日本経済再生のプロセス
- 「過剰ストック恐怖症」からの脱却を
富士通総研顧問(帝塚山大学教授) 森口 親司
1999年7月
本文
デフレスパイラルの危機は遠のき、景気後退局面はそろそろ終わりに近づきつつある。しかし、3年続きのマイナス成長という過去に例を見ない不況の継続の結果、日本経済の規模がかなり縮小してしまった。マクロのGDPはこの3年間で3%縮小した(2000年第1四半期(予測)を1997年第1四半期と比較)。公的需要をのぞいて国内民間需要だけを見ると縮小率は5.6%と大きくなっている。
しかも実際の縮小率は、3年前との比較ではなく、1996年末の時点で予測されていた今日の水準との比較で行わなくてはならない。多くの企業は96年末の時点で、景気回復は軌道に乗ったと判断し、その後2ないし3%成長が継続するとみていたから、99年について予想されたGDP水準は(3年間に少なくとも6%以上の上昇したはずだから)、現実の縮小した水準にくらべて差し引き9%以上も高かったことになる。
企業が現在、10%近い過剰供給能力ギャップを抱えているという議論は、この意味でマクロ経済学的には支持されうるものだ。現在のグロス資本ストックと雇用水準が10%程度過剰だという議論はあやまりでないだろう。
縮小均衡の意味するもの
もしかりに景気が回復しても、2%成長への復帰がせいぜいだとするならば(これは、経済戦略会議が採用した「多数意見」)、日本経済は、この3年間に「失われた時間」によって、10%の需給ギャップを抱えたままでいくことになる。2%成長経路では、ギャップは当面消えることはなく、むしろ企業の多くが縮小への努力を競争的に継続するとすれば、2%成長自体が、逃げ水のように先延ばしされてしまう。
景気回復のパターンとしては、長い後退期のあとの回復期に4~5%の成長が続くのでなくては、景気回復は「逃げ水」のままで終わってしまう。この状況を議論した2人のエコノミストの討論(日経5月10日掲載の吉冨勝氏対竹中平蔵氏の「闘論」)は興味深い。吉冨氏が現状を「供給過剰」なのではなく、需要不足だとみるに対して竹中氏は、それは非現実的で、設備ストックや人員の過剰は覆いがたく、当面設備の廃棄を支える税制面での措置が必要だという。一見吉冨氏の論拠は危うく見える。
過剰ストック論の見逃しているもの
しかし、過剰ストックのもつデフレ圧力を強調する議論にも、陥穽があるように思われる。まず、国内総生産GDPでもって供給ギャップ率を測ること自体に問題がある。GDPは、景気対策のための公的支出を含んでいる。需給ギャップ率は、国内民間需要と純輸出の合計、つまり民間GDPとよぶべきもので見るべきだ。今後、東アジアの経済回復が本格化するとともに、この地域のわが国からの輸入(特に中間財輸入)が増え、これに引き続いて資本財需要もふえるだろう。これからの「民間GDP」の伸びは、輸出の回復によって高くなりうるので、需給ギャップ率は9%を下回るはずである。
第2に、マクロの需給ギャップは一種のフィクションであって、マクロの粗資本ストックの数字を用いる上でも注意を要することはよく知られている。業種別の需給ギャップの動きを注意深く見ることが必要であり、マクロの分析と同様のやり方で個別業種にアプローチするのでは過ちをおかすことになる。たとえば、最近の週刊東洋経済(4月24日号)の見方は、極端に悲観的でセンセーショナリズムのにおいがする。同誌の記事によれば、製造業での需給ギャップは、素材部門では、鉄鋼の40%からはじまって、セメントで18%、ポリエステル繊維で17%、石油精製で21%、とたいへん高い。また機械産業部門でも、自動車22%、工作機械25%という大きさだ。
これらのギャップ率の推定にあたっては、同誌は現時点での生産能力として過去の最大生産水準(その多くは90年、91年の生産実績)を採用している。これは問題だ。最大生産水準が適正な生産能力であるとは限らない。ブーム末期の最大生産量は、普通以上のオーバータイムと3交代制のフル操業などによって実現したものであり、本来企業設備の巡航速度から求められるべき生産能力とは乖離するのが常だ。
米国の製造業では、好況が持続し、設備投資が活発に行われているにもかかわらず、設備の稼働率は一貫して80%前後にとどまっている。企業が予備的に保有している生産能力とか、陳腐化または過剰という理由で整理したいが、当面はまだ能力として残されているものが20%近くあるというわけである。構造変化の激しい生産部門では、不要の設備を整理しながら一方で新規投資を行う以上、好況期でも、稼働率が高くないということは当然でありうることだ。
第3に注意すべき点として、自動車や工作機械などの加工組み立て部門において、過剰だとされる資本ストックのかなりの部分が、工業用ロボットが代表するようにmalleableな設備であり、移動、組み替えによるラインの変更が弾力的に行われていることを指摘したい。大規模な一貫生産設備として固定化したものとはことなり、多くのばあい、生産能力は過去の最高水準からかなり迅速に調整がなされているはずである。固定設備の多い鉄鋼でも、リストラへの取り組みはかなり早かった。とくに人の面での削減や配置転換の動きは、迅速だった。実効的な生産能力は、90年当時に比べると、かなり削減されていると見るのが正しい判断だろう。現在は、鉄鋼需要がアジアの金融危機や、ロシア、中南米の経済危機によって世界的に落ち込んでいるものの、回復局面での急速な伸びが見こめるはずである。40%の過剰というのは、何かの間違いではないか。
このように見てくると、製造業での深刻な需給ギャップは、既にかなり調整が進んでいるか、存在するとしても限定されたものと見るのが穏当なところだろう。多少の過剰感はあっても、多くの業種では、新規投資を急がなくてはならない事情もある。能力が25%も過剰だとされる工作機械業界で、保有する機械設備の平均年齢が最近急速に高まってきて、米国と比べて老朽化が目立ってきたことが明かにされている。この時期に、日本の産業全体が、縮小均衡心理におちいって積極的な投資態度を喪失することは、大きなあやまりである。
こう見てくると、現状は供給過剰なのではなく需要不足なのだという吉冨氏の真意が理解できるというものである。現在でもなお過剰設備が大きく、過去の投資が累積して不良資産化し、転換が難しいのは、建設、不動産(そして金融保険)といったバブルセクターに尽きるのではないだろうか。バブルセクターの処理については、債務の一部放棄と金融機関への公的資金の注入によって突破を図るしかない。ゼネコンの債務放棄の進め方に問題が多く、最終的処理にいたるまでなお曲折が予想されるものの、財務面での処理はこの方向でしかありえないと思われる。
ジャンプスタートの必要性
経済戦略会議の想定するステップでは、景気が回復に向かったあと、徐々に成長率が回復し、2%にまで高まっていくとされている。そして、2%成長が安定した段階で、財政立てなおしのための一連の政策、(たとえば、10%の消費税への段階的、連続的増税)が控えている。これは私にとって納得できるシナリオではない。2%成長への復帰程度では、その経路の総需要の水準では、供給過剰が継続し、経済の縮小均衡が続いていくだろう。それでは財政再建はならないし、下手をすると、財政改革法案で景気を後退させた97年の橋本内閣の二の舞となるだろう。
経済をジャンプスタートさせて、2%以上の回復のサイクルに入っていかなくては日本経済の再生は実現しないだろう。中長期的に供給サイドの制約のために、2%からゼロ成長への軌道に乗ることになるだろうが、それはその後の話である。2000年から2003年にかけて日本経済にとっては、「目覚しい景気回復」が必要なのだ。
この意見に対して、反論があるとしたら、「目覚しい景気回復」などもはやありえないという主張だろう。過剰設備の重圧、過剰雇用が投げかける家計への不安心理、こうした状況では、消費も設備投資も出てくるわけがないと人はいうだろう。規制緩和という打出の小槌からは、なかなか新規需要のすがたが見えてこない。わが国のベンチャー企業育成は掛け声ばかりで、現実には元気のよい小企業が育つための要件がそろわない。
でも果たして本当にだめだろうか?さきほど来強調しているように、製造業の過剰設備を恐れて、悲観に陥ってはならない。調整は必要だが、それは新規投資を抑制する理由にはならないのである。ではどのような方向で新規需要の大きな波を期待することができるだろうか。私は、規制緩和もさることながら、新しい時代が必要とする規制を強力に実行することから、新規需要は大きく伸びてくると考える。排気ガス規制を強力に進めることによって、新規の乗用車・トラックの需要がのびる。大型焼却炉や廃棄物処理センターなど、資源リサイクルのための新規投資を促進する。また、ミニ開発の結果安全性に問題の多い大都市周辺の町々の再開発を、災害防止法にのっとって実行することで、道路の拡張、マンションへの建て替えなど、大きな需要が作られるだろう。震災後の神戸市の復興計画をみならうべきだ。
第2に、東アジアの経済成長を軌道に乗せるためのわが国の金融面での協力をより大型化し、ふたたび、東アジアの貿易を中心とする高成長への復帰を果たすことによって、わが国の輸出が再び大きく伸びるだろう。この6月に発表された「太平洋経済展望」(PEO)によれば、今年後半から来年にかけて、アジア太平洋貿易の拡大はいよいよ本格化しそうである。中国・香港をのぞくと、韓国(17%)、タイ(8%)、フィリピン(15%)、マレーシア(8%)、と東アジアの輸入は大きく伸び、更にオセアニアと米国・カナダの輸入が4ないし6%と予測されている。これまで抑制されてきた輸入が拡大するのであるから、この地域の輸出は当然拡大するはずである。ところが、PEOでも輸出の伸びが低く見こまれていて整合性に欠けるところがある。これは、景気回復期の経済予測に特徴的な傾向といえる。この点を修正して見なおすとすれば、今後、日本の景気回復に際しての輸出の役割も大いに評価できるのである。アジア経済復興のための金融協力は、日本経済をジャンプスタートさせる上で、有効な手段だといえる。
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