悪化する地方財政
客員研究員(立命館大学教授) 白川 一郎
1999年1月
本文
相次ぐ財政危機宣言
98年年央以降、大都市を中心として財政危機宣言が相次いでいる。98年9月東京都の青島都知事が財政危機宣言をしたのを皮切りに、大阪府・神奈川県さらには愛知県も今年度の税収の落ち込みから赤字決算が避けられない見通しを公表した。その規模の大きさのゆえに大都市の財政危機が大きくクローズアップされているが、財政危機は何も大都市に限った現象ではない。地方財政全体が、いま急速に悪化している。
地方財政の悪化は、地方公共団体の借入れ残高の大きさと増加テンポに明瞭に反映されている。借入れ残高のほとんどは地方債である。つまり地方公共団体の借金が増大しているということになる。地方債残高の増加率が92年以降急速に増大していることは注目に値する。91年度まで一桁の伸びであったのが、92年度以降二桁の伸びを示しており、国債の増発度合いを上回る伸びを記録している。自治省のデータでは、今年度の補正予算も加味した地方の借入残高は、160兆円を越える見通しである。さらなる補正予算の実施を考慮すると、現実にはこの数字を上回ることは確実である。
一般に地方財政の状況を判断するうえで、よく利用される統計指標に公債費負担比率がある。一般財源に占める公債の元本・利子の支払いの比率を示したものである。自治省では、一つの目安としてこの比率が15%を越えると警戒信号、20%を越えると危険信号としている。利用可能なこの数字は96年度まであるが、地方財政全体としてこの公債費比率は、14%を記録している。ちなみに、大都市は17.8%、市町村は15%となっている。おそらく、ここ2年間の直近のデータを考慮すると、事態は一層深刻の度合を深めているものとみられる。
地方財政悪化の背景
こうした地方財政悪化の要因として、マスコミなどで大きく取り上げられるのは景気後退による税収の落ち込みである。たしかに、東京都・大阪府・神奈川県など大都市では、法人税収入のウエイトが大きいため、景気後退の影響をまともに受けている面があることは否定できない。しかし、すでに見たように財政危機に直面しているのは、何も大都市に限らない。企業の法人税収入に依存しない全国の市町村もまた深刻な財政危機にある。先に見た公債費負担比率が15%を越えている市町村はじつに全国の50.5%におよんでいる。
全国の地方公共団体が、共通して財政危機に直面している背景は何であろうか。それは、税収の落ち込みもさることながらバブルの時期に浪費したツケがまわってきたためである。この点は、情報公開がしっかり行われている岡山県の場合がその典型であろう。政府の景気対策にあわせて大規模な公共事業を行った結果、多額の借金を背負い、岡山県では昨年すでに財政危機宣言がなされている。筆者自身、公債費が市税収入を上回るという異常事態が続いている全国でも指折りの赤字市町村を、実際に訪れたことがある。やはり、最大の要因は92年から94年にかけて実施された大型の建設事業である。信じられないことだが、わずか35億円の市税収入に対し、バブル期間中250億円にのぼる箱モノが建設され、80億円強の起債がなされている。これが、現在過大な財政負担となっている。
バブル華やかなりし頃、右型上がりの成長が将来も続くとほとんどの人が見ていたと言ってしまえば、それまでだが、日本全国での巨大な箱モノの建設が現在に大きな負担を強いていることを考えると、その責任の多くは、現在の首長ではなく、バブル当時の首長にあるとも言えよう。その意味では、負担だけを引き継いだ東京都の青島都知事や大阪府知事の横山ノック氏には、いささか気の毒な面もある。
公共投資と地方財政の関係について、もう少し見てみよう。公共投資の実施主体を国と地方に分けてみると、圧倒的に地方公共団体の方が多い。地方公共団体が実施する公共投資の割合は、75%前後と高い。さらに、地方公共団体が公共投資を実施するにあたっては、国からの補助金をもとに行う補助事業と地方独自の財源にもとづいて行う地方単独事業の二つがある。この両者の関係を見てみると、90年代に入ってから一つの特徴が見られる。従来は、補助事業が多かったのであるが、90年代に入ってからは地方単独事業の方が増えているのである。同時に、この頃を境に地方公共団体の地方債の増発が見られる。このことは、90年代に入っての景気後退のもとで、政府の景気対策に協力する形で、地方が借金を増やしたことを物語っている。国に対する景気対策の協力のツケが、今地方の負担として重くのしかかっているのである。
綻びを見せ始めた現行の公共投資中心の景気対策
政府は、98年度当初の16兆円の景気対策に引き続き11月にさらに総額24兆円にのぼる緊急経済対策を公表した。このなかで、従来型の地方へのバラマキでなく都市型の公共投資が焦点となっている。都市型の公共投資とは、大都市における道路の拡幅・新規着工による渋滞解消をめざすものである。たしかに、一時期にくらべ地価が下がったことからやりやすくなった面もある。しかし、すでに述べたような大都市部における財政の危機的状況のもとにおいては、さらなる公共投資の積みましはほとんど不可能だし、地方公共団体にとっては自殺行為にも等しい。これまでの公共投資を中心にした景気対策が、地方の財政運営のなかで制度的にほころびをみせ始めていると言っても過言ではない。公共投資の負担については、地方債の金利も含め地方交付税という形で薄く広く日本全国に平準化するというやり方にも限界が出てきたのが、昨今の地方財政の現状と言ってもよい。
現在の制度のもとでは、地方公共団体が地方債を発行できるのは、将来世代の負担への分担という意味から投資的経費に限定されている。一方、現在の現金会計のもとでは、赤字が見込まれる地方公共団体は、公共投資の積みましによる地方債の発行によって一時的にせよ歳入を増加させることが可能である。その際、地方債の金利分についても地方交付税で国から面倒をみてもらうことができる仕組みになっている。こうした公共投資と地方債そして赤字の穴埋めというイタチごっこの関係が、これまで多くの地方公共団体が自らの切実な財政赤字の問題を直視する努力を殺ぐとともに、財政赤字の問題をさらに深刻化させてきたと考えられる。
現在、地方債の発行を投資的経費のみならず、一般の経常的経費にも利用できるいわゆる赤字公債の発行も可能にしようという動きが伝えられている。しかし、こうした安易な方法を取るべきではない。一度歯止めを失った公債の増発は、地方公共団体を際限のない借金地獄へと追い込めることにつながる恐れが充分ある。
本格的な行政改革への幕開け
こうした状況のもとで、地方公共団体にとっての正しい政策の選択の道は、結局抜本的な行政改革を進めることであると考えられる。東京都や大阪府において、すでに財政再建に向けての具体策の検討が進められている。また、神奈川県においても知事が今年のボーナス返上を決めるなどリストラに取り組む姿勢を世論にアッピールしている。大阪府などにおいても、人件費の抑制などが再建策の中心となっているように思われるが、すでに見たように今回の財政赤字の問題の根底には、コストを無視した箱モノの建設が強く影響していることを思い起こすべきである。地方自治体の人件費の抑制について、努力することはもちろん必要なことではあるが、アメリカのように、レイオフが制度的に保証されていない日本においては、自ずからその効果は限定的であると考えられる。人件費の抑制については、1970年代半ばの地方財政悪化の折りに抑制が図られ、人件費の見直しが行われたため、地方自治体の義務的経費である人件費は、90年代半ばにおいてもかなり低い伸びとなっているほか、歳出に占める割合も低下している。
やはり、見直すべきは公共投資とりわけ巨大な箱モノであろう。しかし、そうは言っても、地方自治体にとって公共投資を見直すことは必ずしも容易なことではない。何故ならば、公共投資が地方経済に占めるウエイトが、地域によりバラツキがあるとはいえ、かなり大きいからである。全体としての公共投資が地域GDPに占めるウエイトは8.8%であるが、多い所では島根県や沖縄県・鹿児島県のように20%弱にもおよんでいる。それだけ、地域経済において、公共投資に依存する形になっていることを示している。
しかし、そうであるからと言って従来どおりのやり方で地域へのバラマキが許される状況にないことはすでに述べた通りである。公共投資においても、正確な政策コストを明確に意識した政策運営が、地方においても要求される時代に入りつつある。日本においても、すでにいくつかの地方自治体において、従来型のやり方ではない新しい行政改革に着手しているところもある。その点は、地方公共団体の首長の認識を反映して、全くマバラな状況にある。例えば、有名なところでは、事務事業の評価システムを確立した三重県、現金収支だけでなく企業のバランスシートを含めた発生主義会計を導入した大分の臼杵市の例がある。
こうしたいわゆるニューパブリックマネージメントに依拠した新しい行政改革も、現行のように地方自治体の自主財源が乏しい状況のもとでは、その効果も限定的にならざるを得ないのではないかという指摘もある。たしかに、アメリカなどのように連邦制をとっている国では、税収においても自主権が確立しており、地方自治体の行政改革によって、行政サービスの効率化を推進し、州の税金そのものを軽減あるいは廃止することにつながっている。それによって、その州の企業の進出を促し地域経済の活発化の背景となっている例もある。
地方分権について、検討を重ねてきた地方分権推進委員会では主として機関委任事務についての改善が図られた。しかし、自主税源の問題についてはほとんど検討されていない状況である。地方自治体のコスト意識の確立にもとづいた本当の意味での地方行革を実現していくためには、自主税源の問題も近い将来避けて通れない問題として浮上してくることになろう。そうした制度上の大きな枠組みの問題はあるにせよ、今日地方レベルでの抜本的な行政改革を進める意味は充分あると考えられる。地方自治体が赤字団体になれば、過去の例をみても真っ先に削減されるのは住民に直結したサービスであることは間違いない。地方公共団体における表面上だけの改革は、高負担・低福祉という最悪の選択を地域住民に迫る結果を招来するおそれが充分ある。現在の地方財政の悪化が、地方レベルの本格的な行政改革への幕開けにつながれば、長い目でみれば、災い転じて福となすことも可能である。
