マレーシアの金融危機 - 資本市場の崩壊と銀行危機
主任研究員 村上 美智子
1999年7月
本文
今回の東アジアの金融危機について、国内の金融システムのあり方を反映した危機の発生形態をみると、タイやインドネシアでは間接金融(銀行セクター)の金融仲介の未成熟が危機を引き起こしたのに対して、マレーシアでは直接金融の役割が拡大する過程で資本市場の未成熟が危機をまねいたという面があったことが注目される。域内諸国では、危機を契機に長期資金市場の整備が重要であるとの認識が一段と高まっており、資本市場の発達で先行していたマレーシアの今回の躓きは、これら諸国の今後の金融改革にとって重要な示唆を含んでいる。
以下では、マレーシアの金融危機発生の背景について、今回の資本流出の舞台となった株式市場や銀行部門が抱えていた問題を分析し、その上でそこから導き出される金融システム再構築のポイントについて、資本市場の育成に関する問題を中心に検討してみよう。
大規模な国際資本移動の舞台となった株式市場
アセアン諸国で金融危機が発生した背景には、資本流入の拡大に伴う過剰流動性の発生が原因となって形成された資産バブルの崩壊があったが、マレーシアでは不動産ばかりでなく、株式の購入に銀行信用が供与されていたほか、貸出担保としても広く用いられ、株価の急落に伴う不良債権の増大が大きな問題となった。
マレーシアの不良債権は、通貨安定のための緊縮政策に伴う景気後退を背景に98年に入ってから急増し、同年8月に貸出残高に対する比率は11.4%(ネット・ベース)に達した。貸出分野別内訳をみると、不動産部門や、消費者金融、証券購入融資といった部門が高率の不良債権比率を示している。このうちの証券購入融資はマレーシアに特徴的なものであり、同国の経済発展戦略と深い関わりを持っていた。
マレーシアでは、経済成長とともに所得の再分配にも配慮した発展戦略が維持され、そのもとで、低所得層であるブミ(マレー人)の株式保有が政策的に奨励されてきた。とりわけ、80年代後半からの民営化では、発行価格は市場実勢を下回って設定されて、ブミへ優先的に割り当てられたほか、ブミ専用に設定された国営投資信託にも多く組み入れられた。こうした株式や投資信託の購入にはローンが附与された。国営投資信託では、リスク回避的な投資行動をとるブミの保有を促すために固定価格による買取が保証されたばかりでなく、運営面では民営化株式が市場実勢を下回る価格でポートフォリオに組入れられて、ブミに高い投資収益を保証するように設計されていた。こうした投資信託のビヘイビアーは株式市場の市場メカニズムを大きく歪めたとみられる。
また、外貨建て銀行借入に厳格な規制が課されていたのと対照的に、株式市場では市場育成の観点から流入規制も緩和され、外国人投資家によるポートフォリオ投資が活発に行われていた。マレーシアの97年7月からの資本流出は、価格形成が歪められたまま肥大化した株式市場で生じ、それに伴う株価の急落は当該部門への貸出の焦げ付きと担保価値の下落という2つの経路を通じて金融機関の資産内容を急速に悪化させた。
効率性・健全性に課題を抱えていた銀行システム
マレーシアの銀行部門は、80年代半ばの金融危機を順調に克服し、90年代に入ると、金融自由化の進展もあり、金融取引の規模が拡大したばかりでなく、効率性や健全性も高まった。しかしながら、依然として、金融機関の経営に対する規律付けが不十分であったほか、金融機関経営の効率性にも課題が残されていた。
このうち最大の問題は、少数上位行による寡占構造が維持されるなかで非効率な経営が温存されてきたことであろう。マレーシアの金融市場では政府系上位2行が商業銀行の総資産の30%近くを占めているが、近年、両行では人件費率の上昇が顕著となっていた。このほか、近年の貸出ブームのなかで、資産 / 負債の期間構造におけるミスマッチの拡大といった問題も生じていた。
マレーシアの金融危機に学ぶ金融システム再構築のポイント
現在、東アジア各国では不良債権の処理や金融機関の資本再構築とともに、規制・監督体制の強化、情報開示の推進、会計制度や破産法の整備などが進められている。更に、資本市場の育成を目指す動きも活発化しており、本年1月にタイで10年物国債がはじめて発行されたほか、5月にはフィリピンで債券流通市場の創設が発表された。
今回のマレーシアの金融危機が示す資本市場の整備に関する教訓は、以下の3つに要約される。先ず、第1に銀行セクターとのリンクがはらむリスクに十分な注意が払われなければならないということである。途上国で企業の株式会社化を進める場合には、資本蓄積が必ずしも十分でないため、株式を購入する投資家に銀行ローンが供与されることが多いほか、民間債務証書の発行には一般に銀行保証が付与される。このため、資本市場の崩壊は銀行危機に直結し、銀行セクターの脆弱さと相まって、事態の深刻化をまねきがちとなる。第2に、マレーシアに限らず株式公開では特定セクターへの優先割当が行われることが多いが、価格形成に市場メカニズムを働かせるためには、市場に対する政策的な中立性を早期に確立する必要があるということである。そして、第3には、安定的かつ効率的な価格形成が行われるために、機関投資家の育成が重要であるということであり、今後の各国の市場整備にはこうした点への十分な配慮が望まれる。
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