ネットワーク時代の流通業
日本経済研究センター 首席研究員 上村 淳三
1999年7月
本文
日本経済が国際化、高齢化、情報化という環境変化への適応を模索している中で、流通業界も抜本的構造改革を迫られている。流通業の変化は、表面的な業態変化にとどまらない。流通構造の仕組み、日本的取引システムの再構築を伴うものである。90年代にはいってからの消費需要の長期低迷と国際化が日本的取引システムの変更を不可避にし、情報技術の進展がこの変化を加速させている。富士通総研経済研究所と日本経済研究センターの共同研究(『FRI研究レポート』No.51)の概要を紹介する。
変わり始めた日本的取引慣行
バブル経済の崩壊後、ビール、紳士服、家電製品、日用衣料品などで従来価格を2~4割値下げした安売り店が続出、"価格破壊"現象として話題になった。それから6年、"価格破壊"現象の影響は、日本の流通システムの抱える問題点を明瞭に示すことになった。百貨店、チェーンストアなどの既存小売業と大半の安売り店が、業績を急激に悪化させた一方で、問屋集約化、製造販売一体化といった取引システムの改革を行った一部の企業だけが好業績を上げ続けている。
両者の差は、仕入れ価格(売上高原価比率)の低下幅以上に増え続ける販売管理費比率(特にその他販売管理費比率)を押さえられるかどうかにあることが、決算数値から明らかである。同時に、その他販管費比率の抑制に成功した企業はいずれも消費低迷下でも在庫回転率の低下幅が小さいか、逆に上昇している。
在庫回転率の上昇は、POS(販売時点管理)システム、EDI(電子データ交換)など、あらゆる情報通信技術システムの主要目的の1つである。これまで多くの企業が導入しているが、取引システムの改革を進めた企業ほど在庫削減、在庫回転率向上に成功していることになる。
これまで個々の事例では、契約を明文化せず、あいまいな取引慣行が流通合理化と情報システム化を阻害する、と指摘されてきた。消化仕入れ、返品条件付き買い取り取引、各種協賛金、多様なリベートなどである。欠品ペナルティーを課すなど取引条件は厳しいが、リスクを負った買い取り仕入れに徹して問屋集約化を進めたイトーヨーカ堂、自力で商品開発、調達をする青山商事、しまむらなど、従来の取引方法を変えた企業だけが、在庫回転率改善に成功している事例は、日本的取引慣行が情報システム化を阻害することを明示したとも言える。
長期継続取引、リスクの相互負担などを特徴とする日本的取引システムは、文化、国土に根付いた根強い商慣行との見方があった。だが世界最大の玩具専門店チェーン、米国トイザラスの日本進出は、こうした見方を根底から崩した。問屋を除外したメーカーとの直取引で小売価格を下げることを公言した日本トイザらスは、91年の日本出店開始から3年後、店舗数20~30店、日本市場でのシェア(市場占有率)が2%程度の段階で、全メーカーとの直取引を定着させた。文具小売業界では、米国の専門店チェーンの進出後1年を経ずに全メーカーが直取引を始めている。堅固とされた日本的取引システムは、状況次第で一挙に変わることを示したといえる。
システム変革の潜在力秘めるEC
情報機器の活用を、取引システムを変えるまで徹底するかどうかで、企業業績に差が出ることが明らかになる一方で、情報通信技術の進展で可能になった新たな商取引形態が、流通システムを大きく変える可能性が出てきた。インターネット上での取引、EC(エロクトロニック・コマース)の急成長である。
ECは、小売業者が独自のホームページをネット上に作り、注文に応じて発送、決済をする一種の通信販売業である。現実にはサーバやシステム制御コストを節約するため、多くの商店を1ヵ所に集めたモール(商店街)を作り、各モールから各商店にボタン(クリック)1つで出入りできる。
1997年から2年間程度で、電子モールの数は2,000~3,000までに急増、98年にはEC取引は650億円に達し、2003年には3兆円を越すとの予測もある。500店以上の商店を集めた電子モールを採算にのせ、上場を目指すベンチャー企業も出始めている。
ECの機能自体は、通信販売のカタログ経費をほぼゼロに近付けた極度に低コストの流通方式に過ぎない。現実の販売商品を見ると、普通の大型店ではみられない独自商品や面白グッズを売り物にする例が多く、70年代に通信販売が始まった初期の状況に近いといっても良い。だが急拡大を続ける電子モールの中には、共同決済システムを採用することで通信販売手数料を下げることに成功、共同配送システムを計画するグループも出始めている。卸売機能の一部を兼ねつつあることになる。あるCDショップでは、再販売価格維持制度で価格を下げにくいために利益が急増、品切れ品を探す無料サービスを行っている。規制緩和が不可避の方向とすれば、流通コスト削減が低価格販売に直結し、販売シェアの急拡大につながることは明らかである。2003年には全商品販売額の約2%をECが占めるという通産省の予測は過大推計とは言いきれない。製造業、卸売業が従来の取引慣行のしがらみを抜けることで、EC流通は予測をはるかに上回る規模に達する可能性がある。
情報化の進展は、情報システム化による取引合理化の徹底とECの急拡大の両面から、日本的取引システムを変えつつあるといっても過言ではない。
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