとなって、他の欧州の金融機関とまったく同じ土俵での勝負を迫られることになった。いまのところ、金融機関の再編は国内レベルで起こっているが、それが一段落した後は、国境をまたぐ合従連衡に発展、5年後の欧州の金融業界地図は、今とは相当異なったものになるだろうというのが、現地での見方だ。

ユーロが再編を迫るのは、事業会社も同じである。欧州企業はグローバル化への対応で、90年代半ばより事業再編・M&Aを活発化させてきたが、ユーロによる競争の激化がこれに拍車をかけた。しかも、ユーロによって巨額の資金調達が可能となったことも、事業再編の動きに一段と弾みをつけている。たとえば、今年に入って、マネスマン30億ユーロ、オリベッティ94億ユーロという巨額の起債が相次ぎ、これを原資に通信会社に関する大型の買収合戦が繰り広げられたが、マネスマンの格付けはシングルAプラス、オリベッティに至ってはトリプルBプラスにすぎず、ユーロ誕生前ならまず不可能な起債だった。

他方で、ユーロは、欧州の政治家に対しても、大きな挑戦を迫っている。金融政策が欧州中銀に一本化されたこと、安定協定で厳しい財政規律が要求されるようになったことから、政治家は、金利・為替・財政政策を景気対策として利用することができなくなった。この結果、政治家は、抜本的な改革によって効率的なシステムを構築せざるをえない状況に追い込まれつつあり、そのためには、行き過ぎた社会保障制度や硬直化した労働市場の見直しは避けて通れない。既にスペインなどの周辺国は、通貨統合に乗り遅れるとの危機感から構造改革が進展、これが周辺国経済に好調をもたらしているが、ドイツでも昨年秋に誕生した社民党政権が、意欲的な改革案を出すなどしてきており、変革のムードは高まりつつある。

リスクテークなしにチャンスなし

もっとも、こうした変革がすべて一本調子で行くとは限らない。特に構造改革に関しては一般市民の抵抗も大きいことから、その実現には紆余曲折が予想される。しかし、ユーロという歴史的前例のない試みの前に、ある程度の困難は覚悟の上だろう。重要なのは、欧州はユーロによって、(1)深み・厚みのある資本市場、(2)グローバル化に対応して競争力を向上させた企業群、(3)効率的な小さい政府、の実現に大きく近づいたことだ。だからこそ、欧州はユーロペシミズムからの決別に成功しただけでなく、21世紀のフロントライナーとして、活力を取り戻しつつあるわけだ。

ユーロ誕生前まで、米国エコノミストは、主権が統一されない段階で通貨統合に踏み切ることは、あまりにもリスクが大きいとして、再三にわたり警告を発していた。また、ドイツ国内でもマルクを捨てることへの反対・不安は、最後まで強かった。ところが、政治家や各界のリーダーは、ユーロこそ欧州再生の道と信じて疑わず、積極的にユーロというリスクをとっていったのである。ユーロがなければ欧州は、いつまでたっても「未発達の資本市場、管理された競争に安住する企業、行き過ぎた社会保障負担に呻吟する政府」から決別することができなかっただろう。

翻って、日本はあまりにもリスクを取らない社会になってしまった。これはベンチャー不振に端的に表われているが、リスクに敏感である限り、アジアでの自由貿易や通貨安定という日本・アジアの将来を大きく左右する問題にも、前向きの考えは出てこない。欧州がユーロペシミズムからいかに決別していったかを検討することは、日本の将来を考える上でも、参考になるところが多い。

全文はPDFファイルをご参照ください。

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