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講演:東アジアの経済ネットワーク

東京工業大学教授 渡辺 利夫

1997年7月

要旨

東アジアは現在、植民地からの政治的独立以来の半世紀において最高の経済的高揚局面を迎えている。過去10年間のNIES、ASEAN諸国、中国を含むこの地域の成長率は、世界最高であった。1996年の現在、半導体不況、円安傾向などのために、輸出志向の東アジアの成長率には若干の陰りがある。このことを反映してのことであろう、このところの東アジア経済の見通しには少々慎重なものが多い。しかし、東アジアの成長潜在力が尽きてしまったなどという議論は、現実を見通すことのできない浅慮の主張である。ここでは、東アジアの経済を眺める三つの重要な視点(一つは、世界経済における東アジアのプレゼンスの急拡大、二つは、東アジア域内の経済的相互依存関係の顕著な緊密化、三つは、成長域の外延的拡大)から、東アジア経済の将来へのよりよい見通しを資する。

本文

東アジア経済三つのポイント

東アジアは現在、植民地からの政治的独立以来の半世紀において最高の経済的高揚局面を迎えている。過去10年間のNIES、ASEAN諸国、中国を含むこの地域の成長率は、世界最高であった。1996年の現在、半導体不況、円安傾向などのために、輸出志向の東アジアの成長率には若干の陰りがある。このことを反映してのことであろう、東アジア成長の「腰折れ」を懸念する声がジャーナリズムには強い。東アジア成長のバラ色の議論に「冷や水をかけてやろう」というアメリカの経済学者の派手な議論の影響もあってのことであろうが、このところの東アジア経済の見通しには少々慎重なものが多い。

しかし、東アジアの成長潜在力が尽きてしまったなどという議論は、現実を見通すことのできない浅慮の主張である。1996年4月にだされた世界銀行のGlobal Economic Prospects and the Developing Countries は、1996~2005年の東アジアの年平均実質経済成長率を7.9%と見込んでおり、先進国の2.8%を三倍近く上回るという。同じく1996年4月に公表されたアジア開発銀行のAsian Development Outlookも、今後20~30年にわたりアジア諸国の平均成長率は世界平均を3倍近く凌駕するという見通しを提示しているが、その潜在力を考えればこれらの予測はかなり高い蓋然性をもつものであろう。

東アジアの経済実績を眺めた場合、次の三つの事実がきわだった重要性をもつと私は考える。一つは、世界経済における東アジアのプレゼンスの急拡大、二つは、東アジア域内の経済的相互依存関係の顕著な緊密化、三つは、成長域の外延的拡大である。この三点についての私の判断を申し述べて、東アジア経済の将来へのよりよい見通しに資することができればと思う。

拡大する東アジアのプレゼンス

東アジアは、少なくとも過去10年にわたり急成長をつづけ、この成長が豊かな購買力となって世界の他地域からの輸入をふやし、生産性の高い上昇率を伴って実現された成長が輸出競争力を強化して他地域への輸出が急上昇した。要するに東アジアは世界経済に占めるプレゼンスを大きくし、そして世界の成長を牽引する最有力の地域となったということができる。

図表1をみられたい。これは1995年における世界四極間の貿易(輸出プラス輸入)フローを示したものである。

日本ならびにNAFTA(北米自由貿易協定)諸国にとっての最大の貿易相手地域は東アジアである。EU(欧州連合)諸国にとっての最大の相手地域はアメリカを中心とするNAFTAであるが、第二の相手は東アジアであって、EU・東アジア貿易額はEU・日本のそれのゆうに二倍以上であった。東アジアの成長が貿易というチャネルを通じて世界の成長を牽引するという構図を、ここにみることができる。

図表1 東アジアの貿易フロー(1995)

図表2 東アジアの貿易フロー(1985)

図表2は、1985年の同様の貿易フローである。10年前のこの時点においては、日本ならびにNAFTA(もちろんこの時点ではNAFTAは存在せず、アメリカ、カナダ、メキシコの3国の合計という意味である)にとっての最大の貿易相手はそれぞれNAFTA、日本であり、EUにとっての最大の相手地域はNAFTAであった。10年前には東アジアの世界におけるプレゼンスは小さいものであり、この10年間の規模拡大のスピードがいかに速いものであったかがわかる。念のために1985~95年の四極間貿易の増加額フローを示したものが、図表3である。日本、NAFTA、EUのいずれのとっても、最大値を示した相手地域が東アジアであったことが歴然としている。

図表3 東アジアの貿易フロー(1985 - 95)

域内相互依存関係の緊密化(1985)

東アジアは世界経済の成長を下支えし、かつ牽引する大きな力を創出したのであるが、同時にこの過程で東アジアの域内相互依存関係を強化してきたことが注目される。

図表4を参照されたい。同表は、東アジアの貿易相手地域別にみた輸出ならびに輸入依存度の、1980年から1995年にいたる4時点の変化を示したものである。東アジアの輸出相手としてきわだって大きな伸びをみせたのは他ならぬ東アジアであり、つまり域内輸出比率が顕著に増加したことが理解される。1995年における域内輸出比率は38.7%に及んだ。東アジアの輸出相手としての日本のポジションは19.8%から13.2%へと一方的に低下し、1985年以降のアメリカの比率低下も急激である。輸入相手地域でみても東アジアにとって最大の比率をみせたのは東アジアであり、1995年の値は37.0%である。日本、NAFTAからの輸入比率は減少傾向にあり、EUの同比率が若干上昇したにとどまった。

図表4 東アジアの相手地域別輸出入依存度

東アジアを語る常套句は長らく「対外的従属性」であり、「対外的脆弱性」であった。東アジアは、アメリカの巨大市場と日本からの資本財輸入に依存しなければ成長しえず、その意味で東アジアの成長は域外大国に「従属」した「脆弱」なものだと考えられていた。しかし東アジアにとっての最大の市場は現在、輸出・輸入とも東アジア自身であり、日米両国のプレゼンスははっきりと低下した。東アジアにおいて貿易の域内循環構造が形成されたことはまぎれない。
東アジアの域内循環構造は投資資金の面でもあらわれた。1990年以来、ASEAN諸国に対する最大の投資者は、アメリカでも日本でもなくNIESである。1990年から1995年までの対ASEAN諸国直接投資額を受入れ国統計により承認額ベースでみると、その額は日本336億ドル、アメリカ160億ドルであるが、NIESは442億ドルであった。しかもNIESのこの数値は過小評価であろう。香港、台湾、シンガポールなどの華人NIESは、その背後の東南アジア諸国とを結んで出身地を同じうする人々の互助共同の「幇」 - 福建幇、潮州幇、広東幇、海南幇、客家幇 - をベースにした密度の濃い華人資本ネットワークを擁している。投資資金はそれら幇の「チューブ」のなかを融通無礙に動いている。これを統計的に捕捉することは不可能であり、それゆえ上述したNIESの対ASEAN諸国投資額は明らかに過小評価なのである。対中投資の巨大な投資者は、広く知られているように香港、台湾、シンガポールの華人NIESである。中国側の統計によれば、1995年に中国が受け入れた海外直接投資(実行額)のうち、この3つの華人NIESが占める比率は66.7%であり、日米は合計で16.7%に過ぎなかった。

成長域の外延的拡大 - 「周辺革命」

三番目の注目すべき東アジア経済の動向は、成長域の外延的拡大である。そもそも東アジアの経済的高揚のメカニズムは、円高期日本の構造転換がNIESの成長と構造転換を誘発し、NIESの構造転換がASEAN諸国と中国の成長を牽引するという連鎖的継起の帰結であると私はみなしてきた。東アジアのこの「転換連鎖メカニズム」という仮説は私のものであるが、その観点を改めて記すならば以下のようになる。

1985年のプラザ合意によるかつてない円高を受けて、日本は内需主導型成長パターンを定着させた。内需拡大にともない東アジアからの輸入が激増し、日本はこの地域に対する「アブソーバー」としての地位を確かなものとした。加えて円高による海外生産の有利化は、日本企業の東アジアへの大規模進出を誘い、その供給力強化に少なからぬ貢献をなした。引きつづいてNIESが円高に速やかに反応して対日・対米輸出を拡大し、未曽有の高成長を実現した。しかしNIESの猛々しいばかりの輸出拡大と高成長は、通貨切上げと賃金の加速的上昇を不可避とし、この新しい与件変動にNIESもまた内需主導型成長と海外直接投資をもって応えつつ、構造調整に成功した。日本、ならびに日本につづくNIESの構造変動は、ASEAN諸国や中国などの後発国を有利化する新しい与件となったのである。この新与件に輸出の拡大と外国企業の積極的導入をもって応えたASEAN諸国と中国は、1990年を前後する頃から高成長地域となった。

成長域の外延的拡大のプロセスにおいては、外延域の成長率が中心域のそれを上回るというのが通例である。実際のところ、1980年代後半期に最高の成長率を示したのはNIESであった。1990年前後の四年間の最高の成長国グループはASEAN諸国に変わり、1992年以降はさらにそれを中国がとって変わった。中心に発した成長の火が周辺に燃え広がり、中心の熱が下がって周辺がいよいよ熱いという「周辺革命の理論」の立証の場が東アジアのごとくである。

転換連鎖とは、成長地域が先発国から後発国へと次々に転じていくメカニズムであって、つまりは東アジアには成長域を外延的に拡大していく衝動が伏在しているのである。成長域が中国内陸部やベトナム、ミャンマーなどに拡大していく可能性を考慮に入れるならば、このメカニズムの「懐」はさらに深いものとなろう。東アジアを固定的な地域経済空間として捉えてはならないというのが、私の主張である。