通信業界再編について
富士通総研研究顧問(慶應義塾大学教授) 林 紘一郎
1998年4月
本文
再編の急展開
わが国の通信サービス業界で、再編成の動きが急である(図表1参照)。昨年11月に長距離サービス第2位(NTTを除く)の日本テレコムと、国際サービス第3位のITJ(日本国際通信)が合併して、新しい日本テレコムとなった。1980年代末まで国際分野を独占してきたKDDは、長距離第3位のテレウエイとの合併を視野に入れた交渉を行っている。
図表1 通信業界再編の動き
国際分野で残る1社のIDC(国際ディジタル通信)は、かねてから技術協力を仰いでいたNTTとの提携交渉に入った。DDI(第二電電)は、長距離第1位の実力と、携帯電話での強みを持つものの、モトローラ社との共同事業であるイリディウム計画に命運を賭けるのか、別のパートナーをも探すのか、岐路に立たされている。
一方、3分10円という壁を超えられないできた、ローカル通信会社のTTNetは、割引サービスの導入と大宣伝という賭けに出た。上記各社はいずれも、TTNetの足周り網に関心を示しているので、次のアライアンスの眼になる可能性が高い。
こうしたキャリア間の提携の動きのなかで、出資者の動向も気になるところである。従来の「事実上の市場分割」行政の下で、国際・長距離・ローカルそれぞれに投資先を決めてきた出資者は、アライアンスの展開につれて見直しを迫られている。とくにIDCとテレウエイの大株主であるトヨタの動向が注目されている。
これらはいずれも、1999年夏に予定されているNTTの再編成と、国際分野への進出を念頭においた生き残り策だと伝えられている。確かに、1985年の通信の自由化以降の歩みは、NTT対NCCという図式できた。しかし現在起きつつある再編の動きには、そうした簡単な図式化では割り切れない側面があるようだ。
そこにはグローバルな視点が、欠かせないからである。
グローバル市場における3つのグループ
1980年代半ばから世界的な規模で展開された、通信ビジネスの自由化と独占事業体の民営化の波は、1990年代に入ると新たな局面を見せ始めた。それは従来ナショナル・フラッグ・キャリアの地位にあった大企業相互間の提携による、メガ・キャリア化の動きである。時あたかも、マルチメディアのフィーバーと一致していたので、放送やエンタテイメント業界における同様の傾向と同じく、「いよいよメガ・メディアの時代到来か」と騒がれた。
主なアライアンスは、次の3組であった(図表2参照)。
図表2 グローバル・アライアンス
1.イギリスのBTとアメリカのMCIによるConcert構想 ??
3つのなかで一番早く、かつ概念が明確であった。また通信量が最も多い大西洋を繋ぐという意味でも、イギリス勢力のアメリカ上陸という意味でも、注目された。しかし単なる提携を超えて、BTによる完全買収交渉に代わって以来、価格をめぐる意見の違いが露呈し、遂にはWorldComという新興のキャリアが、MCIを買収することになって、このアライアンスは挫折した。
2.ヨーロッパ大陸の2大勢力ドイツ・テレコムとフランス・テレコム、それにアメリカのSprintが組んだGlobal One。各々が国際も市外も市内網も保有する、エンド・ツー・エンドの事業者であるところが強みである。しかし主導権を誰が握るかについては、今一つはっきりしない。
3.AT&T主導の比較的緩やかな結合、World Partners。参加国とメンバー会社の数では他を圧している。しかし在来型のナショナル・フラッグ・キャリアの仲良しクラブ的性格も残しており、実効性に疑問があった。加えて主導者のAT&Tが、次期会長人事で不安定であったため、あまり機能していなかった。
エンド・ツー・エンドとワン・ストップ・ショッピング
何故このようなアライアンスが必要なのだろうか?
その答えは、次のような頭の体操をしてみるとハッキリする。今あなたが大企業の通信担当で、東京・ニューヨーク・ロンドンの3ヵ所の拠点を専用線で結んだ、グローバル・ネットワークの構築を命ぜられたとする。あなたには、どれだけの選択肢があるだろうか?
まずキャリアの選定から見てみよう。東京側のローカル網は、NTTかTTNetのいずれか。長距離は、NTT、DDI、JT、TWJのいずれか。国際は、KDD、IDC、ITJの内から選択。この組み合わせだけで、2×4×3=24通りの組み合わせがある。この数は、ニューヨークでもロンドンでも似たりよったりだから、全部の可能性を掛け算すると、おそらく1000通り以上の組み合わせが、あなたの手元にあることになる。
以上はキャリアの選定だけの話で、各キャリアは専用線のメニューを幾つも持っているから、このいずれかを選択することも、あなたの仕事である。これを掛け算に加えると、あなたは何千という選択肢のなかからたった1つを選ぼうとしているのだ。
かって1国1キャリアで、そのナショナル・フラッグ・キャリアが国内を独占すると同時に、公認のカルテルを組んで国際通信も独占していた時代には、あなたの交渉相手は1つしかなかった。だから料金などの条件を交渉する余地もなかったが、仕事は簡単で、東京・ニューヨーク・ロンドンの専用線の手配も、ナショナル・フラッグ・キャリアに任せきりで済んだ。
1980年代後半から1990年代にかけて進んだ自由化・規制緩和の嵐は、この安定した秩序を根底から覆えしてしまった。通信も一般のビジネスと差がないことになり、選択の自由と不自由とが同時に襲いかかってきたのである。しかも通信の特性は、その両端がつながっている点にある。東京側だけが開通しても、専用線は何の役にも立たない。
このことは、キャリアの側から見ても同じ問題である。加えて彼等の側には、もっと深刻な問題がある。それは通信料金が長く「タリフ」という認可料金表で定められてきたため、大得意に対して特別割引をする、という慣習がなかったことである。その分、大得意からコストを大幅に上回る料金をいただき、低所得者や過疎地のサービスを助けていた訳である(いわゆるユニバーサル・サービス)。
しかし競争の時代になると、この構造は維持できない。大得意がコストを大幅に上回る料金を払っていることが疑いないなら、そこに競争のターゲットが集中することになるのは当然であった。したがって今まで取引を維持してきたキャリアは、この大得意に特別な割引を行ったり、一般ユーザーには提供していない特別なサービスを提供して「囲い込み」を図る。競争者も、これに負けじと新しい提案をする。
このような特別なサービスとして脚光を浴びているのが、上述のようなニーズに応えるOSS(One Stop Shopping)である。これはユーザーのニーズに合わせて、一人のセールスマンにコンタクトしさえすれば、彼(または彼女)が世界中のキャリアと連絡を取って、専用線などの需要に応えましょう、というものである。
ユーザー側から見れば、少しくらい料金が高くても、先に述べたような面倒がなくサービスを受けられるのであれば、取引費用の節減効果の方がありがたい、という場合が多い。
ワン・ストップ・ショッピングからワン・ストップ・メンテナンスなどへ
かくして通信のエンド・ツー・エンドが確保できたとしても、それは開通までのことで、本当のサービスは、日常の保守や料金事務などである。たとえば、先ほどの専用線が不通になったとしたら、あなたは誰に連絡すれば良いのだろうか。もちろんまずは国内のキャリアにクレームをつけるのだが、故障が相手側だったとしたら?
このような場合キャリア間で連絡を取り合い、相手国の勤務時間内に修理する、というのが通常のサービスである。しかし、あなたの専用線には重要な取引データが行きかっており、一刻の猶予もならない。特別の契約をしても良いから、ネットワークを常時監視して、迅速な修理・回復を約束して欲しい。このようなニーズに応えるのが、ワン・ストップ・メンテナンスである。先の3つの国際アライアンスの内、BT=MCI連合が目指していたのは、この側面であった。
また請求書の一本化という、一見つまらない事柄も、ワンストップ・ビリングとして新サービスになりつつある。電話の請求書は、電話会社の事務処理の平準化のため、暦月とは違ったサイクルで発行されることが多い。したがって多数の回線を持っていると、請求書がバラバラに届くことになる。ましてや、外国のキャリアが入っていると、その管理は無視できない繁雑さである。キャリアにこれを代行してもらいたい、というのが、ユーザーの希望であろう。
インターネットへの対応
以上に述べてきたところは、すべて在来の電話を中心とした世界であったが、今後急速な成長が見込まれるインターネットへの対応についても、アライアンスの動きは強まることはあっても、弱まることはないだろう。
なぜなら、一方でインターネットは、ユーザーが自分でネットワークを管理する自由を生みだしたが、片方で「餅は餅屋」という必要を高めるからである。その意味では、WorldComのMCI買収は、電話志向というより、インターネット志向のアライアンスであることに注目したい。
現在の「インターネット電話」は、音声通信という大きな存在の陰に隠れた、マイナーなものにすぎない。しかし将来はデータ系の通信が主役で、音声もデータの形でその中に包含されてしまうだろう。その時主導権を握るのは、これまでの電話会社だろうか、まったく新しく登場するプレーヤーだろうか。
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