北朝鮮危機について
富士通総研顧問(国際政治評論家)岡崎 久彦
1999年4月
最近、北朝鮮問題について危機が迫っているように報道されている。しかし、個人的見解としては5年前、すなわち1994年の米朝合意の時と事態は全く変わっていないと思われる。当時既に北朝鮮が原子爆弾2、3発を製造できる程度のプルトニウムを保有していたのは分かっていた。分かっていたがそれを見過ごしてやるかどうかが問題だった。そして結果として米国は目をつぶった。当時の米国防長官の議会証言にもあるように、北朝鮮との戦争になれば、100万人の人的犠牲が生じ、米軍の被害も極めて甚大になることが予想され、更に彼らの家族も巻き添えになる可能性も大きいことが指摘されていた。そして財貨の損害は計り知れない。したがって、妥協せざるを得ないというのが基本であった。宥和政策は良くないとの意見もあったが、戦争になった場合の米国の損害を想定した場合よりも良いということでまとめた。その代わりとして、北朝鮮の(プルトニウムの出る)黒鉛炉を閉鎖して(プルトニウムの出ない)軽水炉を作れということを要求したのである。そうした場合、北朝鮮が軽水炉を作ることに切り替えた場合でも、完成までに相当な時間がかかり、その間にもエネルギーは必要という。そこで代わりに重油を50万トン供与するということになった。結局、この50万トンの重油の費用は米国が負担することになったが、これは毎年米議会の議決がいる。これを過去4年間行ってきて、昨年の秋から米議会は継続してこの費用を負担することに難色を示し始めた。米朝交渉における進展がみられなければ、支出を打ち切るという姿勢を示し始めた。もし打ち切れば、米朝合意が崩れる。そういった事態なのである。
大勢は変わっていないものの、この5年間で変わったことは2点挙げられる。まず、この5年間で、北朝鮮における核兵器の開発が着実に進展していると見られること。そして第2に、昨年8月31日のテポドンである。これで、米国の姿勢が明らかに変化した。それまでは、朝鮮問題は国務省、中国問題はホワイト・ハウス、日本問題は国防省(ペンタゴン)という分業があった。それがテポドン以来、ペンタゴンの主流派が朝鮮問題に関わってきた。今年の国防報告によると、「冷戦が終了して初めて米国にとっての脅威が出現した」としている。したがって、TMDが必要ということになっている。これはある面で作為的な背景がある。国防費が減少傾向にあるということだ。名目の国防費は冷戦時の約2,500億ドルで変わらないが、この間の物価上昇、経済成長等を考慮すれば、そのGDP比、つまり実質的な金額は低下してきている。レーガン政権時にスターウォーズ計画に関わっていた国防省の人達は非常に人望が厚かったということもあり、彼らに同情的な人々も多い。結果として防衛産業と国防省の意向が一致してきているという背景がある。
CIA長官の議会証言によれば、94年に合意以来、キムチャンニというところに巨大な穴を掘っているということが確認されている。この穴は原子炉も収容可能かつ再処理施設も入る程の大きさと言われている。その施設のための水力発電施設もできつつある。したがって、米国はその穴の査察を要求している。また、「テポドン2」というミサイルが近い将来に完成することが見込まれている。これは、3つめの段階を完成すれば、300~400キロの生物化学兵器であればワシントンにも届く可能性があると見られている。そこで、ワシントンの議会は切迫感を持ち、昨年の9月の議会決議に基づく期限付きの交渉をクリントン政権は続けており、この期限が迫っているのが「危機」と言われる実態である。しかし、その危機感だが、実状としては原子炉完成までにあと3~4年かかり、ミサイル開発も2~3年時間がかかりそうだということが分かってきており、今年何とかしなければならないという緊迫した状況ではないらしい。まだ2~3年猶予がある。それをどう使うかという話である。その間に北朝鮮が崩壊するかも知れないため、時間稼ぎというのも意味がある。現在の米朝交渉はかなり煮詰まってきている。今度ペリー前国防長官が北朝鮮に行けば、交渉はまとまるような気配がある。米国の主張は、この穴を査察させろということだが、1回だけでなく、「何回でも」査察できるようにすることを要求している。ここを北朝鮮が受け入れれば良い。北朝鮮は100万トンの食糧を要求している。農作の技術援助まで含めれば、これも米国は受け入れる方向にある。ただし、米議会の決議の中に北朝鮮のミサイル開発を制限すべきということがある。しかし北朝鮮にその義務はない。そうした場合、結局、言葉上「当分の間ミサイル開発を中止」あるいは「当分の間ミサイルを南アジアに売却しない」といった言葉の綾で表面上、クリントン政権が議会を納得させるという形で米朝は妥協するというのが有力な見通しだろう。その妥協が5月中までには行われ、これにより一応危機は先延ばしされるというように私はみている。