米経済の先行き
- 成長構図の変化とグローバル化の意味悪化する地方財政
客員研究員(日本大学教授)円居 総一
1999年4月
本文
はじめに
米経済は引き続き好調に推移している。98年の実質経済成長は、97年に続き2年連続で3.9%の高成長を達成した。97年以降徐々に顕在化してきたアジア経済危機の影響や昨夏以降のロシア危機とそれに伴う有力ヘッジファンドの倒産に伴う米国金融市場の動揺などを乗り切った上での高成長の持続であり、景気の拡大期間も平時としては最長の8年目に入ってきた。もっとも、その一方で、経常収支の赤字拡大と対外ファイナンスの継続性への懸念の台頭や、企業収益の持続的低下、家計貯蓄率の落ち込み、そして高水準の株価への警戒感など、その先行きに多くの懸念材料も出てきた。果たして、米経済はまだ長期拡大基調を維持できるのか否か。米経済が失速すれば、世界経済は唯一の索引役を失いかねないだけにその帰趨がとりわけ注目を集めている。
成長構図は脆弱化
そこで、まず当面の景気展開に焦点をあて米経済の先行きを見てみると、高成長持続の背後で成長パターンが変化し、その成長構図が脆弱化していることが指摘される。周知のように、これまでの長期拡大は、雇用コストの抑制、財務体質の強化など企業体質の改善が進む中で、企業収益と投資の拡大が促され、それが所得と消費に波及する形で実現されてきた。これを可能にしたのが情報革命と金融革新であり、事実、産業別にみても、情報産業、金融が成長をリードしてきた。だが、ハイテクでは単価下落による収益力の低下、金融は、市場混乱による不足の損失計上などから成長リード力が低下し、また全体の企業収益も昨年からはその低下が鮮明になってきた。この延長線上で見るなら、米経済はすでに減速に向かっていてもおかしくない。それにも関らずまだ高成長が維持されているのは、物価安定の下での賃金の上昇、それが家計の実質購買力を増加させ、好調な消費が成長の鈍化を補ってきたことに因っている。その一方で、企業部門は、労働分配率の上昇、マージンの縮小に直面することになったが、それが逆に薄利による量的拡大志向を強め、その薄利多売が企業活動を高め、雇用の増加と失業率の低下を通じて結果的に消費を支えるという効果も生んでいる。つまり、成長パターンは、企業部門リードから消費リードの新たな好循環メカニズムに変化し、それが大方の予想を上回る成長をもたらしているわけだ。この限りにおいては、成長パターンの変化はむしろ景気にとってプラスといえるが、問題はそこに株式市場の動向が深く関係していることである。好調な消費、それが家計部門の実質購買力の増加で支えられているといっても、やや子細にその実体を見ると、実質購買力の伸びは消費の伸びに追いつかず、貯蓄率がマイナスの領域に達しかねないほど低下している。それでも年明け後の小売売り上げなどに見られるように消費に陰りが見えないのは、その理由を巡って様々な論議はあるものの、基本的に株価の上昇と物価の安定からくる安心感に負うところが大きいと見られる。株を中心とする金融資産に老後の資金を依存するところが制度的にも大きい米国社会に於いては、インフレの安定と株価の上昇が与える安心感は重要であり、それはこれまでの米国の景気後退や減速がインフレと利上げを切っ掛けとするのが通常であったことからも推察できる。また、この国内消費の過剰は、その裏返しとして対外経常収支の赤字を拡大させ、それが対外ファイナンスの継続性、しいては景気の持続性への懸念を高めているわけだが、この対外ファイナンスの問題も結局は、株価の動向がその鍵を握っている。すなわち、ユーロの登場でドルを唯一の基軸通貨とする国際金融体制に変化の芽が出てきたことなどが対外ファイナンスの継続性懸念を高めているが、ファイナンスの継続性のポイントは、海外の投資家が米国市場に魅力を持って対米投資を継続するか否かにある。それは結局、今の内需の好循環が継続し、投資リターンへの期待が維持されるか否か、そこに深く組み込まれてきた株式動向にかかっている。
鈍化の中で拡大基調を保持
このように、米経済は足元は出来すぎと言えるほどに好調だが、これまでの設備投資主導の力強い成長パターンはさすがに弱まり、株式市場の動向に左右されやすい成長構図に転化し、脆弱性を高めてきたといえる。FRBが、金融市場の崩壊を恐れ、株価の崩落に繋がりかねないバブル化を牽制することに意を注いできたのも、こうした成長構図の変化を見据えてのことと言えよう。その問題の株価の動向だが、現在の株価は、株価収益率でみて30倍を上回り、最近の経済企画庁の「世界経済白書」での分析などにも見られるように、企業収益の動向や長期の経験に照らして正当化される水準を1 - 2割は上回っている。この限りでは崩落の危険性もあり、少なくとも、これまでのように資産効果を継続的に生み出し、景気の拡大を促していくことは期待し難い。だが、もう少し多面的にみると、崩落回避要因は意外と存在している。それらを列挙すれば、(1)株式市場の需給関係は、96年に新規のネット発行でマイナスを記録したあと、まだ基本的なタイトな状況を保っていること。(2)歴史的低金利水準下で、債券等とのイールドスプレッドでみても概ねニュートラルで、FRBのストックエバリュエーションモデルでも株価に大きな行き過ぎは窺えないこと。(3)企業収益の平均でみた株価収益率には行き過ぎ感は強いが、個々の収益、産業動向に応じた業種間の株価の開きは大きく、日本のバブル時のような一律的上昇といった危険域にまで陥ってはいないこと。(4)FRBも、株が経済の動向にかなり組み込まれていることを十分認識し、その下で引き続き景気持続に最大の焦点をおいて株価のバブル化の牽制とその崩壊の回避を図りつつ、金融政策を緩和基調で展開していくと見られること、などがそれである。これらを併せ考慮すれば、株価が今後調整含みの展開となるとしても、その崩落は避けうる公算が高い。株価の予期せぬ崩落さえなければ、低失業率、所得の増勢と物価の安定という基本環境も維持される公算が高い。設備投資の伸びはすでに大きく鈍化し、個人消費の拡大ペースも鈍ってはこようが、2%台半ば程度の成長ペースで本年もまだ拡大基調を保持していくことは十分可能であろう。
構造的競争力は改善
こうした当面の景気展開とともに、米経済の先行きに関して看過してはならないのが、その中期・構造的側面での、米経済のダイナミズムと相対的国際競争力の高まりであろう。80年代後半以降の企業の構造改革は、情報化の進展とあいまって、経済の復活と産業の競争力基盤を強化させてきた。それは国際競争力の構図を、組織・制度の効率性が直接的に競合するものへと変化もさせてきた。国際的な産業競争力の視点から見ると、経済発展の基盤を成す産業競争力は、労働、資本、土地、自然資源といった生産要素の存在性や生産技術の水準に規定されるだけでなく、生産を支える制度や組織的仕組みによっても大きく左右される。だがこれまでは、そうしたシステムの優劣が必ずしも直接的に競合する構図にはなかった。しかし、情報ネットワーク化の進展が、世界大での経済の市場化、オープン化を急速に推し進め、資本の原理により忠実な米国型の経営システムの優位性を大きく高め、それがグローバルスタンダードを形成しつつある。日本、アジアの経済的呻吟の長期化は、通貨危機やバブル崩壊に伴うデットデフレの継続という問題とともに、そこに共通して窺われた共同体的組織体系、運営システムが、国際競争の潮流変化の中で空洞化してきたことが大きく作用しているといえよう。米国型の組織と情報処理の体系は、伝統的な個人主義をベースに、各人が個別の知識・情報を保有し、状況に応じた情報処理を行うことを原則としてきた。そして、お互いの行動は一定のルールに基づいて調整していくというものであった。この仕組みは、米国が先べんをつけ発展させてきた大量生産方式の下で、分業と組織の肥大化が進むにつれ、齟齬を拡大してきた。生産に必要な情報の共有が希薄化して、その体系化ができず、生産効率、組織効率の低下を招いていったからだ。80年代の日本、アジアの隆盛と米国の衰退の背後には、共同体的情報共有とそこからくる柔軟性を持った企業組織と情報処理の仕組みに根ざす比較優位が働いていたと見られるが、この格差は、情報ネットワークの出現によって一挙に逆転してきた。
米国スタンダード化の本質
それは、第1に、個人主義的なシステムにおいても情報の体系的共有を可能にさせ、効率的な生産体系や体系化されたマーケット戦略への道を開いたからだ。更に個人をベースとするオープンな組織の優位性も高まった。内輪の組織では取り込みにくい多様なアイデアや技術の組織的取り込み、研究開発やマーケティングにおける国際的連携のしやすさなどがそれである。加えて、情報ネットワーク化自体が国境を越えて経済のオープン化を促し、市場経済化を推進してきた。経済の市場化とは、競り市の原理の普及に外ならない。それは、資本の原理に忠実に、会社の自由な売り買いさえ行う米国型のシステムの機動性、競争力を高める。資本の原理に則り、世界的に技術革新や利潤の種を容易に渉猟しえるからだ。米国が、自らの改革と情報化の中で形成しつつあるこのような国際競争構図の変化は、一言でいえば、本来的株式会社制度のより忠実な具体化ということに外ならない。それは、自由な経済活動を前提とした「市場原理」をより効率的に実現する方法でもある。資本の原理に忠実、すなわち、株主利益の最大化という本来的な株式会社制度の運営は、目的が単一、明快で効率化が容易であるからだ。利益は収益とコストの差がであるから、収益を伸ばすか、コストを下げるか、あるいはコストを上回る収益が期待できるものに事業のポートフォリオを構成してゆくか、それらの基準で、何を行うべきか、何をやらざるべきかがわかりやすい。それゆえ、グローバルなデ・ファクト・スタンダードとして浸透しやすく、国際競争力の構図を変え、そのリーダーとしての米国の優位性を高めているといえる。こうした変化に照らすと、米経済は、短期の成長パターンは脆弱化しているものの、その相対的経済力は、次世紀に入っても継続していく公算が高いと言えよう。
日本への示唆
この米国の変化と対照的に、我が国は、20世紀最後の10年が、「失われた10年」となりかねない状況に立たされている。バブル崩壊後のデットデフレの進行、その元凶である不良資産・過剰投資の整理がまず先決としても、同時に、米国がリードした世界経済の潮流変化を見据えた構造改革も進めていかなければ、経済の持続的回復への展望は開けてこないだろう。その最大のポイントは、民間部門の組織改革、コーポレートガバナンスの問題にまで立ち入った広範な組織改革であろう。米国スタンダードのグローバル化は、好むと好まざるに関らず、普遍性をもって浸透しつつある以上、そこへの組織的キャッチアップ、ないしは劣後しない組織への改変は不可欠であるからだ。ただ、同時に、その資本の原理に忠実に則ったシステムは、完全な優勝劣敗のシステムでもあるため、社会の安定性を損ない、経済の持続的発展を阻害しかねない要素も含んでいる。この点で、その補完装置の設定、提供という政府の役割も重要であり、民間の自由な活動にゆだねうるものは大胆に民間に委譲する中で、新しい役割に向けた政府部門の構造改革、少なくとも、その青写真を急ぎ呈示していく必要があろう。本年のクリントン大統領の一般教書演説でもっとも注目されたのは、財政黒字の使途も含めた社会保障政策に対する新たな提案であった。財政収支好転の過半を社会保障信託基金の立て直しに当てようとするものである。市場化の進展は、所得格差を広げ、その補完装置が不可欠になる。現下の年金改革を含む社会保障制度の改革、あるいは税制改革やより一般的な行・財政改革が、果たして求められる新たな役割と合致しているのか否か、もう一度検討した上で、政府部門の改革を進めていく必要があろう。
