議論が空転する医療制度改革の打開策
主席研究員 松山 幸弘
1999年7月
本文
医療制度改革の4つの課題
公的介護保険が導入される2000年には医療制度の抜本改革も予定されている。改革の重要課題として次の4つが提示され既に2年以上も審議が行われている。
(1)薬価基準制度の廃止と新たな仕組みの導入
現行制度の下では、健康保険組合などの保険者が医療機関に償還する薬価基準額よりも低い価格で仕入れた分だけ、医療機関に差益が発生する仕組みになっている。ちなみに、1996年度の医療用医薬品生産金額は5兆2千億円、医療機関に支払われた薬剤費は7兆4千億円である。この差額2兆2千億円の大部分が薬価差益として医療機関の収益源となっており、残りが卸業者等の流通マージンである。
(2)診療報酬体系の見直し
診療報酬体系の役割は、給付内容と診療報酬点数(保険診療に係る個々の行為の価格)を定めることである。診療報酬体系のあり方は、患者総数や医療機関のサービス提供量等とあいまって、国民医療費の決定に大きな影響を与える。現在の仕組みは、経済成長により医療費財源が順調に増加する中で急性疾患対応を中心に基礎的医療を国民全員に提供するという考え方に基づいている。このため、慢性疾患の増大といった疾病構造の変化や医療技術の進歩等を適切に反映していない。薬価差益に依存した脆弱な経営からの脱却を目指す医師会も、薬価差益解消に同意する見返りに、診療行為における技術料の引き上げを求めている。また、出来高払いと包括払いの組合せのあり方が争点になっている。診療行為量に比例して保険者が支払う出来高払いには、過剰医療を行った医療機関ほど収入が増えるという欠点がある。しかし、症例別に定額を支払う包括払いにも、粗診粗療を行った医療機関ほど利益が上がるという矛盾があり、医師会は出来高払いから包括払いへのシフトに強く反対している。
(3)医療提供体制の効率化・健全化
医療提供体制の課題には、診断情報開示の推進、病院・診療所等の機能分担の明確化と地域での連携強化、医療従事者の質の向上などがある。とりわけ、医療の消費者である患者自らが診療行為を評価できるようにするため、診断情報の開示が重要視されている。
(4)新しい高齢者医療制度の創設
国民医療費全体に占める老人医療費(70歳以上の者及び65歳以上70歳未満の寝たきり老人が対象)の割合は、1985年の25.4%から1996年には34.1%まで上昇した。この割合はこれから加速する高齢化と共に5割に近づく。その結果、健康保険組合に老人保健拠出金の形で老人医療費を負担させる現在の仕組みが崩壊することは必至である。そのため、新しい高齢者医療制度として次の2つが提案されている。
<独立型の制度モデルA>
75歳以上の者を対象とする高齢者健康保険制度(仮称)を創設する。
<突き抜け型の制度モデルB>
被用者OBと被扶養者を対象とする退職者健康保険制度(仮称)を創設する。
被用者でなかった高齢者は、引き続き国民健康保険に留まる。
医療の質と対費用効果を評価するインフラがないことが議論空転の理由
このように改革の方向付けでは合意が成立しているものの、具体策になるといずれの課題についても結論が出ていない。ちなみに、薬価については厚生省が提案した新しい仕組み(参照価格制度)で一旦決着したかに見えた。しかし、医師会や製薬業界に加え米国政府までもが反対を唱えたことから、自民党が白紙撤回したことは記憶に新しい。米国の狙いは世界第2位の医薬品市場である日本でのシェア拡大にある。
議論空転の真の理由は、わが国が「医療の質と対費用効果を評価する仕組み作り」を怠ってきたことにある。この点で日本は米国に10年以上遅れている。そもそも2年に1回行われる診療報酬改定は、医療行為の原価を考慮することなく、利益代表者間の政治決着に委ねられてきた。景気低迷で医療費財源というパイが縮小する時に、従来の意思決定プロセスが機能しないことが露呈したのである。事態打開のためにはわが国も医療評価の仕組み作りを急ぐ必要があるが、それを推進する道具になると思われるものが登場してきた。電子カルテと診療ガイドラインである。
電子カルテとは、現在紙に手書きしている診療記録をコンピュータに入力することである。電子カルテは単なる手書きカルテの代替物ではなく、その患者を担当する医療スタッフ内で情報の共有を容易にし、加えて医療評価に有用なデータ蓄積を通じて病院管理業務、臨床医学研究に大きく貢献する。電子カルテは欧米でもまだ普及が始まったばかりであるが、近い将来医療現場の常識になるのは確実であり、わが国厚生省もこの4月に電子カルテ普及促進の方針を明らかにした。
医学が急速に進歩する中で医師が最新の医療水準を維持することをサポートする方法として、診療ガイドライン(標準的医療行為指針)を疾病毎に整備することが考えられる。米国厚生省は、昨年12月に、医師会、保険者協会と共同で「ガイドライン評価センター」を創設し、信頼できる診療ガイドラインを作成する大規模なネットワークの構築を開始した。その結果、米国では近い将来、医師のみならず患者までもがインターネットを通じて最適な診療行為に関する情報にアクセスが可能になる。わが国も関係者が総力をあげて診療ガイドライン作りに取り組む必要がある。
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