嵐の前の静けさ? 微妙な日米関係の新しい様相
富士通総研顧問(国際大学学長) ジョージ・R・パッカード
1998年7月
1998年の夏に、宇宙人が地球に着陸し、地球とそれを構成する国々の状況を目の当たりにしたと想像してみよう。その宇宙人は、米国と日本が地球上で2つの経済大国であり、平和な民主主義国であることを即座に学ぶことだろう。57年前には流血の戦争をした2国ではあるが、お互いの違いを受け入れた上で軍事同盟を結び、ロシアとその衛星国に対する冷戦に勝利した。今日、両国は世界貿易を支配し、ハイテクの世界では他国に先んじ、その国民に対しては高い生活水準を可能にしている、と。
宇宙人の観察は、表面的には正しいだろう。確かに、両国は様々な問題を克服してきた。過去3年間に、激しい自動車協議は一応棚上げとなり、コダックと富士フィルムの抗争は新生 世界貿易機構(WTO)の介入により解決されたし、1952年に締結された民間航空協定の改正をめぐる交渉は、ユナイテッド航空と全日空が新しい友好関係を作ったため平和裡に解決された。貿易摩擦のニュースが両国の新聞の一面で取りざたされることもなかった。
草の根レベルでは、生活のレベルに拘らず日本人もアメリカ人も、お互いに尊重しあってきた。例えば、4万人のアメリカ人が日本語を学び、少なくとも同数の日本人がアメリカに留学し、多数の日本人が観光に米国を訪れている。寿司と酒は多くのアメリカ人にとってトレンディーな飲食物である。それでは何故、将来の日米関係を憂える必要があるのか?
水面下ではこの平穏を脅かす3つの兆候が潜在している。その兆候は、宇宙人は見過ごしてしまうが、過去100年の歴史に詳しい者にとっては深刻な不安材料となる。
第一の兆候は、米国と中国が、一段と友好的な関係に移行しようとしていることである。6月に予定されているクリントン大統領の中国訪問は、江沢民主席の昨年10月のワシントン訪問を受けたものである。クリントンにとっては、ホワイトハウスを取り巻くスキャンダルから国民の目をそらすものであり、アーカンソー出身の政治家から、「世界のリーダー」としての地位を得る絶好の機会である。また、江沢民にとっては、中国の国内経済があらゆる問題を抱えていても、世界のリーダーと交際することにより名声を得ることができる。この2人のリーダーは、貿易、投資、人権等多くの問題を解決したが、両国民から不平の出る恐れのある他の問題から目をそらさせることに成功した。軍隊の高級将校や、政治家、ジャーナリスト、教育者達の親善訪問は、両国の更なる歩み寄りを強調することとなった。
米国と中国が友好関係にある時、米国と日本の関係が悪化するということに宇宙人は気付かなくても、歴史を学ぶものにとっては容易に察しの付くところであるし、その反対も真なり、である。
現在もそんな兆候がある。米国は「中国との戦略的パートナーシップ」を結び始めている。クリントンの側近は短い論議の後、クリントン大統領は北京訪問の前にも後にも日本訪問をすべきではないとの結論に達した。また、この決断に対して米国の日本に対する冷遇措置と日本は受け止めるべきだとの意志表明もした。さらにホワイトハウスは、韓国の金大中大統領に対しては6月のワシントン訪問を歓迎しながら、橋本首相に対しては、少なくとも7月の参院選を終わるまでは会わないとの意向を固めている。
日本に対するクリントン政権の苛立ちは、国際情勢に関する雑誌では米国で最も権威のある『フォーリン・アフェアーズ』誌5-6月号に掲載された論文に端的に表されている。筆者はエドワード・リンカーン博士で、氏はクリントンの一期目にウォルター・F・モンデール大使の経済関係の相談役を務めた人物であり、モンデールとクリントンの意見をうまく代弁する人でもある。リンカーン博士の論文の一部を紹介する。
「…米国は日本との関係について、より鮮明な警告を送らなければならない時期に来ている。両国関係には幅広い事項にわたる事前調整も含まれているが、米国の官僚はこれを一切止めてしまうこともできる。会議をキャンセルしたり、もらった電話を返さなかったり、米国の政策変更に関する事前の通知をしなかったりして、日本がもはやグローバル・パートナーではないというメッセージを送ることもできるのである。世界第2位の経済大国に対してかなり高圧的な措置にみえるかもしれないが、現状では、全世界を破滅させようとしている日本の軌道を修正できる唯一の方法であろう。…」
この記事に対してワシントン・ポスト紙は、5月5日付の社説で、「日本襲撃(Kicking Japan)」と題して反論している。ポスト紙の論旨は次の通りである。
「…友人が困っている時に、その横面を殴るのか? 日本に対する米国の最近の態度はこれに近い。1980年代の日本の傲慢さを思えば妥当な態度ともいえようが、このような態度は優れた政策を産み出すものではない。日本は時にはしゃくにさわる友人であるかもしれないが、友人は友人である。それを忘れることが正しいこと、ましてや賢いこととは思えない。…」
ポスト紙の警告にも拘らず、多くの米国政策立案者はリンカーン氏を支持しており、日本の経済危機を、借りを返し、また彼等が長い間待ち望んでいた変革を日本にもたらすチャンスとして捉えている。クリントン大統領、ルービン財務長官をはじめ、米国の全リーダーはいかに国内経済を立て直すべきかを日本によく教えるべきだと感じているようである。
これは2つ目の不吉な兆候と結びついている。クリントン政権は、1997年のインドネシア、タイ、韓国における経済崩壊、及び自国の景気後退に対する日本の対応の遅さに苛立っている。ホワイトハウスは、支出増大と減税の総合的政策により日本経済を刺激するという努力を4月になるまでしなかった橋本政権の行動の遅さに対して頭をひねっている。しかもこの対策が功を奏さないとみている向きも多い。力不足であった村山首相の後継者として、押しが強く影響力のある首相だと期待されていただけに、橋本首相のこの弱点を知り驚きを隠せない者も多い。
ゴールデンウィーク中に多くの日本の国会議員がワシントンを訪れ、様々なシンクタンクや外交政策研究所のメンバーと会談を持った。ワシントンのベテランの観察者から賞賛を一身に受けた政治家は、野党党首の菅直人氏であった。菅氏は質問にはっきりと率直に答え、橋本首相が提案しているよりも恒久的で大規模な減税を推奨し、日本の麻痺した官僚制度を批判するなどして、聴衆を魅了した。菅氏は、頑固かもしれないが、在ワシントンの多くが現自民党指導者よりもコミュニケーションを取り易い人物だと感じている。
3つめの不吉な兆候は、増大しつつある米国の対日貿易赤字である。もし今の傾向が続けば米国は、記録的な世界的経常収支赤字と、1980年代中期の膨大な赤字と同じくらいの、いや、それを上回る対日貿易赤字を出すことになる。1998年5月現在、米国には低金利、高い企業収入、低い失業率、好景気の株式市場等の好条件がそろっており、貿易赤字は今のところは耐え得る数字である。しかし、米国は1989年に日本に発生した「バブル経済」に似た現象を経験しているのだとする専門家が増えている。もしこのバブルが崩壊すれば(すべてのバブルは崩壊する)、日米の貿易不均衡は1999年には深刻な問題になるだろうと警告している。
具体的にいうと、米国の官僚は、アジア経済が危機に突入した時に日本はそれらの国々から十分な物資を輸入しなかったとして日本を批判している。日本経済が不景気から脱していないため、中国やアジアの新興国から輸入をするという負担は米国にかかってくる。クリントン政権関係者にいわせれば、これは日本の責任回避、あるいは自己中心主義以外の何物でもなく、日本が輸出増加で不況を脱出することは是非とも避けなければならないと考えている。
この感情は米国議会に浸透しており、議員達はその苛立ちを一斉に日本に向け始めている。1998年11月の中間選挙の後、1999年前半には、新議会が対日貿易赤字対策に新たな政策を打ち出すことも大いに考えられ、その中には、純粋な保護貿易政策も含まれるかもしれない。
宇宙人は、1980年代に生まれた苦い対日感情や怒りが、今もって残っていることが理解できないだろう。ヴァン・ウォルフレンやファロウズといった「リビジョニスト」はその信用を失墜したが、彼等の残した有毒ともいえる遺産は水面下に浸透し、官僚社会と議会の奥深く今も尚、有害な影響を及ぼしている。このように米国の官僚や政治家の中には、日本が「新しい敵国」であり、米国産業を破壊したり、米国の労働者の職を奪ったりするのを防がなければならないとし、両国間の「恒久的な」貿易赤字解消のためには、日本が攻撃の対象にならなければならないのである。
日米関係に影を落とすこれらの不気味な兆候は、どうしたら防ぐことができるのか? まずは大統領と首相が首脳会談で、新しくより安定した、冷戦後時代にふさわしい日米関係を構築することである。
破壊されたアジア経済の立て直しは、確かに日米両国にとって多大な利益が生ずる。互いに歩み寄って、IMF、APECやWTOの強化、改革に共同で努力すべきである。朝鮮半島の平和的再統一についてもより密接に両国の努力を統合し、貿易不均衡への対応策も協力すべきである。両国の関係を改善してこそ、敵対意識の強い官僚をしてこれらの問題を解決させることができるのだ。
民間セクターができることも多い。米国で成功した日本企業は、自らを「アメリカナイズ」することで今の地位を築いた。つまり、地元の経営者や労働者を起用し、地元原産のパーツを用い、その土地の善良なる市民になったことである。トヨタやホンダ、SONYといった日本企業は、日本企業として認識されることは少なく、多くのティーンエイジャーは、日本企業だとは知らないほどである。
しかしながら、他の日本企業は不透明で不可解、冷淡な「略奪者」としてみられている。そういった企業は「人間らしく」する努力が必要だ。米国の市場に進出する日本企業は、ありがちな偏見を取り除くためにも、役員に有能な米国人を加えるべきだと、私は長い間信じてきた。IBMは槙原稔氏を、SONYはブラックストーン社のピーター・ピーターソン会長をそれぞれ役員に就任させたことで良い前例を作ってくれたが、それに倣う企業はまだまだ少ない。
国籍の違う者で役員を構成することにはいつも、言葉の違い、旅費の負担、また誤解を招き易い文化の違いがあるという反対意見が出る。すべて真実ではあるが、これらの問題は必ず克服できる。若干の努力は必要だが、その見返りは大きい。海外に出店している企業は、熟練した地元の役員の助言によって、文化の違いから発生する不必要な出費を防ぐことができる。また宣伝効果は相当なものである。
民間からのリーダーシップは、日米関係の改善に必要不可欠である。大量殺人兵器、発展途上国での病気・貧困、テロリズム、AIDS、ドラッグや犯罪といった、解決に時間を要し、かつ両国に共通の様々な問題は、新しい賢人会を作って取り組むべきである。「黄金の」1950年代、60年代を経験していない若いリーダー達に、日本と米国は切り離せないものなのだという単純な事実を教えなければならない。両国は協力しあうことによって、ほとんど何でも成し遂げることができるが、今協力関係を築かなければ永久に取り返しがつかない。
結論として、日本と米国は地球上のどの2つの国よりも密接で同じ価値観・希望を抱いているのである。良い時代・悪い時代を通して培ってきた経験を共有し、それにより前進する知恵も持っている。両国とも、高等教育がより良い生活水準をもたらすと信じている。両国は、国民の日常生活を想像も付かないほど豊かにしてくれるインターネット、パーソナル・コンピュータ等ハイテクの先駆者である。文化は違うが、補い合うことができる。
宇宙人でも、このことには自分で気付くに違いない。しかし、ワシントンと東京にいる我々のリーダーは気付いているだろうか?
