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経済を活性化するために金融システムはどうあるべきか
-イノベーション促進のための環境作り日本経済の高コスト構造とその克服への展望

客員研究員(明治大学助教授) 勝 悦 子

1998年10月

本文

不良債権の早急な処理と公的資金導入のルール確立の必要性

わが国経済はかつてないほどの低迷傾向が続いている。これは、昨年秋の金融機関の大型倒産以降の「貸し渋り」の顕在化、消費者マインドの冷え込み、世界的金融危機の影響など、複合的な要因によるものとみられる。このなかでも、早急な金融機関の不良債権問題処理が必要不可欠であることは論を待たない。バブル経済崩壊後92年の夏に不良債権問題が顕在化してからも、問題はその都度先送りされ、その後の景気低迷の影響もあって、本年1月に自己査定ベースで公表された都銀、長信銀、信託、地銀、および第二地銀の不良債権残高は、第二分類まで含めると77兆円に膨張した。銀行検査方式で欠損見込金を試算すると約40兆円、貸出金比率は6.8%となり、これは欧米の不良債権問題をはるかに上回る規模である。大銀行に問題が集中している点も、わが国不良債権問題の深刻さを示している。

わが国経済が景気低迷から抜け出すには、不良債権という「しこり」を取り除く必要があるが、問題はその手順である。昨年秋の北海道拓殖銀行の破綻からも明らかなように、株価急落等で信用度が急速に低下しインターバンク市場での資金調達が不可能となって、突然銀行が破綻するようなことになれば、善意の借り手をも淘汰してしまい地域経済へのデフレ圧力が急速に強まる。このため、「市場」の力が巨大となっている現状、市場での破綻宣告に至る前の段階で、破綻処理をすることがコスト最小化の観点からも重要なポイントとなる。またその過程で金融システムが動揺する懸念がある場合には公的資金を導入する必要がある。

8月21日政府は、長期信用銀行に対する破綻前の公的資金導入を発表した。これは、長銀のように資産規模が20兆円を上回るような大銀行の場合には「Too big to fail」の原則を政府が容認したことを示している。破綻によるマクロ経済への影響が大きすぎると判断されたことに加え、長銀が国際的に活発な業務を行っていたことから海外市場への影響を憂慮したものと思われる。とりわけ金利スワップなど巨額のデリバティブ取引を行っていたことは、信用リスク総額は想定元本よりも遥かに少ないとはいえ、もし一行でもデリバティブ市場から撤退すれば、その影響は決して小さくはない。加えて邦銀全体の信用度が低下し取引コストが増大する懸念もある。

公的資金の導入についてはそれが公的管理、ブリッジ・バンク方式いずれにしても、以下のような原則を確立することが必要不可欠となる。

第一は、決済システムの保全という大原則である。第二は、自己資本が過小の銀行については事実上の「解体」を原則として、経営者責任、株主責任を明確にし、経営規律を高めるというルールである。リストラを担保し経営規律を高めることが何にも増して重要である。第三は、検査結果の公表などの透明性の確保である。税金を投入するということであれば、投入された民間企業には当然経営内容を開示する義務が生じる。同時に、国民にとっては企業の行動を監視する権利が生じる。その意味で、事前にせよ事後的にせよ、取引実態を詳細に明らかにすることが政府の責務であり、アカウンタビリティは必ず確保されなければならない。これが民主社会のルールなのである。

中小企業金融拡充の必要性

不良債権処理を迅速に進めることが重要なことは勿論である。しかし金融機関のリスクテイク機能を向上させるにはそれだけでは不十分である。現在求められるのはリスクテイカーとしての銀行の本来の機能への回帰に加え、現在1,200兆円と言われる個人金融資産について、イノベーションの促進、成長産業育成のためリスク・マネーのチャネルをつけていくことである。提供される金融サービスは必ずしも十分ではないものの、大企業については信用力を背景に資本市場調達など直接的チャネルで資金を確保できる。しかしこれとは対象的に中小企業は資本市場にアクセスできない。このため中小企業に対して如何に金融をつけるかが重要なポイントとなる。
中小企業の活動が重要な理由は、第1にその経済における位置付けである。すなわち中小企業の総付加価値、総雇用に占めるシェアは非常に高く、中小企業の活性化が経済の活性化に直接的につながるからである。例えばアメリカでは、リストラの過程で大企業の雇用者数が急減しているのに対し、中小企業の雇用創出がこれを吸収し失業率の低下をもたらした。

第2に、「技術革新」を追求することにより成長のダイナミクスを維持できることである。シュンペーター流の考え方に従えば、経済成長とは起業家によるイノベーション追求の過程に他ならない。アメリカでは、マイクロソフト、ジェネテック、フェデックス、ヤフーなどのハイテク情報産業、バイオテクノロジー関連分野等におけるイノベーション産業が、経済全体の牽引役となった。大企業よりも中小企業の方が自由で独創的な発想が生まれやすいし、起業後爆発的な成長が実現すれば報酬も巨額になるというインセンティブがある。その場合、起業段階で如何に資金をつけるかが重要なポイントとなる。

成長企業と銀行仲介の重要性

信用力のない中小企業は、もともと銀行借入に大きく依存している。中小企業の業務や財務内容などの情報は投資家には不透明でありリスクが大きい。このため中小企業の証券発行コストは高く、直接金融よりも間接金融に依存する傾向がある。銀行は企業との間に長期的なリレーションシップを築いており、企業情報を決済情報などから幅広く得ている。このため適切な信用条件を提示することが可能であり、借入コストを低下させることができる。中期的に中小企業経営のモニタリングを行い、信用条件を機動的に変えることにより、企業の成長にも貢献できる。情報生産者としての銀行は、審査のみならず、資金調達者の行動が約定された条件を満たすものであるかを監視し、違反する行動があった場合には債権管理などの必要な対抗措置を採ることができる。情報の非対称性のなかで、銀行は預金者等の資金提供者の代理モニター(delegated monitors)の機能を有しているのである。

過去20年間に情報通信技術の飛躍的な発展、金融規制の緩和、金融技術の高度化などが実現したなかで、大企業金融は「銀行離れ」が顕著であったものの、このように特異な機能を銀行が有しているため、中小企業金融においての銀行の役割、とりわけ地域に密着したコミュニティバンクの役割は依然大きいのである。もっとも、信用格付け技術の発達のなかで中小企業金融のコストは低下しており、アメリカではファイナンス・カンパニーを含むノンバンクの中小企業貸出市場への参入が近年著しく銀行との競合関係が強まっていることにも留意する必要がある。

一方、企業の成長サイクルによって金融の形態は大きく異なる。企業の成長の初期段階においては、当該企業の成長性が不確実であるため外部資金への依存度が低く、内部資金、企業信用、およびエンジェルファイナンスに大きく依存する傾向がある。企業が成長するにつれ、エクイティ(ベンチャーキャピタル等)、デット(銀行、ファイナンス・カンパニーなど)へのアクセスが可能となる。成長の最終局面で、株式公開(IPO: initial public offer)に至る。

日米の中小企業金融の相違

わが国の場合中小企業金融は、デット形態(借入、企業間信用)が8割以上を占めているのが特徴で、銀行融資の4分の3以上は不動産担保融資である。これに対しアメリカでは、エクイティとデット双方にほぼ半々ずつ依存している。エクイティのうち、自己資金のシェアが最も高く、次いで創業者の他のメンバー、友人、家族等の資金のシェアが高い*。巷間言われているようなアーリー・ステージで直接資金供給を行うエンジェル・ファイナンスやベンチャー・キャピタルはむしろ限定的であり、アメリカにおいても間接金融の役割が大きいことが指摘できる。

それでも日米の中小企業金融は、企業成長の萌芽期における金融機関の役割という点で大きく異なる。アメリカにおいてはエンジェル・ファイナンスやベンチャー・キャピタル形態の資金調達のシェアは相対的に小さいものの、新規企業育成の初期段階でそれらが大きな役割を果たしている。エンジェル市場はもともと非公開のものであるが、近年大学などの非営利団体が中心となって企業情報のネットワーク化が進行している。中小企業庁(SBA)は、これらのエンジェル・キャピタル・ネットワークをリンクさせ、ACE-netと呼ばれるシステムを構築している。一方ベンチャー・キャピタルは(1)スクリーニング(事前審査)、(2)コントラクティング(契約)、(3)モニタリング(事後監査)など金融仲介の機能を果たすだけでなく、経営にも積極的に関与している。ベンチャー・キャピタルの8割は独立系の有限パートナーシップ制の会社であるが、その資金源の4割以上は年金基金で占められており、年金資金がリスクマネーの重要な供給源となっていることが指摘できる。

これらベンチャー・キャピタルは対象企業を厳選しており、厳格な技術審査のもとで極端に高い潜在力のある企業にしか投資しない。ベンチャー・キャピタルファンドは通常10年のライフスパンであり、その最終目的(収穫)は株式公開(IPO)である。その場合リターンは非常に大きいが、IPOにまで至る企業は必ずしも多くはない。他の企業へ売却できればセカンドベストで、清算に追い込まれるリスクもある。すなわち開業後株式公開ができない場合、如何に資金を回収するかが重要なポイントとなる。投資資金の回収については、アメリカにおいてはM&Aが活発であるのに対し、わが国では投資資金回収の手段が十分ではない。またわが国の場合、株式公開が企業の究極的目的とはなっておらず、むしろ事業拡大のための資金調達ニーズが高い。このような風土の違いもあってわが国の新規開業の開業率および廃業率はアメリカに比べ相当程度低い水準にとどまっている。また株式公開までの期間は、アメリカでは創業後5 - 7年であるのに対して(NASDAQ上場企業平均)わが国では97年で平均26.2年(店頭登録企業平均)と両者の違いは際だっている。すなわち、わが国中小企業金融においてはベンチャーキャピタル育成のための市場整備も重要な課題であるのはもちろんであるが、わが国の企業風土を考慮に入れるとむしろ間接金融、とりわけ銀行の機能強化が重要なポイントであると言えよう。

一方アメリカでは80年代末から90年代初めクレジットクランチが顕在化し、中小企業借入が非常に困難であったが、中小企業庁(SBA)の保証プログラム融資が機能し、ファイナンス・カンパニーが主要な貸し手となるなど貸し渋りを軽減した。政府保証は銀行のリスクアセットを減少することもでき、合理的なオプションであると言える。

* アメリカにおいても中小企業の情報、データは限られたものであったが、National Survey of Small Business Finances、93年以降のコール・レポート、およびCRAデータの公表などで、近年データの蓄積は充実してきている。

成長産業育成のための環境整備

日米の相違も考慮に入れると、わが国で新たな成長産業を育成するためには、金融仲介面では以下のような施策が必要であろう。

第1は、わが国の特異性からみて最も重要なポイントであるが、銀行の中小企業金融の機能強化、モティベーションの向上を含む銀行の自己改革、本業への回帰である。従来日本の銀行は不動産担保貸出の比率が極めて高かった。新規企業が固定資産に乏しい現状に鑑みれば、不動産担保主義から決別し、動産、売掛け債権担保、在庫担保金融など、起業家の資金調達を容易にするような様々なスキームを工夫すべきである。また中小企業貸出債権の証券化を促進するような環境整備も必要であろう。

第2に、政府保証の活用である。貸し渋りが顕在化している現状、政府系金融機関の融資枠は急激に拡大しているが、そうした国民的コストの高い貸出だけではなく、公的保証の枠を拡充し、機能を向上させ、民間金融機関、ファイナンスカンパニーを通じた融資の拡大を積極的に行うべきである。とりわけ次世代産業である情報通信ベンチャー企業に対しては、先進技術を開発している企業を選定するなどして、ロイヤリティ収入、売掛金などを担保に、国の機関が債務保証を行うなどの工夫も検討すべきであろう。

第3に、ベンチャー・キャピタルへの年金基金の活用である。わが国では個人金融資産が1,200兆円と巨額であるものの、その多くは銀行、郵貯、年金に滞留している。銀行仲介が機能不全に陥っている現状、成長産業育成のためには銀行以外のチャネルを確保することが必要となる。その場合、年金基金の運用については、受託者責任を法的に明確に規定する必要があろう。

第4に、エンジェル活動を円滑にするためのネットワークの構築である。起業家と投資家のマッチングを図るコーディネーターの役割を公共機関が担うこともひとつのアイデアであろう。さらにはエンジェル税制(特定中小企業が発行した株式にかかる譲渡損失の繰越控除等の特例制度。平成9年度税制改正)など税制面での支援も引き続き図っていく必要がある。