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日中環境協力に寄せて

東京工業大学教授 渡辺 利夫

1998年10月

昨年6月の財政構造改革についての閣議決定により、わが国の政府開発援助(ODA)の予算が今後3年連続して減額されることになった。とくに98年度については10%以上の削減である。これは歳出項目の中で最大の削減率である。誠に残念なことである。

日本は苦しい財政状況のなかにありながらODAだけは例外的に減額を認めなかったというのであれば、世界は日本を高い志をもったODA大国だと認めるであろう。日本もまたODAに寄せる高い志を世界から評価され、そうして初めてODAが日本の最有力の外交手段となるのであろう。このような次第で、ODAの大幅削減は改めて実に残念なことだといわなければならない。この気分を私は今後も再三にわたって表出していきたいと思う。しかし同時に私どもが考えるべきことは、ODAの量的な拡大が難しくなったという現下の実状を見据えて、日本のODAの実効性をいかに高めるべきかという問題であろう。

この点で議論しなければならないことは多様であるが、以下、日本のODAのすでにして最大の受入国であり、将来ますますそうなるであろう中国に対する日本のODAのありかたを事例に取り上げて私の考え方を申し述べてみたい。

日本のこれまでの対中ODAの多くは、電力を中心としたエネルギー供給部門、鉄道・道路・港湾などの運輸部門などの産業インフラ部門に重点的に向けられてきた。改革・開放期の中国の経済成長率がインフラの増加率を大きく上回り、インフラが中国経済の順調な発展を阻む深刻なボトルネックとなって顕在化したからである。しかし、エネルギー部門や運輸部門などのボトルネックは、中国の経済成長率が高過ぎることによって生じた部分がかなり多い。そうであれば中国は、その成長率をインフラの供給能力に応じた水準にまで抑制することがどうしても必要であり、これは中国自身がなさなければならないことである。

加えて、中国の産業インフラの建設能力は現在では決して低いものではない。実際、長江流域ですでに開始されているあの巨大な三峡ダムの建設技術と建設資金のほとんどは中国の国内で調達されている。ましてや道路・鉄道・港湾・発電所などは、中国が経済成長率をもう少し抑制すればその建設は国内で十分に可能だと私は思う。

したがって、日本のODAはこうした中国の「自助努力」によって建設が可能な分野から少しずつ身を引き、逆に中国の自助努力によってはいかんともし難い、しかし開発上さらには福祉面でみて重要なプロジェクトの方に次第に重心を移していくべきであろう。その代表的なものが環境関連ODAである。中国の環境問題はきわめて深刻であり、これを現状のままに放置しておけば取り返しのつかない悲劇的な事態が中国国内で発生することが懸念される。

エネルギー消費の増大にともない、中国では硫黄酸化物、窒素酸化物、二酸化炭素などの排出量が劇的に増加している。とくに硫黄酸化物は大気汚染の主要な原因であり、酸性雨の原因となって周辺国にも厄介な問題を引き起こしつつある。中国の硫黄酸化物の排出総量は日本の20倍以上であり、その汚染濃度は日本の4倍以上である。

中国政府もようやくにして環境問題の重要性についての認識をもつようになり、5ヵ年計画の支出の一定比率を環境保全のために充てることを表明するまでになった。しかし、中国は環境保全というコンセプトを長らく薄くしかもってこなかったために、環境技術の水準は誠に低く、企業や住民の環境保全意識はまだまだ不十分である。したがって環境保全技術を開発し、これを普及していくことには大きな限界があるといわざるを得ない。環境保全のための、例えば火力発電所に脱硫・脱硝のための設備を設置するのには膨大な資金が必要である。中国の地方政府・企業・住民にとってみれば、まだまだ開発の方が優先度が高く、環境保全は副次的な重要性しかもってはいない。それゆえ、環境保全のために膨大な支出をすることをよしとしない。日本のODAはどうしてもこの環境保全のための協力に重点を移していかざるを得ないのである。

昨秋訪中した橋本総理(元)が「21世紀に向けた日中環境協力」構想を提示し、この提案が中国側の賛同を得たことは、上述の観点からして大いに評価されるべきことであろう。そこでは二つの提案がなされた。一つは、中国全土の主要都市を結ぶ環境情報ネットワークを形成し、環境問題のモニタリングを行い、そのシステムづくりのための技術と資金を日本が供与すること、である。もう一つは、複数の環境モデル都市をつくり、この都市で日中双方で集中的な環境保全努力を行うこと、である。

私はこの8月上旬、日中環境協力の仕事のために北京と重慶直轄市に行ってきた。私が訪れたのは、後者の環境モデル都市をいかにしてつくるかを検討する日中合同会議に日本側代表として出席するためであった。モデル都市としては、重慶直轄市、貴陽、大連の3都市、協力対象としては大気汚染分野がこの日中合同会議で決定された。中国の環境問題の解決はなおはるかな課題である。しかしその解決に向けて日中協力の、少なくとも第一歩を記すことができたのではないかと自負している。