何でもない事か大事な事か
富士通総研顧問(国際政治評論家) 岡崎 久彦
1997年10月
日米防衛協力のガイドラインの最終報告がやがて発表される。大筋は6月に発表された中間報告ですでに決まった所と大きな違いはないのであろう。6月の中間報告を読めば、朝鮮半島など極東の有事を考えれば、アメリカとしてはせめてこれだけは必要だというギリギリの線であろうし、他方、現在の日本の国内政治情勢から言えば、日本の政府が出来るギリギリの最大限であると考えられるからである。
かつての冷戦時代では、日本はソ連の脅威に対抗することが至上命令であった。ソ連が侵攻して来た時には、これに対してアメリカとどういう風に協力して対抗するかが従来のガイドラインの課題だった。そして、日米同盟は冷戦の試練は乗り越えた。ところが冷戦が終わってみると、安保条約締結当初の主要な問題だった朝鮮半島と台湾海峡の問題が再び表れ出て来た。これが、最近よくいわれる「周辺事態」の問題である。
そこで問題となるのは有事立法である。たとえば、自衛隊が日本に対する侵攻から守るために防衛出動する時は、民間の土地や物資を使用しても良いという法律はあるが、米軍の行動を支援するために同じ事をしても良いという法律はないから、新たに作らねばならない。米軍に対する燃料の補給などは、平時の演習の時は出来るように去年法律を作ったばかりであるが、これも戦時に使えるように法律を改正しなければならない。経済制裁のための禁輸を実施するためには、外国の船舶を監視し、検査する任務を海上自衛隊と海上保安庁に新たに付与するように法律を改正しなければならない。
その他にも、まだまだ法律の改正が要る。とくに大事なのは、地方自治体に対して、中央政府が命令する権限を強化しなければならない。
安保条約上は、アメリカの船舶は、日本のどこの港にも入港できる事になっているが、実際はそうではない。それぞれ港に入る前に入港許可が要るが、その許可を発出するのは地方自治体である。現に瀬戸内海において、アメリカの船舶が入港許可を求めて、容易に許可が下りるのは呉港だけだと言って過言でない状況という。
最終的には国の命令にしたがわねばならないのであろうが、自治体がいろいろ障碍を設けた場合、沖縄の基地の使用期限延長の場合と同じように、許可が出るまでには何か月もかかり、とても、戦争の急場には間に合わない。
本当を言えば、アメリカとしては日本にもっとして欲しいのである。作戦を立てる時は同盟国の戦力を計算に入れるのは当たり前の話である。日本は300機の新鋭迎撃機、150機の対地攻撃機を持っている。それが横に在りながら、アメリカ軍が戦闘して、日々戦闘機もパイロットも消耗して行くのに何にもしないのである。アメリカ政府は、長い日本政府とのつき合いで日本の事を知っているので、そう言っても無理な事は知っている。しかし、アメリカという国は国務省や国防省だけの国ではない。世論があり、新聞があり、議会がある。日本が何もしなければ議会はどんなに怒るかわからない。
しかし、米政府としては、議会が怒ればその時はその時の事であり、取り敢えずは日本は最低何が出来るかを言って欲しいのである。
韓国在住の日本人の引揚げに日本が自衛隊を出すはずはない。「場合によっては」と行ってもアテにはならない。アメリカとしては余裕があれば、港まで送るぐらいは引き受ける気持がある。ただ、その時に、「日本人は危険な所には行きません」などと言って、港まで船を出す事も渋るのなら面倒見切れない。「せめて船を出す事ぐらいははっきり決めておいてくれ」、これが今回のガイドラインにおけるアメリカの態度である。
「アメリカは何も無理は言わない。せめて最低出来る事だけははっきりさせておいて欲しい」という事であり、このガイドラインも実施できないようだと、アメリカの日本に対する失望感の大きさは想像にあまりある。即ち、今後の日米間の信頼関係がつなげられるかどうかがここにかかっているのである。来年の通常国会では、これだけの法律を整備する大仕事が待っているのである。
かつての社会党ならば、60年安保、70年安保のような大騒動を起さねばならない内容なのである。もし、そうすれば、政界の再編も加速されよう。もし、そうしなければ、社民党は、権力から離れるのがいやで、問題を故意に軽く見ようとしているという批判も出よう。しかし考え方によっては、もともとこの程度の事は国際常識から言えば、何でもない事である。社民党が安保堅持を決めた以上、その系として、「何でもない事」と考えるまで変わったのならば、それは国家的に歓迎すべき事なのかもしれない。どう転んでも良い。要は政府が容易な妥協をせず主張を貫くことであり、それが日本を良くすることにつながるのである。
